
横浜で150年以上続く小泉麹屋の社長が、味噌作りの魅力を語る。家庭での手作り味噌の楽しさ、独特の風味、そして日本の食文化を守る思いが詰まった30分。味噌作り講習会の様子も紹介。伝統と革新が織りなす発酵の世界へ誘う。
ぜひ最後までお聴きください!

右/小泉聡(合資会社小泉麹屋 五代目 麹師・代表)
目次
小泉麹屋とは──横浜で150年以上
小泉麹屋は、横浜市の菊名で味噌と麹の製造販売を行っています。創業は明治元年・明治初期。150年以上の歴史を持つ会社です。代表の小泉聡さんは五代目の麹師にあたります。
横浜で味噌や麹と聞くと意外に思われるかもしれません。実際、横浜市内で手作りで麹を作っているところは2軒しかないと小泉さんは言います。そのうちの1軒がこの店です。
「持ち込まれた米を麹にして返す」商売だった
150年前、この店は何をしていたのか。答えは、いまの姿とは少し違いました。
当時、店の周りは田んぼと畑のエリアで、米が作られていました。そして昔の日本では、味噌や醤油は各家庭が自家用に作るものだったのです。
だから商売の形はこうなります。地域の人が米を持ってきて、それを米麹に加工してお渡しする。これがスタートだったと聞いている、と小泉さん。
しかも本業は農業でした。麹作りは冬場の仕事であるため、農閑期にあたる冬に麹屋をやる。そういう営みが長く続いてきたのです。
一度、閉めている
この150年は、途切れずに続いてきたわけではありません。
小泉さんの父親は短命で、小泉さんが高校1年生のとき、入学してすぐに亡くなりました。そしてその時点で――小泉麹屋は一度閉鎖しています。
小泉さんはそのまま高校、大学を出て、普通にサラリーマンになりました。職種は不動産の営業マン。麹とも味噌とも縁のない、スーツと革靴の世界です。
「競争のない世界」を探して、足元を見た
ただし小泉さんの中には、一つの気持ちがありました。商売人の子どもなので、「30までには独立したい」。何をやりたいかは、まだ決まっていません。
営業を経験して痛感したのは、世の中の厳しさでした。同業他社との競争があり、社内でも営業マンとして数字の戦いがある。そして結論を出します。「この不動産の世界で独立しようと思っても、俺には無理だ」。
そこで考えたのが「競争のない世界」でした。もちろん、そんなものはないと分かっている。それでも「何かないのかな」と思ったとき――足元を見たのです。
「あれ、麹屋なんてないよな」
調べてみると、やはり横浜市内には自分のところ以外にもう1軒しかありませんでした。これは競争が少ない世界だ。そして味噌を作る人が世の中にたくさんいることは、子どもの頃から見て知っている。「これだったら、やっていけるんじゃないか」――それが正直なきっかけだったといいます。
「お前、電気工事やんの?」
周囲の反応は、決して芳しいものではありませんでした。21世紀が目前という時代です。
「いいね、やれよ」と言ってくれた人は、一人しかいなかったといいます。
それどころか、昔の同僚に「俺、こうじ始めるから」と伝えたところ、返ってきたのはこの言葉でした。
「お前、電気工事やんの?」
当時の世間の認識は、その程度だったということです。
技術は、叔父が持っていた
問題は技術でした。小泉さん自身は、仕事として麹作りを通してやった経験がありません。
とはいえ、まったく知らないわけでもありませんでした。麹作りは朝が早い仕事です。小学生の頃から朝早く叩き起こされ、手伝いをしないと朝ごはんを食べさせてもらえなかったといいます。なんとなく触れてはいた、という感覚です。
本当の技術を持っていたのは叔父――父の弟でした。かつて父と一緒に仕事をしていた人です。
母が出した「一つだけの条件」
会社を辞めて、小泉さんが最初に向き合ったのは母親でした。相談というより、報告に近いものだったといいます。「やるぞ」と。
そこで母が出した条件は、たった一つでした。
「じゃあ一個だけ条件を出すよ。私は一切手伝わない。それでいいならやってもいい。」
大変さを知っているからこその言葉でした。
そして小泉さんはすぐ叔父に連絡し、翌日には昼食をともにします。「俺、やろうと思うんだけど、教えてもらえませんか」。
叔父の返事は二つ返事――というより、少し涙を浮かべて「協力するよ」と言ってくれたのだそうです。
一度閉じた150年の家業は、そうして再び動き始めました。
※本記事は、ラジオ番組でお話しいただいた内容をShikisai編集部が記事としてまとめたものです。発言は趣旨を損なわない範囲で整理しています。
ご紹介
Profile
合資会社小泉麹屋
五代目 麹師・代表
小泉麹屋は明治には麹加工所として150余年ずっと地域の発酵食品文化を支え続けてきました。店を閉めたこともありましたが、五代目が脱サラをして14年振りにのれんに火をともし、小泉麹屋は再開しました。 伝統の技と味を守りつつ常に時代に合った新しい試みにチャレンジすることを忘れずに取り組んでいます。日本の伝統的な文化、家庭の味、美味しい家庭の手前味噌を伝承するお手伝いができるよう 日々、努力を重ねています。
株式会社ウェブリカ
代表取締役
新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。■編集長インタビュー「メディア「地域色彩」立ち上げの背景とは?株式会社ウェブリカ・石塚直樹が語る地域企業活性化のビジョン」https://chiiki-shikisai.com/webrica-ishizukanaoki/