建設業と聞いて、どんなイメージを持ちますか?
力仕事、男性社会、厳しい上下関係──そんな固定観念をくつがえす企業が、岐阜県瑞穂市にあります。
今回ご登場いただいたのは、株式会社丸島工務店の代表・島戸龍史さん。
高校卒業後、民間企業での勤務を経て、父の病気をきっかけに家業へ戻った島戸さん。そこには、家族への想いだけでなく、「人と人との繋がりを大切にしたい」という強い信念がありました。
丸島工務店は、単なる施工会社ではありません。
「一生のお付き合い」を大切にし、お客様との信頼関係を何より重視しています。現場では職人同士が自然に声をかけ合える、風通しの良い空気づくりを徹底。閉鎖的なイメージを持たれがちな建設業界において、若手がやりがいを持って活躍できる現場環境の整備と仕組みづくりに、積極的に取り組んでいます。
また、島戸さんは地域とのつながりも大切にしており、地元・瑞穂市での仕事を積極的に受けながら、自治体や地域イベントにも関わっています。
地域で顔が見える関係を築くことが、結果として仕事の信頼にもつながっているのです。
想いだけで終わらせない。地元に恩返しする方法とは?
人が人を想い、地域に根ざしながら、未来をつくっていく。関わる人の人生を支える仕事の本質が見えてくる地域経営者対談です。
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目次
株式会社丸島工務店とは
株式会社丸島工務店は、岐阜県瑞穂市の土木建設会社です。代表取締役社長の島戸龍史さんは二代目。会社は45年ほどの歴史があり、島戸さんが継いでから4年ほどになります。
手がけているのは道路舗装工事、道路改良工事、宅地造成工事、そして不動産の宅地開発。社員は6名です。
仕事の中身を一言でいうと、こうなります。
新しく道路を作る。そして土地作り――田んぼの状態から埋め立てて、家が建てられる状態までを作る。
アスファルトからコンクリートへ
島戸さんは工業高校の土木科を卒業後、建設会社に就職して8年間サラリーマンを経験しました。当時は会社を継ごうとは思っていなかったといいます。
戻るきっかけになったのは、父親が心臓の病気をしたことでした。
父親が作った会社を、このままなくすのはもったいない。
その思いが芽生えて、8年で退職し家業に戻ります。
ただし、同じ建設業でも中身は違いました。サラリーマン時代のメインは舗装工事、家業は土木工事です。
アスファルトを使う仕事ばかりだったのが、コンクリートに変わる。取り扱いも施工方法も全く違う。
そこは苦労したものの、父親と共に勉強しながら成長させてもらったと振り返っています。
代表になって、現場に出るのをやめた
代表就任で一番変わったのは、現場との距離でした。それまでは社員と一緒に作業することが多かったのが、経営と打ち合わせが中心になります。
それをマイナスではなく、意識的な判断として語っているのが印象的でした。
僕が出ることによって、社員の成長を妨げる部分もある。
理由は明快です。「僕が行っちゃうと、僕は一から十までできちゃうんで」。だからある程度任せてやらせてみる。そこで学ぶこともある。
一歩引いた目線で見ることが、一番大切なのではないか。
公共8割から、民間6割へ
継いでからの大きな方針転換が、受注構成のシフトでした。
もともと同社は公共工事がメインでした。しかし島戸さんは、こう見ていました。
公共事業の予算はだんだん削減されていく。福祉などに手厚く予算がつくなかで、減ってくるだろう。
そこで公共事業をベースに置きながら、民間の受注を増やしていきます。結果は数字に表れました。
- 昔は売上の約8割が公共
- 現在は公共4割、民間6割ほど
その民間案件をどう取ってきたのか。答えは意外なものでした。
「営業は比較的あんまりしないんです」
多いのは紹介。そして異業種交流会にもよく足を運んでいたそうです。
紹介案件のやりづらさを尋ねられても、島戸さんの受け止めは前向きでした。紹介されたということは、こちらを信用してもらえているということ。だから相手も安心して任せられるだろうし、こちらも誠意を示してちゃんとした工事をする、と。
「きれいな土地だね」とは言われない仕事
やりがいを尋ねられたとき、島戸さんはまずこの仕事の性質から話し始めました。
土木工事は、なかなか目に見えないところがある。
家を建てる人は、家をメインにイメージして来ます。土地を選ぶ基準も価格と場所になる。
「きれいな土地だね」と言って買いに来る人は、たぶんいない。
それでも、と島戸さんは続けます。パッと見たときに、きれいに仕上がっているという見栄えは重視している。そこで少しでも喜んでもらえたら。
そして、作業そのものの面白さも語られました。何もないところから出来上がっていく。ものづくりの楽しさがある。
なお、未経験からの習得期間についても目安が示されています。土木工事を一から十まで完璧にマスターしようとすれば10年以上。ただし同社は複雑な工事はあまりしないため、3年もあればある程度の流れが分かって一人でできるようになるのではないか、とのことでした。現場は基本2〜3人で回し、土地の整備はだいたい1〜2か月で仕上げるそうです。
いま一番足りないのは、現場監督
経営課題を聞かれた島戸さんの答えは、明確でした。人材です。
受注量はおかげさまで多い。だからこそ悩みがあります。
外注に出す案件が多い。それを自社でなんとか回してこなしていきたい。
特に欲しいのが現場監督。工程を組める、社長の右腕になれる人がもう一人いれば、と。
ただ、その採用が難しい現実も語られています。今の会社を辞めて来ようという人はなかなかいない。中堅の40代となると人材的に乏しい。
ではどうすれば来てもらえるのか。島戸さんが挙げたのは給与だけではありませんでした。
会社の雰囲気、働きやすさ。それを発信して「丸島工務店って楽しいことしてて、いい会社だね」と思ってもらえれば、興味を示してもらえるのかな。
「VIVA瑞穂」――23人が集まったボランティア団体
その「楽しいこと」の中身が、この回の後半でした。
島戸さんは家業に戻ってから20年以上、瑞穂市という街に関わってきました。地域の人や役場の人と接する機会を多く持ち、社会人としても人としても成長させてもらった。
そこで50代を前に考えたのが地域への恩返しでした。
2年前、瑞穂市を活性化するためのボランティア団体「VIVA瑞穂」を立ち上げます。メンバーは23人。地域で活動している異業種の社長たちです。
活動は月1回、第3金曜日。市内の何か所かを年間で決めて、1時間ほどの清掃活動をしています。
面白いのが、人の集め方でした。「清掃活動をしよう」と誘ったわけではないのです。
「僕、こういうボランティア団体を作ろうと思うんだけど、一緒にやらない?」
それで23人が集まった。なぜ集まるのかを尋ねられた島戸さんの自己分析が、この人らしいものでした。
「僕は基本、見返りを求めないので。仕事に対しては良くないとは思うんですけど、基本ギブアンドギブな感じで、お互い様と思っている」
目的は「最終的な移住先が瑞穂市であってほしい」
VIVA瑞穂を作った本当の狙いは、清掃そのものではありませんでした。
瑞穂市の定住者を増やしたい。小中は地元で過ごすとして、大学などで外に出ても、最終的な移住先が瑞穂市であってほしい。
そういう街づくりをすれば地域が活性化し、税収も増えて潤い、良い街になっていく――それが最終的なコンセプトです。
そのために地域貢献のイベントをやりたい、と考えてはいたものの、何をやるかが決まらずにいました。
「そういえば、瑞穂って花火大会ないよね」
転機は、前年の8月でした。各地で花火大会が行われているのを見て、ふと気づきます。
そういえば、瑞穂って花火大会がないよね。
「じゃあ、やろうかな」。そこから10月に実行委員会を立ち上げ、翌年10月の開催に向けて動き出しました。準備期間は約1年です。
ただし、条件は厳しいものでした。
イベントをやったこともないし、花火大会をやったこともない。みんなゼロからのスタートで、手探り。
最初のアクションはSNSでの告知。そして市の後援を得ることから始まり、花火の申請へと進んでいきます。
そして反響が、想定を超えていきました。
実行委員会の広報担当がTikTokで発信したところ5万〜6万の視聴があり、コメントも多数。当初の目標は8,000人、多くて1万人でしたが、島戸さんの予想は変わります。
「おそらく2万人ぐらいは来るんじゃないか」
瑞穂市の人口は約5万人。そこに2万人が集まる計算になります。警備計画もそこまで想定して作っているそうです。
収録の前日には市長に報告に行き、こう言われたといいます。
「よく、ここまで来たね」
後援を出した側としても、本当に実現できるのか半信半疑だったのだろう、と島戸さんは受け止めていました。ここから協賛金を募り、メンバーで各企業を回って開催に向かう段階です。
将来の構想も語られました。岐阜県では長良川の花火が有名ですが、あちらは夏。瑞穂は「秋花火」として定着させたい、と。
面積の小さい街だけれど、活気があって若者が集まり、子育て世代が楽しめる街を作れたら。
原動力は「一人ではできないから」
仕事以上に大変そうな活動を、なぜ続けられるのか。島戸さんの答えは、仲間の話でした。
花火大会は、一人では絶対にできない。
だからこそ自分の思いを受け取って共感してくれる仲間に恵まれていると感じる。そういう仲間と作り上げていくのが楽しい。
人のために何かをするのが楽しい。喜んでもらえている姿を見ると、こちらも嬉しい。
先代とは「反面教師」
会社の雰囲気について聞かれた島戸さんは、意外な自己申告をします。
「温厚な人がいいですね。僕、結構温厚なので」「基本的に怒らないです」
建設業の社長というイメージとは違います。ガツガツしている人はむしろ苦手だと。
そして先代である父親との違いが、はっきり語られました。先代は、いわゆる昭和のスタイル。
「人になめられるな。一発かましておけ。上から行け」
それに対して島戸さんは「そんなの違うだろう、とずっと思っていた」と言います。
対人間、人間付き合いなのだから、対等・平等な感じで付き合わないと付き合いにくい。
そんな島戸さんに人が集まる理由も、本人なりの分析がありました。「人のことを結構認めるというか、否定はしない。何事に関しても一貫して受け入れる」。
「丸島工務店に頼んだら、何とかしてくれる」
会社として目指す地域での立ち位置を尋ねられた島戸さんの答えは、シンプルでした。
地域に必要とされる会社になりたい。
会社があるのは瑞穂市です。だから――
瑞穂市で困り事があったときに「丸島工務店に頼んだら何とかしてくれるよ」という立ち位置の、愛される会社にしていきたい。
社員に対しての考え方も、最後に語られています。売上と利益を伸ばして還元するのが一番いい。経営が大変なときはコンサルタントも入れながら経営計画を立て、改善しながら――
最終的に社員に還元するのが、こちらの役割。
※本記事は、ラジオ番組でお話しいただいた内容をShikisai編集部が記事としてまとめたものです。発言は趣旨を損なわない範囲で整理しています。イベントの日程・規模・数値は収録時点のものです。
ご紹介
Profile
株式会社丸島工務店
代表取締役
岐阜県瑞穂市に本社を構える株式会社丸島工務店の二代目社長。道路整備や造成、下水道工事など、地域の暮らしを支えるインフラ整備を手がける土木会社を率いている。1988年に創業した同社において、2013年に専務取締役に就任、2021年からは代表取締役社長として現場と経営の両面で手腕を発揮している。
誠実さと人とのつながりを大切にする性格で、社員や地域とのコミュニケーションを何よりも重視。少数精鋭の強みを活かし、地元密着で高品質な施工を追求する姿勢は多くの顧客から信頼を集めている。1級土木施工管理技士など有資格者も擁し、公共・民間を問わず多数の工事実績を積み重ねている。
「土木業全体を活性化したい」という思いを胸に、若手の育成や建設業のイメージ刷新にも意欲的。休日はゴルフでリフレッシュしつつ、日々現場と向き合う熱い一面を持つ。
株式会社ウェブリカ
代表取締役
新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。
