製造業の現場には、外からは見えにくい“詰まり”がある。
人が足りない。
DXを進めろと言われる。
でも、何から手をつければいいのかわからない。
システム会社に相談したら高額な提案が出てきた。
入れてみたけれど、現場は何も変わらなかった。
そんな工場の中に、作業着を着て入っていく人がいる。
未来いいじまの伊藤彰規氏だ。
話を聞いて印象的だったのは、伊藤氏が「コンサルらしい言葉」をほとんど使わないことだった。
代わりに出てくるのは、「なんでそんなめんどくさいことやってんの?」「もっとサボれるように考えなよ」といった、驚くほど現場に近い言葉だ。
だが、その軽やかな口ぶりの裏には、製造業の現場を変えるための、かなり本質的な視点があった。
目次
「人が足りない。でも、何を変えればいいのかはわからない」
伊藤氏が、今の製造業の現場でよく聞く悩みは明快だ。
「人が足りない」。
そして、「DXとかIT化って言われるけど、どこからやればいいかわからない」。
特に10人、20人規模の工場になると、日々のものづくりだけで精いっぱいになる。
Excelは、使っている。帳票もある。仕事も一応回っている。
だが、その全体像が見えていない。
どこに無駄があるのか。
どこを効率化すべきなのか。
それで本当に効果が出ているのか。
そこがわからないまま、「そろそろDXしないとまずいですよね」と空気だけが先に来る。
伊藤氏は、その状態をよく知っている。
だからいきなり「DXをやりましょう」とは言わない。
むしろ、「DXって何ですか?」と聞かれてしまう現場のほうが多い。
問題は、困っていないことではない。“一応回ってしまっている”ことだ。
製造業の現場が変わりにくいのは、完全に止まっているからではない。
むしろその逆で、一応回ってしまっているからだ。
売上もある。製品も出ている。
だから、みんな薄々「このままじゃまずいよな」と感じていても、日々の仕事の中では後回しになっていく。
伊藤氏は言う。
「担当者の人もずっと代々その仕事をやってきてるんで、なかなかそこへは気づかない」
同じ入力作業を二人でしていたり、何種類もの帳票を当たり前のように使っていたりする。やっている本人たちは真剣だ。だからこそ、その仕事が無駄かもしれない、という発想にはなりにくい。
現場は怠けているわけではない。
むしろ必死だ。
ただ、“見直す視点”だけがない。と

「ITを入れたら全部できる」は、だいたい失敗する
製造業のDXがうまくいかない理由を聞くと、伊藤氏は迷わずこう言う。
「ITって道具なんで」
印象的だったのは、その言い切り方だった。
あくまでITは道具であって、魔法ではない。
にもかかわらず、現場の流れも整理しないまま、システムだけを先に入れてしまう会社は少なくない。
ベンダーから「これもできます、あれもできます」と言われる。
社長は「じゃあ入れよう」となる。
だが、現場からすると、何に使うのかがわからない。
結果、何百万円もかけて導入したのに、使われないまま置かれている。
伊藤氏は、そういう会社を「三社ぐらい知ってます」とあっさり言った。
そのリアルさが、妙に生々しい。
失敗の原因は、ITの機能ではない。
現場も、社長も、「自分たちが何に困っているのか」を整理しないまま道具を入れてしまうことだ。
受注書は紙。数字もない。だから“頑張れ”で回してしまう
今回の取材で何度か驚かされたのが、製造現場のアナログさだ。
2025年現在も、受注書が紙で回っている。
工程の流れが整理されていない。
そもそも機械能力や余力の数字を誰もつかんでいない。
営業が仕事を取ってきても、「それを受けられるかどうか」を判断する数字がない。
だから結局、「何とか頑張れ」で現場が動く。
この話は、都会のオフィスワークを前提にすると、少し信じがたいかもしれない。
だが、町工場の現場では、それが今も珍しくないという。
伊藤氏は、そこにいきなり高機能なシステムを入れようとはしない。
まずは紙を減らす。
流れを書く。
数字を取る。
同じデータを違うExcelで管理していないかを見る。
やっていることは派手ではない。
だが、その地味さこそが本質なのだと思う。
「売上じゃなくて利益で話を持っていく」
伊藤氏の話の中で、もう一つ印象的だったのが、経営者に対する視点の変え方だ。
創業者タイプの社長は、やはり売上を強く気にする。
先月5000万円あった売上が、今月4000万円になった。そうすると不安になる。
それは当然だと伊藤氏も言う。
だがそこで、「売上」ではなく「利益」で考えるよう促す。
売上が下がっても、給料が払えて、
設備投資ができて、利益が残るなら会社としては成り立つ。
だから現場には、「いくらで売るか」ではなく「いくらで作るか」を考えろ、と伝える。
この視点は強い。
ものづくりの現場にとって、“作る”ことはすでに中心だ。
だが、“いくらで作るか”まで意識すると、急に改善の意味が変わってくる。
不良が減れば利益になる。
無駄な工程が減れば利益になる。
原価が下がれば、その分だけ会社の体力がつく。
ただ働くのではなく、どう作るかを見る。
その発想を現場に根づかせていくことも、伊藤氏の仕事の一部になっている。
外から正論を言うだけなら、現場にはただ仕事が増えるだけ
伊藤氏は、かつて大企業にいた頃、外部コンサルに強い違和感を持ったことがあるという。
現場のことを見もせず、困っていることも聞かず、「こうやるべきだ」と言われる。
その経験が、今のやり方につながっている。
だから今は、作業着を着て現場に入る。
社員と話す。
工場長とも話す。
社長とも話す。
上からの指示と下からの本音、その両方をつなぐ。
ある会社ではついに、組織図の中に伊藤氏の名前が入った。
工場長と現場の間に入り、「何かあったら伊藤さんに相談しろ」という状態になっているという。
ここまで来ると、もう“外部コンサル”ではない。
半分、社内の人である。
そして、その立場だからこそ見えるものがある。
たとえば、不満ばかり言っているように見える社員が、
実はITにものすごく強かったりする。
社内だけでは見逃されていた人材を、「あの人、できる人だよ」と横から拾い上げる。
伊藤氏の仕事は、単に改善案を出すことではない。
会社の中にある、まだ使われていない力を見つけることでもあるのだと思う。

「もっとサボれるように考えなよ」という、現場へのまっすぐな言葉
この取材で一番面白かった言葉を挙げるなら、たぶんこれだ。
「もっとサボれるように考えなよ」
もちろん、本当に怠けろという話ではない。
無駄な動きを減らして、今と同じ成果をもっと楽に出せるようにしよう、という意味だ。
製造業の現場には、真面目な人が多い。
だからこそ、しんどいことをしんどいまま続けてしまう。
改善というと、さらに努力することだと考えがちだ。
でも本当は違う。
改善とは、余計なことをやめることでもある。
伊藤氏のこの言葉には、その感覚が端的に出ていた。
外から来た人だから言える。
けれど、ただの外の人ではないから届く。
その絶妙な距離感が、伊藤氏の強さなのだと思う。
工場を変えるのは、立派な理論ではなく「方向性」と「地熱」
取材の終盤、伊藤氏は「中から地熱を上げないと変わらない」と話していた。
いい言葉だと思った。
どれだけ正しいことを言っても、会社の中に熱がなければ変化は起きない。
そのためには、社長が方向性を示すことが必要だ。
売上をどうしたいのか。
人をどうしたいのか。
設備をどうしたいのか。
夢物語でもいいから、まず言葉にする。
方向性があるから、現場が考えられる。
現場が考えるから、改善が生まれる。
改善が積み重なるから、ITも活きる。
順番を間違えないこと。
たぶんそれが、伊藤氏の仕事の根っこにある考えなのだろう。
編集後記
製造業のDXという言葉は、ともすると派手なものに見える。
最新システム、AI、データ活用。そうした言葉は確かに魅力的だ。
けれど、現場の中で本当に必要なのは、もっと手前にある。
何が無駄なのかを見ること。
数字を持つこと。
会社の向かう先を言葉にすること。
そして、現場と経営の間にある“わからなさ”を、丁寧に翻訳すること。
未来いいじまの伊藤彰規氏がやっているのは、そういう仕事だった。
それは、いかにもコンサルらしい華やかな仕事ではない。
むしろ、かなり地味だ。泥臭い。時間もかかる。
でも、工場が本当に変わるのは、たぶんこういう関わり方からなのだと思う。
ご紹介
Profile
株式会社未来いいじま
代表取締役社長 伊藤彰規
1956年愛知県清須市生まれ。名古屋工業大学卒業後、CKD株式会社にて電気制御設計、情報システム部長、生産技術部長などを歴任。2009年の退職後も、奈良県・長野県の機械製造設計会社で現場改善やIT導入支援に携わる。現在は、製造業を中心とした中堅・中小企業の業務改善やIT化支援を行い、現場に入り込みながら「何が本当に無駄なのか」を社員と共に考えるスタイルで活動。製造業・印刷業など幅広い業界を支援している。また、長野県立南信工科短期大学校で制御システムの非常勤講師を務めるほか、全国のポリテクセンターにて、業務改善、IT推進、RPA、AI、セキュリティなどをテーマに年間60回以上のセミナーを実施している。