東京・文京区の総合学習塾として、20年におよび子どもたちの国語力向上に貢献し続けている「言問学舎」。その塾長である小田原漂情さんは、塾経営に至るまでさまざまな経験を積んで来られました。しかしどの経験にも根底にあるのは、文学への熱い想いであり、自身が感銘を受けた文学の素晴らしさを次の時代を担う子どもたちにも伝えていきたい、という熱意。そんな小田原さんが運営する言問学舎では、はたしてどのような授業が展開されているのでしょうか?
文学漬けの学生時代を経て、八ヶ岳で働いた経験がさらに文学への憧憬を募らす
本日はよろしくお願いいたします。小田原さんは現在、学習塾「言問学舎」の塾長をされていますが、そこに至るまでの経緯をお聞かせいただけますか?
小田原塾長:「言問学舎」は2003年に開校しているので、もう20年以上になりますが、この塾を始めるまでには紆余曲折ありました。まず、大学を卒業してから3年間は畑違いのリゾート会社に勤務しまして、その後は25歳から37歳まで12年間、学習参考書専門の文理という出版社に勤めていました。塾を始めたのは40歳になってからですね。
そうなんですね。最初にリゾート会社に入社されたのはどのような理由から?
小田原塾長:もともと八ヶ岳が好きだったんです(笑)。その会社は、八ヶ岳をメインに蓼科と伊豆高原の土地を仕入れてリゾート開発をしていて、貸別荘を主体とした宿泊施設を営業していたんですね。そもそもなぜ八ヶ岳に惹かれていたのかというと、「文学」がきっかけでして。
高校時代から文学に惹かれて、大学でも文学を学び、ずっと自分自身でも詩や短歌を書くなど、どっぷりと文学に浸っていた学生時代でした。多くの作家や詩人の作品に触れるなか、立原道造という若くして亡くなった詩人の作品に非常に心惹かれまして……。立原氏が軽井沢のすぐ近くにある信濃追分に親しんでいたことや、好きな作品である『風立ちぬ』(堀辰雄)に八ヶ岳が登場するなど、私にとって八ヶ岳は自然と心惹かれる場所になっていったんです。そういった縁からも、八ヶ岳をメインに展開しているリゾート会社に入社を決めました。
ただ、その会社は非常に忙しく、今でいうブラック企業のような(笑)労働環境だったんですね。文学を突き詰めたいという想いも継続していたので、「このままでは仕事ばかりで文学どころではなくなってしまう」という焦燥感もあり、どうせなら仕事自体を文学に近い業態のものにしたいと考え、出版社への転職を決意しました。
編集希望が営業担当にーー。出版社勤務から塾経営に踏み出した転機とは?
そのような経緯から、学習参考書専門の出版社に転職されたのですね。出版社勤務の経験が、現在の学習塾経営につながっていると感じますか?
小田原塾長:そうですね。もともとは編集希望で応募したのですが、面接時に「あなたはずいぶん弁が立つようだから、営業はどうだ?」と言われてしまって。「しまった、しゃべりすぎた!」と(笑)。そんなこんなで営業担当として12年勤めたわけです。
教材販売の営業なので、営業先は書店と高等学校と塾の3種類なのですが、その中で一番売り上げが大きかったのが塾でした。営業でたくさんの塾の先生方とお話をするうちに、「小田原さんも塾やればいいのに」なんて言われることもありましたよ。そのときは「そんな責任の重い仕事はできない」と思って、真剣には受け止めていませんでした。というのも、塾というのは、ともすれば通ってくれる子どもたちの人生を大きく左右する仕事だからです。もちろん今もその責任を強く感じながら生徒たちと接していますが、当時は自分には無理だと思っていたんですね。
ただその後、「子どもたちに国語の大切さを伝え、読解力や表現力を伸ばしてあげたい」という思いから塾を開校する決心をし、塾経営や授業の仕方、子どもたちとの接し方など、営業先の塾の先生方との付き合いで学んだノウハウがとても役立ちました。ですから、出版社で働いた経験は、今も塾経営の基盤になっていると実感しています。
生徒さんとの関わりの中で、どんなことが印象に残っていますか?
小田原塾長:やはり受験生は、特に入試直前の頃ナーバスになりがちなので、結果や周囲の導き方でその後の人生にも大きな影響を与えてしまうという責任を感じています。ただ、人生長い目で見れば、第一志望が絶対のものではないということもあります。受験の結果には運や巡り合わせのようなものも作用してくるので、どんなに頑張っても結果が伴わないこともあり、何度も辛い思いをする生徒もいるんですね。
そこでどのように、その子たちが前を向いて歩けるように対応するか、今でも悩むことが多いです。とにかく、「高校受験は人生の大きな場面ではあるけど、大事なのはこれからの人生、これからの勉強だから、併願で行く私立高校でしっかり頑張るべきだ」ということは理解してもらえるよう、そこに心を砕いています。
国語好きな子どもたちを増やしたいから「丸バツ」はつけない
言問学舎の、他の塾とは違う強みやこだわりを教えていただけますか?
小田原塾長:それは一言で、「真の国語を教える」ということですね。これこそが言問学舎の最大の特徴であり、おそらくほとんどの教育機関で実践されていないのではないかと自負している強みです。
真の国語とは、答えを探すだけの勉強とは一線を画しています。まずは文章を正しく読むこと、そしてその文章に学習者=子どもたちの人間性を向き合わさせて、子どもたちが自分のこととして考え、その自分の考えを整理してまとめ、文章として書き表して表現するーー。ここまでできるようにすることが、「真の国語」を教えるということであります。
その「真の国語」について動画で語っていますので、紹介させていただきます。
その「真の国語」を身につけるために、授業内容などでどのような工夫をされているのでしょうか?
小田原塾長:言問学舎で独自に国語教材を出版し、これに基づいた授業を展開しています。「国語のアクティブラーニング 音読で育てる読解力」というテキストで、内容はすべて私が執筆しています。このテキストに沿って、私と一緒に子どもたちが音読するのですが、文章の内容を正しく理解するためには、音韻をきちんとつかみながら読み上げなければなりません。
音韻についても動画があります。紹介させていただきます。
音読後は、文章を読んで感じたことや考えたことを「読解シート」に書き出してもらいます。ここで大事なのは「丸バツをつけない」こと。“丸バツ=答え探し”をすることは、私自身は国語教育として否定しています。もちろんテストで点数をつけなければならない場合や受験指導の上ではその限りではありませんが、真の国語の授業として、読解シートに丸バツはつけません。
なぜなら、丸バツをつけないことで、「自分が書いて出したものは基本的に全部肯定して受け止めてもらえる」と、子どもたちの安心感につなげてあげたいからです。言問学舎を始めてこの20年ほどで、教育界ではゆとり教育から学力重視に回帰するという大きな変革がありました。すると小学1年生でもテストでどんどん丸バツがつけられるようになり、それとともに小1から国語が苦手になったという子が増えてきたと感じています。
国語の文章というのは、大半は複数の見方、解釈が成り立つものであり、ひとつの解釈だけから問題を作り、その答えに対してバツをつけられてしまうと、子どもたちが国語に対して苦手意識、嫌悪感を持ってしまいます。だからこそ、言問学舎の読解シートでは基本的には丸バツをつけず、読んだ子の考えを引き出すためのシートとして活用しています。
なるほど。まずは子どもたちに国語に対する親しみをもってもらい、苦手意識を払拭するための工夫をされているのですね。
小田原塾長:そうですね。それと読解力をつけること、文章の裏側まで読み取れる力をつけることも大切です。小学生のうちから正しい読解力を身につけていけば、現代のAI全盛の時代においても、自分の考えを組み立てることができる人間になってくれると思います。
ありがとうございます。最後に、今後のビジョンについてお聞かせいただけますか?
小田原塾長:まず何よりも、先ほどからお伝えしている「真の国語」をもっと広めていきたい。そのためにも、私どもが出版している国語、読解力の本が、より多くの方に広まり、この本を使って勉強してくれる人が増えてくれることを願っています。
また、言問学舎の出版物としては次のシリーズが始動しています。それが「スーパー読解」シリーズというものでして、1作目として「スーパー読解 舞姫」を出版しました。これを作ったきっかけは、2023年度より高校2年次・3年次の国語が論理国語と文学国語とに分かれ、論理国語を採択した学校の生徒は、森鴎外の『舞姫』も夏目漱石の『こころ』も読まないまま国語の勉強を終えてしまう。ここに大きな危機感を感じたことです。これは文学に対する危機感ではなく、国語教育に対する危機感です。
従って、このシリーズでは名作と呼ばれる作品を深く掘り下げ、しっかりと読み解いてもらうことを目的に、今後も出し続けていきたいですね。それによって、社会に対するちょっとした問題提起になればいいかな、と思っています。
編集後記
インタビューを通して、小田原さんの国語や文学に対する情熱が伝わり、その想いは言問学舎に通う子どもたちにもしっかりと受け継がれているのだろうと感じました。国語は全ての教科の基礎となる大事な教科です。国語力を上げることは、ひいてはこの国の子どもたちの学力全般を向上させることにもつながります。子どもたちの未来を見据えた小田原さんのビジョンが、言問学舎から広がっていくことを願っています。
https://www01.hanmoto.com/bd/isbn/9784991363603
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