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パニック障害から25年の臨床へ──「自律神経を整える治療」の核心を語る(つなぐ手治療院・村上哲也):前編

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「不調は“自分で作り、自分で治せる”。その仕組みを理解すれば、身体は本来の働きを取り戻す」。東京都墨田区で「つなぐ手治療院」を運営する村上哲也氏は、鍼灸・整体・東洋医学を軸に25年以上治療に携わってきました。競技人生を突然断念した高校時代、試験当日の重度の怪我、そして大学時代に襲ったパニック障害——。身体と心の限界と向き合った経験が、村上氏の治療観を形づくる“直接の原点”です。後年、BHS療法の創始者である肘井博行氏との出会いによって、自らの経験的理解が体系化され、現在の施術の基盤となりました。本稿では、村上氏の治療理念がどのように形成されていったのか、前編としてその背景を丁寧に追います。

今回は早川千鶴がナビゲーターとなり、つなぐ手治療院・村上哲也さんのキャリアと治療観の形成過程について伺いました。

競技人生の突然の終わりと「導く側になりたい」という芽生え

石塚: まず、治療家としての原点について伺えますか。

村上さん: 高校時代は陸上競技に全てを捧げていて、当時世界チャンピオンだったカール・ルイスと練習を共にする機会にも恵まれました。オリンピック出場を本気で目指し、毎日ひたすら練習していましたが、指導者が身体の扱いに詳しくなかったこともあり、無理なトレーニングで怪我をしてしまい、競技を続けられなくなりました。

石塚: 大きな転機ですね。

村上さん: 競技を断念した瞬間は喪失感が強かったですが、「選手として叶えられなかったなら、人を導く側に回りたい」という思いが生まれました。そこから体育教師を志し、体育大学の受験を目指すようになりました。

しかし、受験当日に再び大きな怪我をしてしまい、すべての受験機会を失いました。周囲の仲間が合格していく中、自分だけが取り残されていく感覚は今でも鮮明に記憶しています。滑り止めで受けた九州の大学に進むことになりましたが、この一連の経験は、後に治療家となる伏線のようなものでした。

パニック障害との闘い——「脳が原因である」という直観

石塚: 大学進学後、大きな症状に襲われたと伺いました。

村上さん: ある日、漫画喫茶で本を読んでいる最中に突然呼吸ができなくなり、そのまま倒れて救急車で運ばれました。今でいうパニック障害に近い状態です。それから3年ほど、発作が頻発しました。会話中に突然呼吸が乱れ、身体が制御できなくなる。理由も分からず、とても恐怖を感じる毎日でした。

石塚: 当時はスマートフォンもなく、情報も限られていた頃ですよね。

村上さん: 病院では「ストレスです」とだけ説明され、具体的な改善策もありませんでした。薬もほとんど出ず、紙袋を口に当てて呼吸を調整する程度。自分で調べるしかなく、発作のメカニズムを観察し続けました。そのなかで「これは身体ではなく脳が反応している」という感覚的理解に至りました。

その仮説をもとに呼吸や思考のパターンを変えると発作が減っていき、「不調は構造さえ理解すれば変えられる」という確信に近い体験を得ました。これが、治療家への道を強く意識した決定的な出来事でした。

東洋医学が教える「感情と臓器の関係」——不調の背景を見抜く視点

石塚: そこから東洋医学へと進まれたのですね。

村上さん: はい。脳の反応と身体の関係を捉えようとすると、単なるマッサージでは限界があると感じました。東洋医学には「五志」(喜・怒・思・憂・恐)という概念があり、感情が臓器に影響するという基本的な考え方があります。

怒りは肝、喜びは心、思い込みは脾、悲しみは肺、不安や恐れは腎に影響する。これは古典から続く概念です。現代の患者を見ていると、不安が強い人は腎の機能が弱り、それに伴って体内の“水”の循環が悪くなる。東洋医学はこの状態を「枯渇」と表現します。

石塚: 現代社会では原因不明の不調も増えていますね。

村上さん: そうですね。「なんとなく調子が悪い」という方が非常に多い。ネットで検索すると不安が増幅し、さらに自律神経が乱れてしまう。私自身もパニック障害の時に経験しましたが、「正体の分からない不調」は恐怖そのものです。

だからこそ、身体・脳・感情の三つを統合して捉える視点が必要だと強く感じています。

自律神経は“身体の指揮者”—根本改善の鍵

石塚: 自律神経についての説明が非常に印象的でした。

村上さん: 自律神経はオーケストラの指揮者のような存在です。筋肉、血流、ホルモン、内臓はそれぞれが楽器のようなものですが、指揮者が乱れると全体が不協和音になります。治療家として経験を積むと、多くの不調が自律神経の乱れに起因しているという結論に自然と行き着きます。

マッサージや鍼灸は一時的に楽になりますが、根本にある“指揮者の乱れ”が整わなければ、必ず元に戻ります。患者が望むのは「戻らない状態」であり、そのための唯一のルートは自律神経の安定だと考えています。

西洋医学では拾いきれない“個別性”への注目

石塚: 同じ症状でも人によって原因は異なるということでしょうか。

村上さん: まさにそこがポイントです。例えばパニック障害の患者を10人集めると、病院では全員に同じ説明、同じ薬が処方されます。しかし食事、性格、生活リズム、思考習慣。すべてが違うのに同じアプローチで改善するはずがありません。

東洋医学では本来、生活習慣・食事・体質・性格の違いを見極めて治療方針を決めます。私はこの“個別性”が欠けていることが、現代の不調の長期化の一因だと感じています。

肘井博行氏との出会い—BHS療法が与えてくれた言語と体系

石塚: 現在はBHS療法を基盤とした施術を行われているとのことですが、その背景を教えてください。

村上さん: まず強調したいのは、BHS療法は私のオリジナルではありません。創始者は 肘井博行先生 です。私が長年現場で経験してきた感覚的理解——脳と身体、感情、不調の関係性——は、肘井先生の哲学を学ぶことで初めて体系化され、言語として整理されました。

肘井先生は身体の反応を極めて論理的に捉える方で、脳科学・感情・身体反応を統合する理論を明確に提示されています。私自身が体験してきた“回復の仕組み”と一致する部分が多く、衝撃に近い出会いでした。

私はあくまで 肘井先生の哲学に深く共感し、その術理を学び、現場で使わせていただいている立場 です。治療家としての軸足がはっきりしたのは、この出会いのおかげです。

編集後記

村上氏が語った前編の内容には、共通する二つの特徴があります。ひとつは自身の体験を「構造的に読み解こうとする姿勢」。もうひとつは「身体だけでなく、感情・脳・生活環境まで含めた全体観」です。

高校時代の怪我、体育大学受験の失敗、パニック障害。これらはいずれも大きな挫折ですが、村上さんはその都度“なぜそうなったのか”を自ら観察し、仮説を立て、検証している。治療家としての原点は、この「自分の身体を研究対象にした時期」にあるといえます。

また、感情と臓器の関係、自律神経の役割、個別性の重要性といった東洋医学的視点を、比喩と論理を用いて説明する語り口は、読者に“身体は単独で存在していない”という事実を改めて気づかせるものだった。

特に「自律神経は指揮者」という比喩は、複雑な身体反応を直感的に理解できる秀逸な表現。治療は一時的な変化をつくるだけではなく、指揮者そのものの安定を取り戻す作業であるという村上さんの姿勢は、治療家としての哲学を象徴しているのではないでしょうか。

後編では、肘井博行氏が創始したBHS療法の詳細と、村上さんがどのように現場でその哲学を実践しているのかに迫る。前編で提示された“身体の全体性”というテーマが、後編でどのような方法論へと結びつくのだろうか。

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Profile

村上 哲也

つなぐ手治療院
院長

村上 哲也

むらかみ てつや

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東京都墨田区で治療院の院長を務める鍼灸師・整体師。高校時代は千葉市屈指の短距離走選手としてオリンピック出場を目指すも、度重なる怪我と大学入試中の大怪我により競技の道を断念。その後、九州の大学在学中に重いパニック障害を発症し、「原因は脳と自律神経にある」と自ら仮説を立てて実践し、発作を克服した経験から、自律神経と東洋医学に軸足を置いた治療家として歩み始める。
墨田区での勤務を含め治療歴は約25年、開業から10年以上。鍼灸と整体に加え、BHS療法(Body・Heart・Spiritual)を取り入れ、身体だけでなく感情・思考・生活習慣までを丁寧に観察しながら、一人ひとりに合わせたオーダーメイドの施術を行う。「自分の体は自分で治せる」という考えのもと、短時間の施術で深いリラックス状態と自律神経の安定を促し、患者が意識と行動を変え、健康と人生の質そのものを高めていくことを目標に日々臨床に向き合っている。

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早川 千鶴

早川 千鶴

はやかわ ちづる

埼玉県川越市出身の早稲田大学創造理工学部在学中の学生。
ミスユニバーシティ2024埼玉代表として注目を集める一方、「ACTRESS PRESS」や「NEWSポストセブン」などで取材・発信活動を行い、言葉の力で人の心を動かすことを目指している。
理工学分野を学びながら、防災士の資格も取得。
趣味はアニメやカラオケ、特技は書道とイラスト。
座右の銘は「明日は明日の風が吹く」。

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