北海道石狩市・札幌市で電気工事を行う株式会社S.Eエンジニアの代表・瀨川希さんが登場。19歳でこの業界に足を踏み入れ、一度は離れたものの、25歳の時に「もう一度技術を身につけてやり直そう」と電気工事の道に戻った瀬川さん。個人事業主として再スタートを切り、法人化してからは若手育成にも力を入れ、現在では10〜30代の社員が中心となって活躍する会社へと成長しています。
番組では、普段私たちが何気なく使っている照明やコンセントの裏側にある“プロフェッショナルの技術”について伺いました。工場やホテルなどの大規模施設を主な現場とするS.Eエンジニアでは、「誰が現場に入っても同じクオリティが出せる」人材育成を重視。社員同士の柔軟な連携や、「推し活のための休暇OK」という働きやすい環境も整えており、建設業のイメージが大きく変わる一面が見えてきます。
「真っ暗な現場に、一斉に電気が灯る瞬間には、鳥肌が立つようなやりがいがある」と語る瀬川さん。その瞬間に立ち会える喜びは、電気工事士の特権でもあります。また、「見えない天井裏の配線こそ美しく仕上げたい」というプロとしての誇りや、仕事の中にある美学も丁寧に語っていただきました。
この番組を通じて、電気工事という職業が、単なる技術ではなく、“暮らしと未来を照らす”仕事であることが伝わるはずです。
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目次
「電気工事」と一口に言っても、専門は分かれている
株式会社S.Eエンジニアは、北海道石狩市で電気工事業を営む会社です。代表取締役は瀬川希さん。
石狩市というと遠いイメージがありますが、同社があるのは札幌市と石狩市のちょうど境目あたり。「ほぼ札幌」という場所だそうです(石狩市は留萌側まで細長く伸びています)。
まず整理されたのが、電気工事の中の専門分化でした。ひとくちに電気工事といっても、種類があります。
- 電話を使うための電気工事
- 消防設備の電気工事
- テレビの電気工事
そのなかで同社が担当しているのは、照明器具やコンセントを安全に使えるようにするまでの工事です。天井の中など、見えない部分の仕事になります。
対象は一般住宅ではなく、商業施設、工場、ホテルなど大きい建物がメイン。私たちが何気なく使っているホテルや商業施設の電気を整えている、というわけです。
ちなみに、社名から「パソコンでも何でも分かりそう」と言われることについては、あっさり否定していました。「いや、苦手ですね。スマホも苦手なので」。その道のプロ、ということです。
19歳で入り、逃げ、25歳で戻ってきた
瀬川さんがこの世界に足を踏み入れたのは19歳のとき。しかし、いったん離れています。
本人の言葉は率直でした。「逃げてしまいまして。建設業から逃げてしまいまして」。
当時の現場がどうだったのかも、隠さず語られました。休みがあまりなく、時間も不規則。そしてイメージ通り、怖い人も多かった。強い口調になる人が多く、怖いなと思ったこともあった、と。
いろいろな仕事を経験したのち、戻るきっかけになったのは25歳の結婚でした。
そろそろ手に職をつけよう。一度経験したことのある電気工事士なら、独立もしやすい。
そこから一人親方(個人事業主)の師匠のもとに就職し、2年間働いて独立に必要な資格を取得。個人事業主として電気工事に従事します。
一人でやるうちに限界を感じ、ちょうどその頃「僕の昔みたいにプラプラしていた」相方――現在の専務にあたる人物を誘い、二人で始めます。
法人化の理由も実務的でした。ある時期から建設業の現場に一人親方・個人事業主が入りづらくなるという話になり、急いで法人にした。それが現在のS.Eエンジニアです。
その頃を振り返って一言。「心だけが追いついていかない状態でした」。
建設業の現場は、本当に変わったのか
19歳の頃と今とで、どれくらい改善されたのか。ここは業界の外からいちばん知りたい部分です。
瀬川さんの答えは明快でした。「今はもう全然違いますね」。
働き方改革によって休みも改善され、状況はすごく良くなっている。そして――
女性で現場に入ってくる方も多くなっている。
「女性は入れないのかなと思っていた」というパーソナリティに、瀬川さんはこう返しています。「今、電工女子っていうのもいますんで」。
「推し活で休みたい」に、どう答えるか
同社の社員は10代・20代・30代のみ。全員が若く、和気あいあいとしているそうです。
そこで話題になったのが、昔では考えられなかったという申し出でした。
「推し活をしたいから休みたい」
瀬川さんの答えは、迷いがありませんでした。
「行っといで」
ライブも、推し活も、子どもの行事も。現場の作業の都合はみんなでつけて、自由にやらせている。
価値観の変化についても触れていました。かつては「稼いでいい車が欲しい」「高いブランドものが欲しい」というイメージがあったが、今の若い人たちには全然そういうものがない、と。
ただし、ここで現実的な難しさが出てきます。パーソナリティが的確に突いた点でした。
休みたい人がいる日に別の人が現場に行く。ということは誰が行っても同じように進められる状態にしなければならない。
瀬川さんは、そこが一番難しいところだと認めます。
誰でもいいから置いていけばいいというわけではない。みんながレベルを上げてくれないと、この働き方はできない。
だから常日頃、みんなと相談しながら進めている。自由な休みは、全員の技術水準が揃っていて初めて成立するという構造です。
天井裏を見れば、個性が分かる
仕事のこだわりとして挙げられたのは、予算のなかでやりくりしながら、一つ一つ丁寧に、そしてお客様が求めているクオリティより一つ上を目指すということでした。
それが端的に表れる場所があります。天井裏です。
仕上がってしまえば、照明が点いているという結果は同じに見える。けれど天井裏を見ると――
配線がきれいに引っ張ってあるところもあれば、ぐちゃぐちゃの蜘蛛の巣になっているところもある。
仕上がれば分からなくなる。しかし見る人が見れば分かる。だから見えないところにもこだわる、というわけです。
電気工事士あるある
この回、業界の「あるある」も面白いところでした。
1つ目。店や建物に入ると、とりあえず天井を見てしまう。「これ大変だっただろうな」「ちょっとずれてるな」「曲がってるな」と見えてしまう。
2つ目。長さをセンチではなくミリで言う。
「コンセントの高さを30センチにしてください」と言われると一瞬戸惑う。「300の高さでコンセントを付けてください」なら、すぐ分かる。
これは身長にも及ぶそうです。「1m80センチ」と言われるとあまり想像がつかないが、「1800」なら大体こんなものかと分かる。
電気がつく瞬間
やりがいを尋ねられた瀬川さんの答えは、一つでした。
電気がつく瞬間は、結構やめられないものがある。
現場はそれまで、割と暗いなかで作業しています。だから点灯した瞬間に「おおー」となる。
「光が灯るって、なんか幸せですね」というパーソナリティの言葉に、瀬川さんはこう応じていました。
「当たり前のように見えて、幸せなことなんでしょうね」
独立しやすい理由についても補足がありました。資格さえあれば、完全に一人でもやろうと思えばできてしまう。工事現場の工程によっては時間がないこともあるが、一人でやっている分には比較的自分の働くペースを決められるといいます。
「ちょっとの失敗でつまずいている人を助けたい」
瀬川さんは会社の仕事とは別に、更生保護――罪を犯した人の社会復帰を支える活動にも関わっています。
きっかけは、食堂をやっている方と知り合ったこと。手伝ううちに、保護司や元受刑者の応援をしている人たちと出会い、「こういう活動もあるんだな」と知りました。
関わるようになった理由は、自分自身にありました。
自分も挫折を繰り返してきたし、お金にも苦労してきた。一歩間違っていたら悪いことをしていたんじゃないか、というくらいの時もあった。
だからちょっとの失敗でつまずいている人を助けたい、何か協力できないかと思った、と。
瀬川さんが説明した現実は、具体的でした。罪を犯した人の社会復帰は厳しい。就職先がない。お金がない。携帯も借りられない。部屋も借りられない。そうなると、行き着く先が限られてしまう。
そして、この点を強調していました。再犯が減ることの意味は、本人のためだけではない。
なんといっても、被害者になる方がいなくなること。
社長が一人で三脚を立てて撮影している理由
同社はInstagramでの発信にも力を入れています。撮っているのは瀬川さん本人です。
会社の横で一人、三脚を立てて走ったり物を担いだりしている。編集は外部の会社に依頼していますが、撮影は自分。
本人いわく「結構恥ずかしいんですよね」。それでも続ける理由は明確でした。
就職したいと思ってくれる人が会社を検索したときに、会社の雰囲気や自分の雰囲気が分かるから。
まず、社員が希望を持てる会社に
これからどんな会社にしていきたいか。瀬川さんが最初に挙げたのは、社員のことでした。
まず、社員が希望を持てる会社にしたい。
理由には順序があります。希望が持てないから不安になって退職につながる。そして、こう続きました。
社員が希望を持てないと、お客さんも希望を持てない。
今やっていることは必ず役に立つことだから、素晴らしい仕事だと思ってやってもらいたい。
そしてもう一つが、業界全体への願いでした。
男女問わず、まず電気工事士という仕事を知ってもらいたい。インフラを支える仕事ですから。
※本記事は、ラジオ番組でお話しいただいた内容をShikisai編集部が記事としてまとめたものです。発言は趣旨を損なわない範囲で整理しています。数値・状況は収録時点のものです。
ご紹介
Profile
株式会社S.Eエンジニア
代表取締役社長
2003年、現・取締役2名とともに電気工事業を立ち上げ、2007年に株式会社S.Eエンジニアを設立。北海道石狩市・札幌市を拠点に、地域のインフラを支える電気工事を展開し続けている。 「人と人との関わりを何より大切にする」という信念のもと、依頼された仕事一つひとつに真摯に向き合い、丁寧な仕事で信頼を築いてきた。創業当初は数名の小さなチームだったが、従業員の成長に合わせて、資格取得支援や社内教育の充実など、働く人のキャリア形成にも力を注いでいる。 また、地元高校生のインターン受け入れや、女性活躍応援宣言・職場環境改善宣言など、SDGsを意識した企業文化の醸成にも積極的に取り組んでいる。 現在は「未来へのヒカリを届ける」ことを合言葉に、社員とともに地域に貢献する企業づくりを進めている。
【職歴】(株)リュードリュー ホットヨガ インストラクター業務(1年間)(株)アディスミューズ 建築事務所総務部にて、来客応対 勤怠管理など(3年間)2010年よりフリーランス活動【趣味】フラダンス、旅行、料理、映画鑑賞、マラソン【特技】バレエ(18年)声楽(10年)【実績】<TVリポーター、ナレーションなど>テレビ埼玉「ごごたま」J:COM千葉セントラル・東京北・神奈川県央各局「デイリーニュース」JCN足立「妻好・アッコの足立広報」「MAQUIA ONLINE」CM「旅フェア」CM「アクサハッピー劇場」WEB CM「ショップチャンネル」<ラジオ パーソナリティ・リポーター>FM世田谷「Setagaya Goes On」ラジオ成田「Morning View NARITA Radio Café」レインボータウンFM「大江戸ワイドスーパーアフターヌーン」<ミュージカル出演>「赤毛のアン」ダイアナ役(東京国際フォーラム 2013年)「GANG」プラム役<イベント・展示会MC>「東京モーターサイクルショー2013」MIDLANDブース「DNP 記者発表会」「SONY ランドセル贈呈式」「千場義雅トークショー」(新宿高島屋)<映画出演>「口裂け女 リターンズ」シズコ役「海に降る雪」看護婦役