「善悪の判断が曖昧になる構造を避けたい」。
そう語るのは、浄水器メーカーである株式会社アールスペース代表取締役の安田海斗さんです。大学を一浪の末に中退し、その後、複数の事業立ち上げと失敗を経験。家庭教師営業や太陽光・蓄電池の訪問販売の現場で成果を重ねる中で、営業という仕事が持つ力と同時に、判断を歪めかねない構造的な問題にも直面してきました。現在は、家全体の水を浄水する全館型浄水器のメーカーとして事業を展開すると同時に、正社員・固定給・ノルマなしという独自の営業組織を構築。訪問販売という誤解されやすい領域において、個人の倫理ではなく「仕組み」の設計から、業界のあり方を問い直しています。
今回は 石塚直樹 がナビゲーターとなり、
株式会社アールスペース代表取締役・安田海斗さん に、これまでのキャリア、事業づくり、そして訪問販売という仕事への向き合い方について伺いました。
目次
環境に左右されながらも「選び直す」判断
石塚:
まずは安田さんのこれまでの歩みについて伺います。大学を比較的早い段階で辞められたそうですね。
安田さん:
大学は一浪して入学しましたが、入学後に自分がやりたいこととは違うと感じるようになり、結果的に辞める判断をしました。当時は、そのまま在籍し続けることよりも、自分で進路を考え直す必要があると感じていました。
石塚:
大学を辞めたあとは、どのような行動を取られたのでしょうか。
安田さん:
明確にやりたい仕事が決まっていたわけではありませんでしたが、今後の生き方を考える中で、起業という選択をしました。とにかく何か行動を起こさなければ状況は変わらないと考えていました。
石塚:
最初に取り組んだ事業はどのようなものだったのですか。
安田さん:
最初は、おむつケーキの制作・販売を行いました。当時すでに市場には存在していましたが、デザイン面でしっくりくるものが少なく、自分で作ってみようと考えたのがきっかけです。
石塚:
事業としての手応えはいかがでしたか。
安田さん:
産婦人科向けに卸す形で、一定数は売れていました。ただ、制作にかかる人件費やコストを十分に考えられておらず、構造的に利益が残らない事業でした。この経験から、売れることと事業として成立することは別だと学びました。
営業という仕事との出会い
石塚:
その後、営業の世界に入っていくことになりますね。
安田さん:
家庭教師会社で、生徒と講師をマッチングする管理業務を担当していました。当初は営業職ではありませんでしたが、社内で営業部の働きを目にする機会がありました。
石塚:
印象に残っている場面があるそうですね。
安田さん:
営業部の方々がエレベーターを降りてくると、周囲の社員が立ち上がって拍手で迎える光景を見ました。そのとき、会社の売上は営業がつくっているのだと強く実感しました。
石塚:
その体験が、営業職への関心につながったと。
安田さん:
はい。仕事を生み出す役割を担う人が、明確に評価されていると感じました。そこで営業職に挑戦したいと考えるようになりました。
石塚:
アルバイトの立場で営業職を希望するのは、当時としては珍しかったのではないでしょうか。
安田さん:
最初は難しいと言われましたが、身なりや言葉遣いなど、毎日課題を与えられました。それを一つずつクリアしていく中で、営業として現場に出る機会を得ました。
石塚:
結果として、大きな成果を残されていますよね。
安田さん:
東海エリアで12カ月連続1位となり、そのうち数カ月は全国1位を取ることができました。ただ、特別な営業手法があったというよりも、相手の考えや状況を丁寧に想像することを意識していました。
太陽光営業で直面した「成果と判断のズレ」
石塚:
次に、太陽光・蓄電池の営業会社へ移られています。
安田さん:
家庭教師営業で成果を出したあと、訪問先のお客様から声をかけていただき、太陽光の営業会社に転職しました。ただ、最初の数カ月は思うように成果が出ませんでした。
石塚:
原因はどこにあったと考えていますか。
安田さん:
成果を出さなければならないという意識が強くなりすぎて、結果として押し売りに近い形になっていたと振り返っています。お客様と対立する構造に自分が入ってしまっていました。
石塚:
そこから状況が変わったきっかけは何だったのでしょうか。
安田さん:
当時の社長から「お客様と共通の敵をつくりなさい」と言われました。環境問題や電力会社といった大きな課題を軸に、一緒に考える姿勢に切り替えたことで、結果が変わりました。
石塚:
その後は、大きな成果を出されています。
安田さん:
産業用太陽光では、短期間で大きな売上をつくることができました。一方で、成果を出しても報酬の仕組み次第で評価が変わることに、強い違和感を覚えました。
起業とリフォーム事業のゼロスタート
石塚:
その経験が、起業へとつながっていくわけですね。
安田さん:
はい。太陽光事業に関する制約があったため、顧客から要望の多かったリフォーム事業をゼロから始めました。外壁や水回りなど、自分で調べながら進めていきました。
石塚:
施工にも関わられたと聞いています。
安田さん:
実際に屋根に登って作業を行うこともありました。やってみなければ分からないという考え方で進めていました。
石塚:
営業のスタンスはどのようなものでしたか。
安田さん:
過剰に売り込むのではなく、目の前の困りごとに応えることを重視していました。この姿勢が、後に業界全体をどう見直すかという考えにもつながっていきました。
浄水器事業の誕生──「説明しなければ価値が伝わらない商材」
石塚:
現在の主軸となっている浄水器事業はどのような経緯で始まったのでしょうか。
安田さん:
東京の会社から、訪問販売の営業組織をつくってほしいという依頼を受けたことがきっかけです。商材はすでに用意されており、それが家全体の水を浄水するタイプの浄水器でした。
石塚:
一般的な浄水器とは少し違いますね。
安田さん:
キッチンの蛇口に取り付けるタイプではなく、水道メーター付近に設置することで家の中で使うすべての水を浄水する仕組みです。生活全体に関わる商材だと感じました。
石塚:
最初は、代理店や営業代行として関わっていたのですか。
安田さん:
はい。最初は営業代行として関わり、訪問販売の組織づくりを担当していました。その中で、商材としての可能性を強く感じるようになりました。
石塚:
訪問販売という手法を選んだ理由を教えてください。
安田さん:
浄水器本体に加えて、点検やサポートを含む会員制度もセットになっており、短時間の広告では価値を伝えきれません。説明して初めて理解される商材だと考えています。
訪問販売のイメージ問題──悪いのは「仕組みのない販売」
石塚:
訪問販売に対する世間のイメージについて、どのように考えていますか。
安田さん:
一部の不適切な事例によって、業界全体が同じように見られてしまっている側面はあると感じています。ただ、問題は訪問販売という手法そのものではなく、仕組みが整っていないまま行われていることだと考えています。
石塚:
具体的にはどのような点でしょうか。
安田さん:
短期間で稼ぎたい人が参入しやすく、教育や管理が追いつかないことです。歩合やノルマが強い環境では、成果が判断に影響し、善悪の判断が曖昧になりやすいと感じています。
石塚:
その結果、トラブルが起きやすくなる。
安田さん:
はい。キャンセル対応が後回しになったり、連絡が取れなくなったりして、消費者センターに相談が行くケースもあります。
メーカーとしての提供価値と透明性
石塚:
メーカーとして特に意識している点は何でしょうか。
安田さん:
販売後も、顧客が不安にならない仕組みをつくることです。販売店が将来的に別の事業へ進んだ場合でも、問い合わせや点検を受けられる体制をメーカー側で整えています。
石塚:
価格についても、正直に説明されていますね。
安田さん:
高額な商品である以上、価格も含めて説明する責任があると考えています。訪問販売だからこそ、透明性を高く保つ必要があると認識しています。
訪問販売の未来と、次の世代へ
石塚:
最後に、訪問販売という仕事の未来についてどのように考えていますか。
安田さん:
AIやデジタル技術が進んでも、人が人に説明し、相手の状況を理解した上で提案する価値はなくならないと考えています。訪問販売は、人を理解する仕事だと捉えています。
石塚:
若い世代に向けて、伝えたいことはありますか。
安田さん:
環境のせいにせず、自分で選び直すことができるという感覚を持ってほしいと思います。誰かにできることであれば、自分にもできると考えてほしいです。
編集後記
安田さんの語りから一貫して伝わってきたのは、訪問販売という仕事を感情論や善悪論で語らない姿勢でした。自身が営業として成果を出してきた経験があるからこそ、歩合やノルマといった制度が判断に与える影響を冷静に捉え、その構造自体を見直そうとしています。
訪問販売を擁護するのでも否定するのでもなく、「なぜ問題が起きるのか」を仕組みの観点から整理する。その姿勢は、業界の内側にいる人間だからこそ持ち得る視点だと感じました。商品、組織、顧客対応を一体として設計し直す取り組みは、営業や組織づくりに関わる読者にとって、多くの示唆を与える内容ではないでしょうか。
ご紹介
Profile
株式会社アールスペース
代表取締役
株式会社アールスペースの代表取締役。 大学中退後に起業を選択し、おむつケーキの制作・販売など複数の事業に挑戦。その後、家庭教師営業や太陽光・蓄電池の訪問販売に携わり、営業の現場で成果を重ねてきた。 一方で、成果を追う中で判断が仕組みに左右されやすくなる営業構造に違和感を持つようになり、独立。リフォーム事業を経て、現在は家全体の水を浄水する全館型浄水器を扱う浄水器メーカー、株式会社アールスペースを経営している。 正社員・固定給・ノルマなしの営業組織を構築し、訪問販売を個人の資質ではなく「仕組み」の問題として捉え直す取り組みを続けている。
株式会社ウェブリカ
代表取締役
新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。
腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。