「言葉で相手の入口を開く仕事しかしていません」。株式会社キルト代表取締役の矢代順さんは、穏やかな口調でそう語ります。
劇団の設立から始まり、イベント・映像・舞台演出、公共ホールの管理・運営まで、多岐にわたる事業を手がける同社。その中心にあるのは、技術や形式ではなく「言葉が人を動かす力」への確信です。
文化と経済、個人と社会のあいだに立ち、表現を通して「人と世界を結ぶ構造」を描き続けてきた矢代さんに、創造の原点と経営の思想を伺いました。
目次
原点に宿る“言葉”の感性|日本語の構造に魅せられて
石塚:
本日はよろしくお願いします。まずは簡単に自己紹介をお願いできますか?
矢代:
株式会社キルトの代表として、イベント企画、映像制作、音響・照明・舞台、そして公共ホールの運営を行っています。
石塚:
ありがとうございます。矢代さんが「表現」やこの分野に関心を持たれた原点についてお聞かせください。
矢代:
中学生の頃から、言葉の使い方や順序に興味がありました。祖母が俳句を詠んでいて、言葉に対する感覚が身近にあったんです。たとえば、言葉を並び替えるだけで印象が変わるとか、ちょっとした言葉遊びで人が笑う。その感覚が面白くて、ずっと大切にしていました。
石塚:
表現活動の始まりが、いわば「日本語の構造そのもの」への興味だったのですね。
矢代:
そうですね。僕の場合、いきなり芝居や演劇に行ったわけではなく、まずは「言葉」そのものへの興味から始まったんです。誰かに何かを伝えるというより、言葉の中に世界があると感じていましたね。
劇団の誕生|言葉が現実を動かす瞬間
石塚:
その後、劇団を設立されたのですね。
矢代:
そうです。小学校からの幼なじみから誘われて劇団を立ち上げました。最初は本当に何もない状態で、道具もお金もなかったです。でも、脚本を書いて、演出して、作品を創る。そこにお客様が来てくれて、笑ったり泣いたりする。それを見たときに、「言葉が現実を動かす」という感覚を強く持ちました。
石塚:
演劇を通して、言葉の持つ実在的な力を体感されたのですね。
矢代:
はい。劇団というのは、嘘を前提にして心に真実を描く世界です。言葉を発して、相手がそれを受け取り、感情を動かす。そこに自分が“存在できる”という感覚がありました。
理想を制度に変える|「劇団を守るための会社設立」
石塚:
劇団活動の延長線上で、株式会社キルトを設立された経緯を教えてください。
矢代:
劇団の活動を続ける中で、「お金がないからできない」と言い訳したくなかったんです。作品を守るためには、経済的にも信用を得なければならないと考えました。だから、劇団を守るために会社を設立しました。形式的には企業ですが、根っこは表現の継続のためなんです。
石塚:
なるほど。劇団の理念を社会的な仕組みとして持続させるための法人化だったのですね。
矢代:
そうです。お金の話を笑われないようにしたかったというのもあります。演劇は情熱でできると思われがちですが、信用を得るには経営の仕組みが必要です。会社をつくったのは、理想を現実に耐えさせるための選択でした。
演出の本質|言葉で相手の入口を開くという仕事
石塚:
現在の株式会社キルトは、イベント、映像、舞台など多岐にわたる事業を展開されています。すべてに共通する軸はどこにあるのでしょうか。
矢代:
どの仕事にも共通しているのは、「言葉で相手の入口を開く」ということです。僕は“言葉で始まり、言葉で終わる”仕事しかしていません。映像制作でもイベント演出でも、最初に考えるのは“誰にどう伝えるか”という構成です。照明や音響、カメラの技術は手段にすぎません。
石塚:
技術や演出効果ではなく、言葉を中心に据えた構築なのですね。
矢代:
はい。たとえば、イベントでクライアントが「新商品の発表会をしたい」と言ったとき、僕たちはまず「なぜ発表したいのか」「何を伝えたいのか」を徹底的に言語化します。その過程で、見えていなかった目的や想いが整理され、初めて演出の設計ができる。だから、言葉は企画や構成の根幹なんです。
石塚:
まさに“演出”という言葉を、表層ではなく構造の意味で捉えていらっしゃるということですね。
矢代:
はい。演出というのは、「物事の本質を他者にわかる形に整える」ことだと思っています。形をつくる前に、意図を理解し、言葉で設計する。そこを外すと、どれだけ技術があっても伝わりません。
文化を運営するという思想|公共ホールと地域の文脈を紡ぐ
石塚:
近年は公共ホールなど、文化施設の管理・運営にも携わっておられますね。
矢代:
はい。地域の文化拠点をどう活性化させるかという視点で関わっています。単にイベントを開催するだけでなく、地域の歴史や文化、人のつながりを理解し、その文脈に沿ったプログラムをつくる。ホールというのは、単なる箱ではなく、人が集い、表現し、未来を構想するための「場」であると考えています。
石塚:
文化と地域社会の関係を、構造的に捉えていらっしゃるのですね。
矢代:
はい。文化事業は、経済的な指標では測れない部分があります。しかし、文化が人の意識を変え、地域の価値を形づくる。その連鎖をつくるのが、私たちの仕事です。
経営哲学と人間観|「恥をかかない」誠実さと、信頼の構造
石塚:
長く経営を続ける中で、最も大切にされていることは何ですか。
矢代:
一言で言えば「恥をかかないこと」です。やると言ったらやる。納期を守る。当たり前のことを積み重ねる。それが信用になります。失敗はあっても、誠実さを欠くことだけはしないようにしています。
石塚:
矢代さんのおっしゃる“誠実さ”は、倫理というより実践の習慣に近いですね。
矢代:
そうだと思います。倫理や理念を語るより、行動がすべてです。お客様の信頼は、日々の小さな対応の積み重ねでしか得られません。だから社員にも、「派手なことをするな、約束を守れ」と常に伝えていますね。
“キルト”という名の比喩|ハードをソフトで包むという思想
石塚:
社名の「キルト」にはどんな意味があるのでしょうか。
矢代:
“QUILT(キルト)”には“布”という意味があります。硬いものを柔らかく包む、そんな会社でありたいという想いを込めました。技術や仕組みというハードを、人の心というソフトで包み込む。それがうちの在り方です。
ただ、布の会社だと思われるのは避けたかったので(笑)、「K」という文字が好きだったこともあり、少しひねって “Kilt(キルト)” と名付けました。
石塚:
なるほど。とても象徴的ですね。
矢代:
難しいことを簡単にして伝えるのが、僕たちの仕事だと思っています。伝える相手の温度に合わせて形を変えながら、本質を包み込む。会社も、人との関係も、そうありたいと思っています。
未来への継承|AI時代における言葉と感性の行方
石塚:
これまでの歩みを踏まえ、今後の展望について伺えますか。AIなど新しい技術も広がっていますが、どのように捉えていらっしゃいますか。
矢代:
私は大きなビジョンを先に掲げるタイプではありません。ただ、次のステージに進む必要性は理解しています。特に、全体をプロデュースできる人材がこれから重要になります。制作、技術、現場管理など、すべてを俯瞰して判断できる人がいなければ、会社は成長できません。
AIについては、便利な道具だと感じています。効率化という面では大いに活用すべきですが、最初と最後を結ぶのは結局「言葉」だと考えています。AIが文章をつくることはできますが、人間の言葉によって入口が開き、入口が開いたからこそ次の表現につながる。この構造は変わらないと思っています。
石塚:
言葉の重心は、これからの時代でも揺らがないという考えですね。
矢代:
そうです。予定された表現よりも、会話の中で生まれる“生の言葉”に価値があります。その瞬間にしかない温度がありますし、相手との関係によって意味が変わる。AIには真似のできない領域です。だからこそ、社員には言葉の扱い方を丁寧に身につけてほしいと思っています。
また、次世代に会社を渡す準備も必要です。私自身、家族がいないこともあり、社員は家族に近い存在です。責任を持って関わり、働く環境を整えることが私の役割でもあります。技術を磨くこと以上に、“人としてどのように言葉を扱い、相手と向き合うか”を継承していきたいと考えています。
石塚:
技術だけではなく、姿勢そのものを次の世代へ渡していくということですね。
矢代さん:
はい。どれだけ技術が進化しても、最後に残るのは人の言葉と感性です。私が大切にしてきたものを、次の世代が自分の表現として引き継いでくれたら嬉しいですね。
編集後記
矢代さんの語りを通じて強く感じたのは、「言葉」が単なる表現手段ではなく、人と社会を結ぶ構造そのものとして機能しているということです。
矢代さんの仕事は、映像やイベントといった可視的なアウトプットを生み出す以前に、意味を設計する仕事です。そこでは、言葉が思想を可視化し、思想が行動を規定し、行動が信頼を形成するという連鎖が精緻に保たれています。
株式会社キルトの仕事は、技術と人間性のどちらにも偏らず、そのあいだを丁寧につないでいることがわかります。
照明や音響といった専門的な“ハード”の領域を扱いながらも、その根底には必ず「何を、誰に、どう伝えるのか」という“言葉”があります。
矢代さんの言う「演出」とは、技術を積み重ねることではなく、意図や意味を言葉で整理し、相手に届く形へ組み立てる行為です。
どれほど高度な現場でも、最終的には「言葉」に戻る──キルトの現場が持つ透明感は、この姿勢から生まれているように感じます。
印象的だったのは、「恥をかかない」という矢代さんの言葉です。
これは個人的な美学ではなく、仲間と仕事の関係性の中で誠実さを保つための基準であると受け取りました。
約束を守る、言い訳をしない、向き合った相手に責任を持つ──そんな当たり前の実践を積み重ねることで、現場は信頼を得ていく。
派手さよりも、静かな一貫性。理念よりも、行動。
この価値観は、働く人にとっても“居場所の質”を決める重要な土台になるはずです。
AIが広がる時代について尋ねたとき、「AIを社員の一人と捉える」と語ったのも象徴的でした。
テクノロジーに過度に依存するのでもなく、恐れるのでもない。
受け入れながら、人間が担うべき領域──とりわけ“心を動かす言葉”──の価値を見失わない。
変化の大きい環境でも、創造性を失わずに働ける場所とは、こうした姿勢が準備されている組織なのだと感じます。
株式会社キルトの活動は、イベント会社の枠を超えています。
文化・地域・企業、そして人と人のあいだに生まれる“信頼の構造”をつくり直す仕事です。
表層を飾るための演出ではなく、関わる人の意図や想いを丁寧にすくい上げ、最適な形へ編み直す。
その営みは、働く人にとっても、自身の技術や視点が「誰かの未来をつくる言葉」へ変わっていく感覚を得られる場だと思います。
ここには、技術を学ぶ環境があるだけではなく、
『自分の言葉を持ち、自分の仕事に責任を持ち、仲間と誠実に向き合うことができる“職場の文化”』がある。
それこそが、キルトで働く意義の核心なのではないでしょうか。
ご紹介
Profile
株式会社キルト
代表取締役/脚本・演出
学校卒業後にイベント業界へ進み、現場経験を積む一方で、劇団ヒラガナ( )を立ち上げ、脚本家としての道を歩み始める。
その後、独立してイベント事業を幅広く展開する株式会社キルトを設立。
株式会社ウェブリカ
代表取締役
新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。
腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。