宇治茶・八女茶など、茶葉の有名なブランドは多く存在しますが、神奈川県に新進気鋭の茶葉のブランドが存在することを知っているでしょうか?その名は、丹沢大山茶。手がけるのは、神奈川県藤沢市の株式会社茶来未・佐々木健社長です。今回のインタビューでは、佐々木社長に丹沢大山茶の完成までの経緯や、日本茶を通しての地域貢献についてお話を伺いました。
ー佐々木社長はもともと中華料理の料理人をされていたと聞きました。そこから日本茶の世界に入るまでの経緯をお聞かせください。
佐々木社長:1999年の9月、まだ20代のころに、飲食店を開業したのが始まりでした。調理人として大手レストランで働いている中で、テレビや雑誌の取材を受けることも増え、それなりに技術を習得したと思い、起業した流れです。
業態コンセプトがヌーベルシノワという新世代中国料理という、当時最先端の技法・見せ方をする中国料理とお酒のマリアージュを楽しむというビストロみたいな構想でした。開業する際に先輩方に相談したところ大反対をされまして、それが逆に「誰もまだ手を付けてないぞ!」と自分の中では確信に変わったことを覚えています(笑)。結果的に飲食店事業は順調なすべり出しができました。
そんな中で、依頼されたことや頼まれたことは嫌と言えない性格で、コンサルタントや業態開発、講師などいろいろとやっていました。ある時、スイーツの開発事業で同じプロジェクトに参加していた製茶会社の社長に「素材、火の使い方が茶業界に全くない考え方だ」と言われ製茶焙煎の技術を教えてもらいました。それが日本茶との最初の出会いです。
常識に囚われず本質を見抜き、新たな製茶法を編み出す
ーそれが2006年頃のことですね。2009年には世界緑茶コンテストで最高金賞を受賞されています。受賞できた一番の要因はなんだったと思いますか?
佐々木社長:やはり、独自の技術「十二微細分類製茶法」を考案し、味に落とし込めたことだと思います。お茶の葉って、「芯」と「葉」だけでできているわけではなく、「芽」、「尺」、「身」など、もっともっと細かい部位があります。この部位によって、味わいが違うんです。その特徴に合わせて、細分化して製法を変えているんです。
ー非常に細かく丁寧で大変な仕事のように思います。これを思いついたのはどういう発想があったのでしょうか?
佐々木社長:例えばカレーライスを作る際、ジャガイモとニンジンと豚肉を一緒に鍋に入れたりしないと思います。火の通りにくいものから先に入れていきますよね?最初から茶師になっていたら常識に囚われていたかもしれませんが、料理人から茶師になったので「素材に合わせた最適な調理をする」という大原則から茶葉と向き合えたことが要因かもしれません。それからも「まだまだお茶は美味しくなる」という信念を持って、より美味しくできないか考え続けています。
自らの仮説立証のため自社茶園を保有
ー柔軟な発想と粘り強さで到達した快挙ですね。その後、自社で農園を持たれるほどに拡大されていますが、順調に成長していったのでしょうか?
佐々木社長:最初の金賞受賞から、お茶の単独の業態も展開し、鎌倉若宮大路茶来未をオープンし順調に行きかけていた時に、2011年の震災がありました。飲食店は自粛を余儀なくされ、神奈川県のお茶からはセシウムが検出されたと大問題になり、なんと会社は3か月で倒産寸前まで追い込まれました。あの時は大変でしたね。そこから会社を継続する為に一度すべてのスタッフに頭を下げやめていただき、一人社長に戻り藤沢の今の会社のある場所近くにプレハブ小屋を仮りて自分で内装をやり再出発をしています。ただ、茶師としての評価は引き続きしていただけて、2013年にも最高金賞をいただくことができました。そこから茶師として日本茶を広める様々な活動を経て、2017年に自社の茶園を所有しました。
ー自社茶園を所有するというのは非常に大きな決断だったのではないかと思いますが、そこに踏み切ったのはどのような理由があったのでしょうか?
佐々木社長:一番は、自分の仮説の立証をしたかったことです。最初の頃は、既存の農家さんと契約茶園という形で結ばせていただいてたのですが、そもそもの茶葉の生産で試してみたいことがたくさん出てきたんです。自分のやり方を農家さんにやってもらうということはなかなか難しく、であれば自分でやろう、ということで取り組み始めました。最初の頃は非常に大変でしたね。現在は1.2㌶の茶園を保有しており、法人として認定農業者の資格を得ています。
ーそこから「丹沢大山茶」というブランドが生まれたわけですね。
佐々木社長:はい、茶は土地ごとの気候・風土・環境で質が変化します。日本を代表する茶の名産地では、細分化された地区単位の特性を最大限に活かしたお茶づくりがおこなわれてきました。そういう意味で、神奈川はまだ各産地の魅力が伝わっていないのが現状です。その現状を変えたくて「丹沢大山茶」というブランドの発信を始めたのです。ワインの格付けである「シャトー」に近い考え方で茶園の特性を捉えて「神奈川のお茶」の再建に貢献したいと考えています。
また、私は現在の日本の食料自給率は危険水準であると考えています。食品を他国からの輸入に頼りすぎていると出来なくなったときに飢えが来ます。そうならないように一時生産者の所得向上を目指し、この素晴らしい農業というマーケットで生きていけるよう自分で先導をしたく、産地ブランドの立ち上げや自社工場で加工品にして流通させるというのが、今はモチベーションになっています。この活動を通して、まだまだ道半ばですが、自国の食料は最低限まかなえるような社会にする、というのをライフワークにしていきたいと思っています。
ー本当に素晴らしい取り組みです。実際、飲まれた方からの評価も非常に高いですよね。様々な新商品の開発にも取り組まれていますが商品開発時はどのようなことを意識されていますか?
佐々木社長:日本茶というのは複雑な分業制になっていて、作り手の顔が見えづらいジャンルだとおもっています。お客様に作り手の顔が見えることを第一に考えて商品を作ります。商品にはストーリーが詰め込まれています。売り手としては作り手の情熱や思いをどのように伝えるか、お客様にどのように伝えられるか、売り手も買い手も感動するストーリーをイメージしながら商品を送り届けるようにしています。例えば、世界緑茶コンテストで最初に受賞したお茶「ぱちり」は深蒸し茶で、目が覚めるような爽やかな香りを持ちます。「そんならば」は昔ながらの煎茶が欲しい方はこちらをそうぞの意味。「むかんしん」は玉露の魅力に魅せられて、ほんの少しの時間だけ慌ただしい日常の生活の全てのことに【無関心】になって自然の豊かな味の世界を旅してみませんか?という意味です。
ーネーミングがとても素敵ですね。他にも地域の農産物を使用した商品なども販売されています。
佐々木社長:はい、食料自給率への危機感の話をしましたが、それにもかかわらず、実は農作物の生産量の約40%が破棄されているのです。「曲がっているから」「傷があるから」と、味や安全性ではなく形の問題で売れないのが理由だそうです。そこで、地元・湘南で育てられた“規格外”の野菜や果物を買い取り加工することで、新たな食品として送り出すことを考えました。例えば、ミカンの皮は乾燥させてお茶に混ぜたり、ドライトマトを作ってお菓子やスープの原料にアレンジしたり。そういったものの販売も行っています。
ー佐々木社長の農業への覚悟が感じられますね。今後はどのようなビジョンを描いていらっしゃいますか?
佐々木社長:持続可能な農業は国の根幹を支えるものだと思っています。その礎を作るために「丹沢大山茶」を作りました。自然界と人間界の境界線には中間産地農業が欠かせません。棚田や森の茶園もその一つです、日本の里山を守るには自然界との調和の為にも特に中山間地農業を大変だからといってやめるのではなく、そこに価値を生み出し、産業として再ブランディングしていきたいです。その大きな取り組みを「丹沢大山茶」を通して持続可能なものにしていきたいと思っています。
編集後記
料理人から茶師へ転身し、職人として類稀なる功績を残した佐々木社長。そんなお茶のエキスパートが、丹沢大山茶というブランドを通して、日本の農業の危機に本気で立ち向かう姿に感銘を受けました。そんな茶来未のお茶は公式オンラインショップからもお買い求めいただけます。世界最高金賞の一味違ったお茶を味わいたい方は、ぜひお試しください。