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「印刷屋はまだ進化する」100年続く印刷会社が描く、紙×デジタルの共存 / 田中印刷株式会社・田中洋己(富山県)

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富山県入善町で約100年続く老舗印刷会社、田中印刷株式会社。同社取締役として経営の実務を担っているのが田中洋己さんです。入社当初、外注比率8割という非効率な体制と赤字体質に直面しながらも、地域の縁とつながりで成り立ってきた企業構造を見つめ直し、「技術で選ばれる印刷会社」への転換を決断されました。設備・工程・組織を一つずつ再設計し、顧客基盤の拡大と事業の安定化を実現。現在は、紙とデジタルを融合させた新たな印刷の価値創出に取り組み、教育や地域活動への応用も進めています。100年企業はいかにして変化を受け入れ、次の時代を構想しているのか。その思考と構造を紐解きます。

創業100年企業の背景──「縁」で成り立っていた印刷会社

——まずは、田中印刷株式会社のこれまでの歩みについて教えていただけますか。

田中: 田中印刷は、私の祖父が創業し、家系としては四代にわたって続いている会社です。約100年の間、入善町を中心に事業を行ってきました。かつては地域の有力者や各種団体とのつながり、コミュニティを通じた受注が中心でした。

—— 当時は、いわゆる地域密着型の印刷会社だったわけですね。

田中: そうだと思います。技術力で競争するというよりも、人との縁や関係性で仕事が回っていた構造でした。

24歳で入社──「仕事がない」の意味を数字で読み解く

—— 田中さんご自身はどういった経緯で入られたのでしょうか。

田中: 元々は愛知県に住んでいて、そこで吹奏楽団の活動をしていました。その団長さんが、印刷屋の大事さをすごく語ってくれたんですよね。「入善町のような地域の印刷会社は大事にしなければいけない。お前がやるべきだ」と強く言われたんです。それで父親に連絡を取り、入社することになりました。実は他の会社から内定ももらっていたのですが、その言葉がきっかけで方向が変わりました。

——入社してみて、最初に感じたことは何でしたか。

田中: 外から見ると、会社はすごく忙しそうに見えたんです。でも入社初日に、当時の従業員から「この会社、仕事ないよ」と言われて。そこから1〜2か月ほどその違和感が続きました。

—— その違和感の正体は何だったのでしょうか。

田中: それまでノートで管理されていた売上データを、全部Excelに打ち込みました。経費も全部入力して可視化してみたら、外注比率が8割以上だったんです。仕事はある。経営者の父親は確かに忙しそうにしている。でも社内の人間が稼働していない。それが「仕事がない」という言葉の正体でした。

——そこからどう動いたのでしょうか。

田中: 入社して2か月後に、印刷機の展示会に行かせてもらいました。Tシャツ印刷の機械が揃う大きな展示会だったのですが、そこで見たものが、それまで社内でやっていた工程とまったく違ったんです。誰も手作業でやっていない。工程の全てが違かかったんですね。一方で、今いる従業員にそれを全部押し付けてはいけないとも思いました。自分が全部覚えて、自分が動かす側にならなければいけない、と強く感じました。ただ、赤字企業でしたので設備投資は一気にはできません。まずは外注8割をどうコスト削減するかに重きを置いて、8年かけて取り組んでいきました。

「つながり依存」から「技術で選ばれる会社」へ

石塚: 8年間、具体的にどのような改革を進めたのでしょうか。

田中: 大きな軸はいくつかありました。まずホームページを作りました。次に、紙以外の印刷物の研究です。それと、組織の問題にも向き合いました。うちは経営者と従業員の距離が近い分、トラブルも見えやすかった。それを減らすために、私から従業員への指示を1対1の関係に整理して、それぞれが自分のできることだけに集中できる仕組みを作りました。

——長年の慣習を変えていく上で、何がやり切る力になったのでしょうか。

田中: 従業員たちです。ぐだぐだの状態の中でも頑張ってくれている人たちを守りたい、という気持ちが一番強かったですね。私の無茶ぶりについてきてくれた彼らに報いたいというのが、ずっと動力になっていました。

——事業としてのスタンスはどう変えましたか。

田中: まず「普通の印刷屋になろう」というところからでした。競合他社からすれば、うちは後から参入した会社に見えてしまう。だからこそ、今いる少ないお客さんを大切にして、「田中印刷が変わった」という評判を口コミで広げてもらおうと。
そのために「どんな要望でも断らない」という姿勢を徹底しました。納期が短い、数量が少ない、仕様が複雑、そういった案件でも全部受ける。ネット印刷が台頭する中で、細かな相談や伴走型の対応こそが、地域印刷会社の価値だと考えてきました。

—— ホームページ戦略も特徴的ですよね。

田中: 「見るホームページ」ではなく、「使うホームページ」を目指しました。専門用語を一切使わず、初めて来た方でも迷わず問い合わせやデータ入稿ができる設計にしています。既存のお客さんにも実際にデータを入稿してもらうことで、検索順位もどんどん上がっていきました。富山県で「田中印刷」と検索したときに上位に出てくる、という状態を作れたのもそこからです。
富山県内の中小印刷会社の中では、Web発信を軸にした数少ない存在になったと認識しています。ただ、この10年でやってきたことは、言ってみれば「普通の印刷屋を作っただけ」なんです。次こそが本番だと思っています。

紙×デジタルの融合──令和の新しい印刷へ

——「次」とは、どういう取り組みでしょうか。

田中: 紙とデジタルを共存させることです。例えば毎月ポストに入ってくるチラシ、あれは受動的な印刷物ですよね。でもそこにデジタルを組み込むと、紙が動いたり、喋ったり、PDFが開いたり、白黒印刷でもカラーに見せることができたりする。印刷物の可能性が一気に広がります。

他には、入善町の小学校で、この4月から社会科の教材にこの仕組みが導入されます。街独自で作っている社会科の教科書に、昔の地図と今の地図を2つ並べてQRコードを載せました。子どもたちがタブレットでそのQRコードを読み取ると、2つの地図が画面上に出てきて、スクロールやズームで昔と今の違いを発見できる。そしてその気づきを、今度は紙とえんぴつで書いて整理する。デジタルのよさと紙のよさを重ね合わせた学習です。

——この企画は田中さんが発案されたのですか。

田中:そうですね。 教育の担当者から、昔の地図と今の地図を見比べる学習をしたいという相談を受けました。でも地図を2枚刷ると印刷コストが増える、という話になって。それなら、デジタルでやりませんか、と提案したんです。

また、今年の夏、花火大会のプログラムを使った参加型の宝探し企画を考えています。「紙がないとアクセスできないデジタル情報」という新しい価値をつくりたいと考えています。

印刷会社の未来──町を支える存在として

—— 最後に、今後のビジョンを教えてください。

田中: 変わらないことが2つ、変えていくことが1つあります。まず変わらないのは、「どんな要望でも断らない」という姿勢です。そしてもう一つ、ここで働いてくれる人たちが「ここが楽しい場所だ」と思える会社であり続けること。この2つは何があっても変えません。

その上で、紙とデジタルの共存という新しい価値で、街そのものを支えていきたいです。印刷は単なる成果物ではなく、想いや企画のアウトプットだと考えています。地域の事業者や教育機関、住民の皆さんに価値を届け、入善町の未来を支える存在であり続けたいです。

——最後に、田中印刷さんに興味を持った方へ、メッセージをいただけますか。

田中: おそらく皆さんが思っているような印刷会社ではないと思います。AIに私の展望を話すと「印刷ソリューション会社」と言われることもあるくらいです。データが作れない、納期がない、予算が厳しい、そういった困りごとが私たちは得意です。課題解決のための設備と技術は持っています。なので、何かあったとき、田中印刷のことを思い出していただけたら嬉しいです。

編集後記

田中さんのお話から伝わってきたのは、派手な変革を掲げるのではなく、数字と現場に向き合い続ける実直な経営姿勢でした。外注比率8割という構造的課題に対し、工程を分解し、設備と技術、そして自らの労働によって一つずつ応答してきた点に、この企業変革の本質があります。
印象的だったのは、改革の動力として何度も語られた「従業員を守りたい」という言葉です。経営合理化の話でありながら、その根底にあるのは人への義理と責任感でした。吹奏楽団の団長に背中を押されて入善町に帰ってきた24歳の青年が、やがて「この人たちを守りたい」という想いを軸に、8年かけて会社の構造を持続可能に変えていく。この物語には、経営論では語り切れない動力があります。
紙とデジタルの融合、教育や地域活動への応用という「次の章」は、その言葉が示すように、まだ序章に過ぎないのかもしれません。

収録以外でも、たくさんお話をさせていただきました。田中さんはとにかく忙しそうです。ただ、その忙しさがどこか楽しそうで、話せば話すほど次の構想が出てくる。花火大会の宝探し、教科書への実装、そしてその先にある地域への恩返し。やることが尽きない方というより、やりたいことが尽きない方なのだと思いました。そしてその根っこには、入善町への確かな想いがあります。田中さんが地域の相談役として多くの方に頼られているのは、この姿勢そのものが理由なのだと感じます。
田中印刷株式会社の歩みは、地域企業にとっての「次の100年」が、どこから始まるのかを示してくれているように思います。

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ご紹介

Profile

田中 洋己

田中印刷株式会社
取締役

田中 洋己

たなか ひろき

祖父が創業した田中印刷株式会社の4代目として、24歳で入社。
愛知県在住時に吹奏楽団の団長から地域印刷会社の大切さを説かれたことが入社のきっかけとなる。
入社後、外注比率8割・赤字体質という構造的課題に直面。以降、設備投資・工程内製化・ホームページ戦略・組織改革を並行して進め、8年をかけて事業を立て直す。入社から約10年、実務の全般を担う現在の体制を築いた。
現在は、QRコードを活用した紙とデジタルの融合に取り組み、入善町の小学校教材や地域イベントへの応用を推進。
「どんな要望でも断らない」を信条に、地域の事業者・教育機関・住民の相談役として幅広く活動している。

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石塚 直樹

株式会社ウェブリカ
代表取締役

石塚 直樹

いしづか なおき

X(旧:Twitter)

新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。
腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。

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