勉強は、本当に「教えればできるようになる」のだろうか。
多くの学習塾は、分からない問題を解説し、理解させることに価値を置いている。しかしそのプロセスは、時に「分からなければ聞けばいい」という依存を生み、思考する力そのものを弱めてしまう可能性も孕んでいる。
宮崎市にある北斗塾が掲げるのは、「依存型」ではなく「自立型」の個別指導だ。教えることを目的とせず、生徒が自ら学習を進められる状態をつくる。そのために、あえて答えを与えない、必要であれば過去に遡るといった設計を取り入れている。
なぜ“教えない指導”が必要なのか。そして、その先にどのような変化が起きるのか。
38年にわたり指導を続けてきた塾長・一木氏の言葉から、学びの本質を紐解いていく。
目次
学習塾だけはやるまいと思っていた
——北斗塾を始めた経緯を教えていただけますか。
一木: 元々はパイロットになりたくて、大学在学中はアルバイト講師をしながら航空大学校の受験を考えていました。ANAの自社養成パイロットの選考を受けたこともあるんですが、2次面接でやらかしてしまって。「将来どんなパイロットを目指しますか」という問いに対して、「10年やったら実業家になります」と答えたんです。
——それは……確かにやらかしましたね(笑)。
一木: 言うつもりもなかったんですが、気がついたら言っていました(笑)。「それなら早く実業家になってください」と言われてその場で終わりでした。起業への思いは元々あって、叔父が建築業をやっていてそれへの憧れがあったんですね。だから建築か不動産をやりたいと思って叔父に相談したら、「桁が1つ2つ違う。間違えたら再起不能になる。まずは学習塾をやりなさい」と言われて。
——それで塾を?
一木: いや、学習塾だけはやるまいと思っていました。バイトの講師をやっていたので、「先生になるんでしょ」と何人にも言われていて、そんなわけはないと。でも叔父が「塾で成功したら建築も不動産も教えてやる」と言うので、それで動き出したという感じです。そして、1993年、大学卒業の年の3月15日に営業を開始しました。
——最初はどのくらいの規模のスタートでしたか。
一木: 近所の方に協力してもらって15人でスタートしました。1年後には109人になっていました。
——1年で7倍以上ですか。なぜそんなに増えたんですか。
一木: 生徒の成績を上げれば、どんどん入ってくるんです。アルバイト講師の頃から「このようにやれば成績が上がる」という確信がありました。特に力を入れたのは定着のさせ方です。何度も復習してテストを繰り返す。それだけで中学生の成績は飛躍的に上がっていくことに気がつきました。
中学3年生が入ってきてもアルファベットからやり直しましたね。親御さんからはクレームも来ましたよ。「受験生なのにバカな先生じゃないですか」と。でも秋ごろには成果が出てきて、手のひら返しでした。
集団指導の限界——100人を超えた日の疑問
——その後、集団授業から個別指導への転換があったと思います。何がきっかけでしたか。
一木: 生徒は4月1日に一斉入塾するわけじゃないんです。5月、6月、7月、9月、10月……それぞれの事情で入ってきます。そうすると、4月から通っている子はそれなりに出来上がってきているのに、7月から入ってきた子は4・5・6月の内容がズタズタの状態で来るわけです。授業をいくら分かりやすくやっても、前提知識が抜けているから分からないんですね。
力技でカバーしていたんですが、100人を超えた時に「何をやっているんだろう」という疑問が湧いてきました。できない子は授業後22時から残して、23時まで、24時まで、日をまたぐことも何度もありました。要は、それが個別指導だったんです。なら最初からそうした方がいいんじゃないかと気づいて、平成7年から1対1・1対2・1対3など様々なパターンを実験的に始めました。
個別指導に転換しても、成果が出なかった理由
——個別指導に切り替えてみたら、どうでしたか。
一木: 成果が上がらなかったんです。生徒というのは、先生が1.5メートル以内にいるというだけで「先生、分かりません」と言ってきます。距離感が近いから質問しやすいんですね。それ自体は悪くないんですが、親御さんも個別指導にお金を払っているから、送迎時に「今日いくつ質問した?何ができるようになった?」という子供とのコミュニケーションを取ります。質問しなかったとなるとお金がもったいない、と考えるわけですね。
そうすると子どもは「塾では分からないことは全部聞こう」という思考になっていきます。問題を解いて少し難しければ、すぐ「先生、これどうやるんですか」。これはカーナビと同じです。
——カーナビ、というのは?
一木: カーナビをセットして目的地に行くと、何度行っても道を覚えないですよね。一方で、自分で迷いながら1回2回と通った道は体が覚えています。それと同じことが起きていました。
分からなかったらすぐ聞く。考える前に答えを求める。だから思考力がつかない。自立とは真逆の状態です。こういった依存型の個別指導はやるべきではないと判断して、廃止しました。
自立型個別指導とは何か
——「依存型」を廃止して、どういう指導にシフトしたんですか。
一木: 生徒が意欲を持って自ら学習するという動機付けをして、それぞれが目の前のテキストや問題に向き合っていく——「自立型個別学習」ができるように指導する。それを「自立型個別指導」と呼んでいます。教えるのではなく、自分で動けるようにする。そこが根本的に違います。
——自立させると言っても、特に小中学生には難しいんじゃないかと思うんですが、どう設計しているんですか。
一木: 小学生の場合は「勉強することが楽しい」「できたら褒められる」という経験を積み重ねること。それが勉強へのポジティブな感情をつくる、自立型指導の要点になります。
中学生は、学年順位のゲーム性を使います。100番の子なら50番、50番なら25番という目標を立てて、その達成を一緒に追っていきます。数字が動くことで達成感が生まれ、モチベーションが続いていくわけです。
一方で、高校生は少し違います。「塾の自習室に毎日来ればいい」という発想の塾が多いですが、あれはあまり意味がないと考えています。重要なのは戦略的な学習方法を教えることです。
——戦略的な、というのはどういうことですか。
一木: 多くの高校生は「学校の宿題や課題をやることが勉強」と思っています。でも宿題・課題は緊急性のあるものです(時間管理のマトリクスでいう第1領域)。
本来、自分にとって重要なのは、模試でできなかった問題、弱い単元——そこにデータを取って優先順位をつけてやること。それが「重要なことをやる」ということです。
このやり方が分かると、生徒は自分で動き始めます。これが自立型個別指導の目的です。
モチベーションを保たせる2つの仕掛け
——生徒のモチベーションを保たせるための仕掛けはあるんですか。
一木:「クロスモチベーション」と呼んでいるアプローチがあります。生徒の成績が分解されて分析されて目の前に出てくると、私自身が「ここの数値を上げたいな」「ここは後回しにしてこの数値の悪いところを段階的にやっていこう」という意欲を持つ。物理で言う熱伝導と同じで、講師が先に意欲を持つと生徒がそれに反応してきます。全体像が分かって具体的な方法論が分かると、意欲を持ってやるんです。
ただしこのハイモチベーションは必ず下がってきます。だから別のモチベーションも使います。それが「ギャップモチベーション」です。
——ギャップモチベーションとは?
一木: 理想と現状の差を明確に認識させるんです。そうすると「嫌だな、この差を埋めたい」という気持ちが生まれます。それを定期的に意識させることで、普段から「埋めたい」という動機が続きます。ただし、その距離が遠すぎるとダメです。分割払いにしないといけないです。5点ずつ上げるたびに「できたね」と記録と声がけをしていくということです。
昨今の、「AIで生徒の弱点が分かる!」というシステムでは補えない決定的なところで、人間対人間でないとできないところですね。
生徒が「勉強そのものが面白い」と言い始める瞬間
—— 一木さんが考える学習の到達点ってどこにあるんですか。
一木: 小中学生に「勉強が好き」と言う子がいても、それはスコアが上がって褒められるのが嬉しいということが多いです。勉強の中身が好きなわけではないというわけですね。でも高校生でレベル5以上の問題に入ると、何かが変わります。
——どういうことですか。
一木: 大学の先生たちがどういう意図でこの問題を作ったかという本質に、触れ始めることができるんです。そうするとその教科自体の面白さに気づき始める。「これ面白れえ」となる。38年のキャリアの中で、レベル5以上の問題をやり始めて何も言ってこない生徒は1度もいません。
将来医者になると決めて入ってきた生徒が、英語がレベル5を超えたあたりで「英語の先生になったらいくらぐらいですか」「外交官になったらいくらもらえますか」と聞いてくる。英語を使う仕事へのイメージが湧いてくるんです。数学ができるようになってきたら理学部数学科に進んだ生徒もいます。面白さに触れてしまうと、ちょっと中毒性があるんですよね。
物理が嫌いと言う女子高生に「物理の最先端ではタイムマシンを研究していて、織田信長に会えるかもしれない」という話をすると食いついてくる(笑)。「でも物理を選択していなければその道には行けないよ」と伝えます。
記憶の書き換えから始まる——リボーンという本質
——卒塾した後も成果が出続けているという話が印象的でした。なぜそうなるんですか。
一木: 「リボーン」と呼んでいます。もう少し程度が軽ければ「リブート」かな。
潜在意識の中で「自分は数学が無理」「物理が無理」と思いながら勉強すると、脳科学的には嫌だという義務でやらなきゃとなり、出力が60%程度になるらしいんです。だから問題が起きた最初の地点、例えば、小学4年生の算数や中学1年生の英語からやり直すことで、トラウマを消していくんです。本当はここが一番大事で、トラウマが消えるととんでもないことになります。記憶が書き換えられていくんです。「過去は変えられないけど未来は変えられる」という言葉がありますが、実は過去も書き換えられる。その書き換えが起きると、過去の内容が「できていた」という勢いのまま今の内容に入れる。以前と全然違うレベルで理解できるようになります。
卒塾後も成果を出す生徒たち
——今までで印象に残っている生徒さんのエピソードとかってありますかね。
一木: 予備校を始めた第1号の生徒が今でも印象に残っています。前年に大手予備校で1年間学んで鹿児島大学の医学部を受けて落ちた女の子で、もう勉強はしたくない、死にたい、と部屋に引きこもっていました。お父さんから電話があって、1対1で1年間、引き受けることになりました。結果としては、夏を過ぎて宮崎県の模試で1位を取り、宮崎大学医学部医学科にトップで合格しました。その年の宮崎県の2〜5番手の子たちが東京大学に進学したようなので、その子たちよりも上だったということになります。
その生徒は今、医者をやっています。大学に入ってからも北斗塾で習った自立型の学習方法を使っていたら、周りの友達から「なんで宮崎大学に来てるの?九大や阪大の医学部に行けばよかったのに」と逆に馬鹿にされたと言っていました。
——それはすごいですね。
一木: 宮崎大学医学科を2番で受かった子も同じようなやり方をして国家試験を一発で通っています。「このやり方を学べてよかった。資格試験があればこのやり方を応用すればいいと思います」と言ってくれましたね。
他にも、中学1年生の1学期まで学校に行って夏から不登校になった子が、18歳のときに私の目の前に現れました。3年後に早稲田大学法学部に入り、3年で卒業してロースクールを経て司法試験に一発合格して、今は弁護士をやっています。弁護士、医者、パイロット、薬剤師、学校の先生、実業家——北斗塾から出た生徒たちがさまざまな場所で活躍しています。
今後の展望——FC展開と学校再生
——これから北斗塾をどう広げていこうとお考えですか。
一木: やっぱり自立型の生徒が増えれば増えるほど、世の中を変えていける部分はあると思っています。生徒1人1人が持っている生まれ持った素質と才能を見つけて、それを引き出して伸ばして、本当はあなたは何者なのかをどんどん見つけていきたいです。
また、今年の7月に本を出す予定があって、それを軸にフランチャイズ展開を進めていく計画があります。それから、少子化で行き詰まっている私立の高校などにコンサルタントとして入って、学校再生のモデルを作りたいという意欲が今はあります。
——フランチャイズに興味のある方はどうすればいいですか。
一木: 北斗塾のホームページから問い合わせていただければと思いますが、人見て落としますんで。今個人の塾をやっていて、マーケティングの力が弱かったり、指導体系がなかなか作られていないが故にマンパワーで毎年やっているというところを、実はリボーンしていきたいんですよ。まずお友達になっていろいろ話し合って、共感できる部分があれば一部北斗塾のやり方を導入するという形での改革があってもいいんじゃないかと。塾をやってみたい方はお問い合わせいただければ、理念に共感していただければ前向きに検討します。今塾をやっていて自分の理想の塾ができていないという方もぜひご相談ください。まずはお知り合いになりましょうというスタンスから進めていきたいと考えています。
——最後に、子どもを入塾させたいと思っている親御さんへメッセージをお願いします。
一木: お子さんに関しては、誰でも必ず素質と才能は持って生まれてきていますが、それを開発できるかどうかは本人の自覚が大事です。ただその自覚に至らない場合もあります。だからやっぱり刺激的な指導を受けてみる方がよろしいんじゃないかと。勉強の中身だけを教えてもらっていても変革は起きません。
それと、教育は「共に育つ」と書く場合もあります。子供と同時に親も成長していくというストーリー、子育ては育成物語だという認識がないとうまくいかないです。だからこそ「私も親として伸びるんだ」という認識を持って、自分もこの塾に入るんだという気持ちになっていただける親御さんはうちの塾に来た方がいいです。私がそういうつもりでいるから、お母さんお父さんたちも成長します。
編集後記
教育は、「知識を与える行為」として語られることが多い。
どのように教えるか、どれだけ分かりやすく説明できるか。その技術の差が、成果を左右すると考えられてきた。しかし北斗塾の取り組みは、その前提に対して異なる問いを投げかけている。
問題は「どう教えるか」ではなく、「生徒がどんな状態で学んでいるか」ではないか。
分からない問題をすぐに解決できる環境は、一見すると効率的に見えるし、親御さんにとっても安心である。だがその一方で、「分からなければ聞けばいい」という習慣を生みやすい。少し考えてみる前に答えを求めるようになり、自分で試行錯誤する時間が減っていく。
その結果、その問題は解けるようになっても、再現性のある「どうやって学ぶか」は身につかないままになる。
北斗塾が取り組んでいるのは、「すぐに聞く学び方」を「まず自分で考える学び方」に変えることだ。
すぐに答えを教えるのではなく、まず自分で考える時間をつくる。必要であれば、理解が曖昧な単元まで戻ってやり直す。さらに、成績を細かく分解し、「どこができていて、どこが弱いのか」を見える形にすることで、何に取り組むべきかを明確にしていく。
こうした積み重ねによって、生徒は「言われたことをやる」のではなく、「自分で判断して進める」ようになっていく。
ここで起きているのは、単なる成績の向上ではない。学び方そのものが変わるということだ。
一度その状態に到達すると、塾を離れた後も同じやり方で学び続けることができる。実際に、医師や弁護士、研究者といった道に進んだ後も、その学び方が活かされているという。
もし教育の価値が「何を教えるか」から「どう学べるようにするか」へと移っていくのだとすれば、北斗塾の取り組みは、その変化を先取りした一例といえるだろう。
先行きが不透明で、正解が固定されないVUCAの時代においては、知識そのものよりも、「自身がどう学び続けられるか」という力が問われるようになっている。
自立とは、やる気や根性の問題ではない。適切に設計された環境とプロセスの中で、「まず自分で考える」という行動が積み重なることで、自然と身についていくものなのだ。
ご紹介
Profile
株式会社北斗塾
代表取締役/塾長
1993年に宮崎市で学習塾「北斗塾」を創業。
当初の集団指導から、講師に依存せず自ら思考する力を養う独自の「自立型個別指導」へと転換し、1998年に〈北斗式〉学習法を確立。
現在は小学生から大学受験、航空大学校受験、通信制高校の学習サポートまで、全学年・全教科を個別指導でカバーしている。
表面的な指導ではなく、学力の根本的な原因を解決するための「遡り学習」や、記憶のメカニズムに基づいた復習システムを導入し、知識を確実に定着させる。
また、生徒の心理面に深く踏み込むコーチングを行い、目標と現状を正しく認識させることで、自発的な学習意欲と持続的な成長を促す。
「生徒一人ひとりの素質と才能を解き放つこと」を自身の使命とし、現在は塾経営で培ったノウハウを活かした教育コンサルティングやフランチャイズ展開にも注力。
教育の質を向上させることで社会に貢献し、学校再生や次世代の人材育成に情熱を注ぐ。
株式会社ウェブリカ
代表取締役
新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。
腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。