2枚目の名刺の役職は、ほとんどの人が「取りに行っていない」|協会・組合・実行委員会を引き受けた12人
名刺交換をしていると、たまに2枚目が出てきます。会社の代表取締役と書かれた1枚目のあとに、○○協会理事、△△組合青年部代表、□□実行委員会委員長。本業とは別の、会社の外の役職です。
こういう肩書きは「人脈づくりのために取るもの」と説明されがちです。同業とつながる、行政とつながる、仕事の相談が回ってくる。たしかにそういう側面はあります。
Shikisaiのインタビューとラジオ記事から、本業を持ちながら会社の外の役職も担っている人の記事を12本選んで読み直しました。IT支援、和菓子、酒造、美容、建設、デザイン教育、動物のリハビリ、行政書士、人事、新聞輸送。業種はばらばらです。
読み終えて一番はっきりしたのは、人脈の話ではありませんでした。12本のうち、その肩書きを「本業のために取りに行った」と語っている人が一人もいなかったことです。会員企業の担当者として出ていたら運営する側になっていた。本を出したかっただけなのに代表理事になっていた。無いものを自分で作ったら、その団体の会長という肩書きが後からついてきた。
順番が、思っていたのと逆でした。
目次
入口は「出席していたら、回ってきた」
いちばんはっきりこの順番を語っていたのが、環境共生まちづくり協会の運営委員長・栗原純一さんの記事です。栗原さんは工学博士で、住宅メーカーの社員でもあります。つまり本業は会社員です。
もともとは会員企業の担当者として参加していたところ、年数を重ねるうちに運営委員長を務めることになりました。
協会そのものは、当時の建設省(現・国土交通省)の呼びかけで産官学が集まって発足した団体です。会員は大手ゼネコン、大手ハウスメーカーから町場の工務店まで100数十社。その中で、会社から派遣されて出席していた人が、年数を重ねて運営側に移った、という経緯でした。
同じ「会員として入った先で」というパターンが、才能教育アカデミー 世田谷デザイン・松田智子さんの記事にもあります。松田さんは三洋電機や日本ビクターでプロダクトデザイナーを務め、電子レンジやカーオーディオの外装デザインでグッドデザイン賞を受賞した経歴の持ち主。出産を機に第一線を離れ、現在は子ども向けの美術教室を運営しています。
現在は日本インダストリアルデザイン協会の正会員として、デザインスクール委員会にも参加しています。幼児から社会人まで、デザイン思考を広める活動です。
興味深いのは、この協会が松田さんにとって初めての接点ではなかったことです。大学時代の指導教授が同協会の会長を務めており、「デザインとは形だけではなく、ライフスタイルもデザインすることだ」と教えられたと語っています。学生のときに恩師の肩書きとして見ていた団体に、数十年後に自分が委員として入っている。本業が製品デザインから教育に変わったあとも、その接点だけは残り続けたことになります。
公益事業支援協会・横井俊祐さんの記事も近い構図です。横井さんの本業は行政書士。協会では主任研究室員を務め、弁護士・公認会計士・研究者らと専門チームを組んでいます。
年間の申請件数は約100件ほどですが、そのうち約4割が取り下げられています。申請書類の準備に加え、委員会での審査を経る必要があり、制度への理解と労力が求められます。
一人の士業として受けられる仕事の範囲を超えるために、チームの側に名前を置いた。協会はこれまでに12件の公益認定を実現しているといいます。
「無いから作った」人には、会長という肩書きが後からついてくる
もう一つ多かったのが、団体を自分で立ち上げたために役職者になった、というパターンでした。この場合、肩書きは目的ではなく結果です。
動物のリハビリに取り組む岸本誠也さんの記事が、その順番をいちばん丁寧に語っています。岸本さんはもともと人間の理学療法を学ぶ大学に通っていて、在学中に「動物のリハビリというものがあるらしい」と知ったのが出会いでした。勤めていた動物病院で自分自身がリハビリを行うところから始めたものの、すぐに限界にぶつかります。
自分一人でやるだけでは、対応できる数が圧倒的に少ない。
1日に数頭が精一杯。だからできる人を増やさなければならない、と考えて立ち上げたのが動物理学リハビリ国際協会でした。ただ当時は方法論そのものが確立していなかったため、人のリハビリの知識と海外の知識を学び、周囲の先生方の協力を仰いで形にしていったといいます。記事はこの順番を、短い一文でまとめています。
確立させるために団体を作った。
肩書きが欲しくて協会を作ったのではなく、プロトコルを置く器が要ったから作った、ということです。セミナーには2年半で延べ300人ほどが参加し、現在は犬のフィットネスジムを大阪・東京・岐阜の3か所で展開しています。
OKS国際事業協同組合・村長人之さんの記事も同じ型でした。村長さんはもともと設計士として建設業に携わっていた人です。20年以上前から現場の人材不足は深刻でしたが、当時は建設分野に特化した受け入れ団体がほとんど存在せず、企業が単独で対応するには制度が複雑すぎたといいます。
そこで、同じ課題を抱える企業が集まり、組合として仕組みをつくることを選びました。
一社では背負えないから、組合という形にした。在留資格の申請・更新、通訳体制の整備、入国前後の教育や生活支援までを組合として一体で担う体制になり、現在は組合全体の約3割が建設業分野の受け入れだそうです。
本を出したかっただけなのに、代表理事になっていた
肩書きがついた経緯として、いちばん本人も驚いているのが株式会社東京エージェント代表・菖蒲亨さんの記事です。菖蒲さんは東京エージェント、菖蒲運輸、菖蒲ビルの3社の代表取締役を務め、グループとして新聞輸送を手がけています。それとは別に、自分史活用推進協議会の代表理事でもあります。
入口は、まったく関係のないところにありました。
自分史って、全然知らなかったんです。
中学・高校の頃から本を出版したいとずっと思っていた菖蒲さんは、会社勤めをするようになってから、出版を扱う会社の社長や編集者が集まる会に顔を出すようになります。そこでたまたま協議会の理事と出会い、「自分史活用アドバイザー」という認定資格の講座を「受けなさいよ」と言われた。受けてみて、勉強して、今に至る。記事はその流れをこう書いています。
本を書きたいという思いから始まって、代表理事になっていた。
戦略で取った肩書きではありません。自分の興味で出かけた先に人がいて、声をかけられて、気がついたら運営する側だった、という話です。
藤間美樹さんの記事に至っては、外の役職が本人のキャリアそのものを曲げています。人事のプロとして知られる藤間さんが本当にやりたかったのは海外へのチャレンジで、社内の選考試験に手を挙げて合格しました。ところが、そのとき労働組合の幹部を務めていたのです。
幹部は異動できません。
任期が終わるまで待つことになるのですが、組合の交渉相手は人事です。記事はその先をこう続けます。
目をつけられてしまい、任期が終わると同時に人事へ。
海外に行くつもりが、交渉のテーブルの向かい側に座ることになった。組合の幹部という肩書きが、本業の配属先を決めてしまった例です。その後の藤間さんが人事の専門家として語っていることを思えば、この「寄り道」がキャリアの本線になったことになります。
地域の役職は、商品の売り方まで変える
ここまでは業界側の役職でしたが、地域側の役職も同じくらい出てきました。こちらは本業への返り方が、もう少し具体的です。
新正堂・渡辺仁久さんの記事がわかりやすい例です。渡辺さんは株式会社新正堂の会長を務めながら、一般社団法人港区観光協会の会長も務めています。
東京タワーを中心に観光協会を運営し、フォトコンテストの委員長を18年間務めた経験もあります。
18年です。和菓子屋の経営とは直接関係のない仕事を、それだけの期間続けている。地域の観光振興に努めている、という以上のことは記事では語られていませんが、新橋という街で和菓子を売る商売と、東京タワーを拠点に人を呼ぶ仕事が、同じ人の中で並んでいるという事実そのものが示唆的です。
笹の川酒造の記事では、外の役職と本業の関係がもっと直接的に語られます。
私は観光協会の副会長も務めており、笹の川酒造としてだけでなく、個人としても様々な取り組みを行っています。
そして続けて、外国からの観光客を誘致するために、外国人に人気の高いウイスキーを活用したインバウンドの施策を進めていると話しています。酒蔵として酒を売る話と、観光協会として人を呼ぶ話が、同じ施策の中で重なっている。立場が2つあるからこそ組み立てられる打ち手です。
同じ記事には、商工会議所という外部の場が商品を変えた話も出てきます。杜氏の提案で辛い酒を造ったものの、初年度は辛すぎて1年寝かせることになった。どう商品化するか考える中で──
商工会議所が実施しているハンズオン事業に出してみたところ、デザイナーさんから「このお酒はロックにするとすごく美味しいですよ」とアドバイスされロックでの展開を決めました。
社内では出てこない飲み方が、外に出したことで出てきた。役職そのものではありませんが、会社の外に自分を置く効用という意味では同じ線の上にあります。
名古屋市南区のサロン・SK re:birthの記事の福島さんは、この「いくつもの顔」を同時に持っている人でした。
福島さんはサロン経営のほか、別店舗の経営、美容学校の役員、訪問美容の協会の役員・講師、そして愛知県の組合の青年部代表と、いくつもの顔を持っています。
サロンの現場、学校、協会、組合。美容という一つの業界の中で、育てる側・まとめる側の役職を複数引き受けている形です。
同業の集まりで学んだのは、技術ではなく「任せ方」
では、外の役職は本業に何を返しているのか。この問いに正面から答えていたのが、ITプラン株式会社・太田記生さんの記事でした。
太田さんは日本IBMでシステムエンジニアとして都市銀行向けの金融システム開発を担当したのち、中小企業診断士として独立。2008年に会社を設立し、中小企業基盤整備機構で5年半働いたあと、2014年にITプラン株式会社をスタートさせています。現在は岡山を拠点に、製造業の基幹システム導入やDX支援を手がけています。
外の肩書きは、1つではありません。
岡山商工会議所青年部(YEG)に長年所属し、過去に副会長も2回務めました。50歳で卒業予定ですが、最後までやり切りたいと思っています。また、岡山東法人会青年部会の監事や、岡山県中小企業診断士協会の会長も務めています。
商工会議所青年部の副会長を2回、法人会青年部会の監事、診断士協会の会長。本業と並行してこれだけの役職を持っている人に「経営者団体の活動から得た学びは」と尋ねた答えが、この記事でいちばん重要な部分でした。
自分1人で仕事を抱え込まず、仲間と分担して進めることですね。
具体例も語られています。YEGの全国大会を岡山で開催した際、太田さんは総務部会長を務めました。そのとき当時の先輩から「人を信じて任せる大切さ」を教わったといいます。
ここが、外の役職の効き方としていちばん腑に落ちるところです。持ち帰ったのは仕事でも人脈でもなく、仕事の配り方だった。しかも学んだ相手は、同業の競合ではなく、別の業種の先輩経営者です。会社の中には「自分より先にその規模のプロジェクトを回した人」がいないから、外に出るしかなかった、とも読めます。
太田さんはこの学びを、そのまま本業の言葉に接続しています。中小企業支援も結局は人づくりであり、IT導入もシステムではなく人の理解と協働、コミュニケーションが成否を分ける、と。システムの話をしているのに、出てくる結論がYEGで教わったことと同じ形をしている。
期限つきの肩書き──「実行委員会」という引き受け方
協会や組合のように続く役職とは別に、一度きり・期限つきの肩書きもあります。実行委員会です。
岐阜県瑞穂市・丸島工務店の島戸龍史さんの記事が、その始まり方を細かく残していました。島戸さんは土木建設会社の二代目で、社員6名。家業に戻ってから20年以上、瑞穂市という街に関わってきた人です。
50代を前に考えたのが地域への恩返しで、2年前にボランティア団体「VIVA瑞穂」を立ち上げます。メンバーは23人、地域で活動している異業種の社長たち。活動は月1回、第3金曜日に1時間ほどの清掃です。人の集め方が独特でした。「清掃活動をしよう」と誘ったのではなく、こう声をかけたそうです。
僕、こういうボランティア団体を作ろうと思うんだけど、一緒にやらない?
それで23人が集まった。そして、地域貢献のイベントをやりたいとは思っていたものの中身が決まらずにいたところに、前年の8月、ふと気づきます。
そういえば、瑞穂って花火大会がないよね。
そこから10月に実行委員会を立ち上げ、翌年10月の開催に向けて動き出しました。準備期間は約1年。ただし条件は厳しく、イベントも花火大会もやったことがなく、全員ゼロからのスタートだったといいます。市の後援を得るところから始め、花火の申請へ。実行委員会の広報担当がTikTokで発信したところ5万〜6万の視聴があり、当初8,000人、多くて1万人という目標は「おそらく2万人ぐらいは来るんじゃないか」に変わりました。瑞穂市の人口は約5万人です。
なぜ本業以上に大変そうなことを続けられるのか、という問いへの答えも明快でした。
花火大会は、一人では絶対にできない。
一人でできないから仲間がいる、という順番です。太田さんがYEGの全国大会で学んだ「人を信じて任せる」と、ほとんど同じことを言っています。業種も地域も違う二人が、外の役割を引き受けたときに同じ結論に着いているのは偶然ではなさそうです。
島戸さんの場合、この活動は採用の話ともつながっていました。会社の雰囲気や働きやすさを発信して「丸島工務店って楽しいことしてて、いい会社だね」と思ってもらえれば興味を示してもらえるのではないか、という見立てです。地域の役職が、本業の人の集まり方に返ってきている形になります。
12本を並べてわかったこと
整理すると、外の役職の入口は大きく3つに分かれました。
- 会員として出ているうちに運営側へ(環境共生まちづくり協会の栗原さん、日本インダストリアルデザイン協会の松田さん、公益事業支援協会の横井さん)
- 無いものを作ったら肩書きがついてきた(動物理学リハビリ国際協会の岸本さん、OKS国際事業協同組合の村長さん、自分史活用推進協議会の菖蒲さん)
- 地域や業界の持ち回りとして引き受けた(港区観光協会の渡辺さん、観光協会副会長を務める笹の川酒造、愛知県の組合青年部代表の福島さん、商工会議所青年部の太田さん、花火大会実行委員会の島戸さん)
そして労働組合の幹部だった藤間さんのように、引き受けた役職が本業の進路そのものを変えてしまった例もありました。
12本を通して読むと、返ってきているものにも共通点がありました。技術や受注ではなく、「自分の会社の中では経験できない規模と立場」が返っているということです。
太田さんが総務部会長として全国大会を回したこと。島戸さんが2万人規模の警備計画を考えていること。岸本さんが自分一人の施術ではなくプロトコルを作ったこと。村長さんが一社ではなく組合として制度に向き合ったこと。栗原さんが「設計者と入居者はどちらも知らないと話にならない、どちらか一方だけだと『掛けるゼロ』」と、自社の顧客ではなく住む人全体を見ていること。
社員6人の会社、一人の士業、一軒のサロン。本業の規模では出会えない大きさの仕事が、外の役職の側に置いてあった。それを引き受けた結果として、本業の判断の仕方が変わっている、という構図です。
逆に言えば、名刺の2枚目を「営業ツール」として見ている語りは、この12本にはありませんでした。笹の川酒造のインバウンド施策のように本業と直結している例でも、語り口は「個人としても様々な取り組みを行っています」という立て方で、本業の延長としてではなく並列に置かれています。
引き受けるかどうかを決める前に
もし今、同業団体や地域の役職の打診を受けている人がこの12本を読むとしたら、判断材料になりそうなのは次の3つだと思います。
1つ目は、その役職で「自社より大きい単位」を動かすことになるかどうか。 太田さんの総務部会長、島戸さんの実行委員会、村長さんの組合。いずれも一社では到達できない規模の段取りを経験しています。同じ規模のことを繰り返すだけの役職なら、学びは本業の中でも手に入るかもしれません。
2つ目は、その場に「別の業種の先輩」がいるかどうか。 太田さんが教わった「人を信じて任せる」は、同業のライバルからではなく、団体の先輩から出てきた言葉でした。業界内の勉強会と、業種が混ざる団体では、持ち帰れるものが違いそうです。
3つ目は、期限があるかどうか。 実行委員会のように終わりが決まっているものと、協会の運営のように続くもの。渡辺さんの18年、太田さんの「50歳で卒業予定」という言い方からは、長く続ける前提の役職には卒業の設計が要ることが読み取れます。
なお、この12本のうち複数は、承継や前職の経験がそのまま仕事の軸になっている人たちでもありました。会社の外の肩書きだけでなく、その人が何を経て今の仕事に就いたかを合わせて読むと、別の角度が見えてきます。そちらは社長になる前は何をしていたのか(前職まとめ)や家業を継いだ人たちの話(承継まとめ)にまとめています。
名刺の2枚目は、ほとんどの人が取りに行っていませんでした。出席していたら回ってきた、無いから作った、声をかけられた。そのうえで、受け取ったものは思っていたより大きかった──12本が揃って語っていたのは、そういう話でした。
この記事を書いた人

Shikisai編集部
「ありのままの想いが地域と未来を紡ぐ」をコンセプトに、地域で働く経営者の想いと取り組みを取材・発信しているWebメディアです。補助金・認証制度などの記事は、行政機関の公表情報(一次情報)を編集部が確認のうえ執筆しています。
ご紹介
Profile