沖縄から世界一を!プロ卓球チーム「琉球アスティーダ」早川周作が描く、地域密着スポーツチーム経営の新しい形とは?


琉球アスティーダスポーツクラブ株式会社 代表取締役会長 兼 社長 早川 周作 SHUSAKU HAYAKAWA

沖縄に本拠地を置く卓球チーム・琉球アスティーダ。2021年にスポーツチームとして初の上場を果たし、さまざまな新しい取り組みを打ち出し、スポーツ界だけでなくビジネス界からも高い注目を集めています。今回はそんな琉球アスティーダを率いる、早川周作社長にお話を伺いました。

ー本日はお時間をいただきありがとうございます。早川社長は卓球のご経験がない中で、卓球チームの代表に就任されたわけですが、そこまでの経緯やご経歴をお聞かせいただけますでしょうか。

早川社長 僕が19歳の時に親父が会社を潰して蒸発して、新聞配達が最初のキャリアで、お金を貯めて明治大学の夜間の法学部に通いました。原体験としてあるのは、親父が会社を潰して蒸発した時に行政に相談にいっても全く相手にされませんし、奨学金を借りに行っても保証人を連れてこいと言われたんです。その時に「なんで政治とか社会基盤って強い地域や強いものだけに有利に働いて、弱い地域や弱いものには働かないんだろう」って思ったんです。そこで20代で政治家になろうと決めたんです。自分が政治家になって、社会の矛盾に対して向かっていく。世の中の光の当て方を変えると決めました。25歳の時には、学生起業した会社を離れて、元総理大臣の羽田先生のところで秘書として2年半勉強させてもらいました。そして28歳の時に選挙に出て、間違って国会議員になれたりしないかなと思ったんですが、結局、国民は間違えずに落選しまして(笑)。そんな中でも僕が19歳の時からずっと思っていたのって「光の当て方を変えていきたい」ということだったんです。

強い地域に光を当てるのではなく、弱い地域に光を当てる

で、今回の卓球の話も、僕は全然卓球をやったこともなかったし、スポーツとしてもあまり興味を持っていませんでした。そんな時に「5歳で始めて15歳でメダルを取れる可能性がある。沖縄の貧富の格差が拡大する中、お金をかけずしてそんなチャンスがある球技なんて卓球以外にあるか?」と言われて「強い地域に光を当てるのではなく、弱い地域に光を当てる」という自分の志にぴったり刺さってしまったんです。

ーでは、全く卓球に触れてこなかったけど、想いの部分でコロッと動いてしまったと。

早川社長 そうですね、本当に全然卓球は興味もなかったんです。やっぱり根暗なイメージもありましたし(笑)。ですが、Tリーグというプロリーグが立ち上がって「光の当て方を変える」という自分の理念に刺さったんです。選挙に落選してから30歳でまた東京に戻って、ベンチャーのIPO支援とか中小企業の支援をしていたんですが、そこで小さいものがどんどん大きくなっていく姿を見るのがすごい好きだったんですね。そうやってビジネスに戻ってからしばらくして、34歳くらいの時ですね、沖縄に移住をして、東京との二拠点生活をしていたんです。それが突然、「5歳で始めて15歳でお金をかけずにメダルを取れるチャンス」と聞いて「めっちゃ俺の志じゃん!」と思ってですね、それでオファーを受けて30分でチームを引き受けてしまって、まあそこからエラい目に遭いました(笑)

ー「エラい目」のあたり、ぜひ詳しくお聞きしたいです(笑)

早川社長 最初チームを引き受けるときに「○○社から4000万円出してもらえる」とか「強い選手を送り込んだから優勝できるチームになる」と言われて引き受けたんですよね。でも実際にその○○社にプレゼンに行ったら「そんな話は聞いていない」と(笑)。しかも、うちのファーストシーズンの結果を見たらわかるんですが、ダントツでビリなんですよ。全く話が違うじゃないかと。で、お金を集めようにも集まらない。そんな状態ですし、Tリーグの運営の実行委員会で「業界を良くするためにしがらみとかは関係ない。正しいことをやって結果を出していく。僕はリーグは完全無視でいきます」と言ったら叩かれるし(笑)

低すぎる日本のスポーツチームの企業価値

ーそれは相当なエラい目に遭われましたね(笑)。そのような状態から、上場・優勝と3年で到達したわけですが、そもそもなぜ上場を目指されたのでしょうか?

早川社長 そもそも、お金が集まることには理由があるし、集まらないことにも理由があります。そこを掘り下げていくと、スポーツチームってガバナンスも聞いていないし、ディスクロージャーもされていないんです。だから日本で上場しているスポーツチームがひとつもなかったわけです。でも海外のマンチェスターユナイテッドは3000億円近い時価総額になったり、海外の有名じゃないチームでも300億円の時価総額になったりしている。それに対して日本のチームは、鹿島アントラーズはメルカリが約16億で61.6%の株式取得、FC東京はミクシィが11.5億円で子会社化と、これってどうなんだと思うわけです。テクノロジーがいくら進化しても、気持ちが動かされて人に感動を与えられる普遍の価値があるスポーツに対して、日本での価値ってあまりにも低すぎないかと思うんです。一方で、スポンサー様からお金をいただくにあたってもガバナンスが聞いていない環境で、なおかつ簡単なPL/BSしか出さないで、本業で稼がれたお金を「スポーツ頑張るからお金ください」っていうのって、めちゃめちゃ失礼じゃないかと思ったんですよ。そこで我々は最低限のガバナンス、最低限のディスクロージャーをしっかり備えて、日本で初めてスポーツチームとして上場していこうというのを、創業して2ヶ月ぐらいで決意したんですね。

ー2ヶ月目での決意だったんですね!その時点でいうとかなり無謀な挑戦だったのではないでしょうか?

早川社長 本当にそうですね、ダントツビリのチームが3年で上場、そのうえ絶対に優勝するって言い出したので(笑)。さらにですね、突然もっと訳のわからないビジョンを掲げたんですよ。「世界獲りにいくよ」という。

人口2万人ほどの中城村で、家賃48,000円とこから、日本で唯一スポーツクラブとして上場するぞと。オフィスもですね、オーシャンビュー松山って書いてあるんですけど、全然オーシャンビューではなくて、B1Fっていうのも半地下なんですよ(笑)。そんなところで誕生して、世界獲るぜって。で、三年で日本一のクラブチームになって、2022-2023シーズンも優勝してるんです。全く話が違う、チームもダントツ最下位というところから、その中で沖縄から世界へって覚悟を決めたんですよね。それが僕にとってのこの事業のスタートですね。

ーまずは覚悟とゴールを決めたということですね。それにしても3年で優勝という結果を出したことは非常に大きな飛躍があったと思いますが、具体的な仕掛けだったり取り組みはどのようなものがあったのでしょうか?

早川社長 そもそもルールも知らない状態からのスタートでした。ただ、強い選手はいたんですよ。なのに勝てないということは、まずは卓球のことを勉強しなければと思って、他チームの選手も含めてほぼほぼ全員をご飯を食べに連れて行ったんです。で、そこでわかったのが、卓球って個人スポーツのように見えて、実はチーム力なんだということがわかったんですね。団体戦で誰をキャプテンにおいて、どう取り仕切りをするか。ただ個人の力の強い選手をとってくるということではなく、チームのバランスをどうしていくかということが大事だとわかったんです。これは経営と同じだなと思ったんですね。CFOがいてCOOがいて、株主総会、取締役会があるように、チーム構成を考えるにあたって、どう選手を獲得していけばいいんだろうということを掘り下げていきました。それを因数分解していった結果、2シーズン目では監督を変えました。地元沖縄出身の監督だったので、これも叩かれました。

結果でぶん殴る

ーその判断も、周囲の空気を読んでいたら取れない采配だったわけですね。

早川社長 はい、今までの常識に囚われてやっていくことにリスクを感じたんですよね。地域の中で地方創生を掲げて、沖縄の人口20,000人の村から世界を獲りに行くと決めたからには、やっぱり余計な雑音を無視していく必要がある。僕も秋田出身で、田舎の感覚がわかるのですが、同調圧力的な閉塞感があって、それが日本を締め付けているんじゃないかって思うんですよ。そうではなくて、しっかりと志を持って正しいことを正しくやっていく。そして「結果でぶん殴る」っていうのが一番合理的なやり方なのかなと思っているんですね。ですからチームの構成についても、ダーウィンのいうように変化に対応させていく必要がある。なおざりで、1シーズンのチームでいくならいくで良かったかもしれない。でも我々は強い志がそこにあるんで、そのためには変えなきゃいけなかった。変えた二シーズン目は優勝決定戦がコロナでなくなってしまいましたが、三シーズン目で優勝しました。

ー采配で結果が大きく変わるわけですね。優勝して、その後上場と、まさに結果でぶん殴ったと。

早川社長 やっぱりチーム力なんです。あと面白いのは張本選手の入団です。彼は大きい会社のチームに入っていたんですが、4年間会うたびに「おーい、いつ琉球くるんだよ、俺世界獲りに行くけど、一緒に行こうぜ」って言い続けて(笑)。そしたらたぶんもう断りきれないということで来てくれたんじゃないかと思います。

ー早川社長らしいエピソードだと感じます。沖縄のチームとして、地元に対しての貢献というのは意識されていらっしゃいますか?

早川社長 そもそも企業価値というものを考えた時に、今までは利益に対してPERが何年分みたいな付け方をしていましたが、僕はそれが大きく変わるんじゃないかと思っているんですよね。つまり、世の中に必要な社会課題を解決する形の事業モデルが重視されるようになってくる。例えば弊社でアンダーアーマーさんと取り組んでいる「スポーツドネーションOKINAWA」という取り組みがあるのですが、アンダーアーマーさんで出る廃棄衣料を弊社が無償でいただきます。本来は廃棄にコストがかかるし、燃やす際に環境負荷もかかる。それを我々が、スポーツチームからという付加価値をつけて、地域の子供たちに寄付をするというモデルです。沖縄の子供の貧困率って全国平均の3倍ほどあるんです。こういう地域の課題と企業の課題を結びつけて、循環型のモデルを作っていくのが、我々がいま取り組んでいることです。

新たなスポーツビジネスモデルの創出

ー素晴らしい取り組みですね。同時に沖縄への呼び込みにも貢献されていると思いますが、その辺りはいかがでしょうか?

早川社長 はい、琉球アスティーダでは「アスティーダサロン」というものを主催しています。これは単に「スポンサーになってくれ」というお願いをするんではなく「サロンに入ったメンバーのビジネスを加速する」というものなんです。アスティーダサロンに入ってくれるメンバーが増えれば、チームの投資余力が増加され、チームが強くなる。そうするとアスティーダの価値が向上してもっとメンバーが増える。そうするとサロン内でのビジネスマッチングの機会が増え、メンバーのビジネスが加速し、それがもっとアスティーダの価値をあげる。そういった循環を作っています。

そのサロンの中でも、エグゼクティブサロンというのがありまして、12月に1,000人以上の経営者を集めて沖縄アリーナでイベントをやるんですね。沖縄って観光主体の経済で、夏にかけて雇用が増えて、秋から下がっていく。沖縄の最低賃金が安定しないのって、雇用が安定しないからなんですよ。ただ、観光閑散期と言われる時期でも暖かくて過ごしやすいんです。でも3日に1回雨が降る。ということで、室内コンテンツで人を集められるものを用意しようと思ったんです。そうやって、スポーツチームの枠組を超えながら、新たなスポーツビジネスモデルを作って、地域の課題も解決していくようなことをやっていきたいですね。

編集後記

早川社長の描くスポーツビジネスのビジョンにワクワクさせられっぱなしのインタビューでした。沖縄から卓球で世界一を取るというビジョンを中心に、地域課題の解決や関係企業の成長など、現代で求められる多様な社会貢献の形を実現されています。そんな琉球アスティーダが主催するアスティーダサロン、インタビュアーの石塚も即決で入会を決めてしまいました。今後のアスティーダの躍進に期待です!

Profile

琉球アスティーダスポーツクラブ株式会社 代表取締役会長 兼 社長

早川 周作 SHUSAKU HAYAKAWA