shikisai radio
radio
58

阪大でDNAを研究していた男が、大阪の町工場を継ぐまで(平野製作所)

読込中...
読込中...

大阪の町工場、平野製作所の二代目社長、平野暁彦。DNA研究者から経営者へと異色のキャリアを歩む中で直面した苦労や、そこから得た学びを赤裸々に語ります。先代の急逝による突然の事業承継、海外取引における文化やスピードの違い、そして個性豊かな社員たちのマネジメント。数々の困難を乗り越えながらも、常に新しい知識を吸収し、人との繋がりを大切にする平野社長のリーダーシップに注目。町工場の未来に対する独自のビジョンを語ります。

有限会社平野製作所のHPはこちら

https://www.hirano-s.jp

有限会社平野製作所とは

有限会社平野製作所は、大阪府柏原市にある町工場です。手がけるのは金属・樹脂部品のフライス加工。父親の代から始まり、現在は中国との貿易加工なども行っています。

代表取締役の平野暁彦さんは、この会社を引き継いだ二代目です。ただしその前歴が、町工場とはかなり離れたところにありました。

大阪大学の博士課程でDNAを研究していた

平野さんはもともと研究職でした。大阪大学の博士課程で取り組んでいたのはDNAの研究です。

テーマを簡単に言えば、細胞のDNAを組み替えて、いかにしてがんにならないかを追求するというもの。町工場の仕事とは、まるで別の世界です。

もともと大学院に進む予定はなかったといいます。しかし学部生のときに研究に触れる機会があり、強く興味を持ちました。

何に惹かれたのか。研究は、自分でテーマを決め、自分で研究の仕方やアプローチを考え、それを解明していくという点が決定的に大事になる。学部生が学ぶ勉強とはまるで違う。「こういう世界があるんだ」と知ったのが、そもそもの第一のきっかけでした。

「放り出された」ことが、いまに生きている

研究室には、先生からテーマを与えられ、プロトコルを渡されて進める学生もいます。しかし平野さんは違いました。

本人の言葉を借りれば「放り出された」。ついてくれた先輩があまり構ってくれなかったため、自分でテーマを決め、研究の方法を雑誌や資料で調べて進めていくことになったのです。

もっとも、まったくの丸腰ではありませんでした。学部生の頃についてくれた助手の先生が、研究のアプローチの方法を親身に教えてくれていたのです。その基礎が頭にあったので、しんどくはあっても苦ではなかったといいます。

そしてこの経験を、平野さんは「すごく今に生きている」と振り返ります。研究の成果としては論文がジャーナルに掲載されました。ファーストオーサーではないものの、自分の中の目標は達成できたと語ります。

25歳で見えた「裏の世界」と、経済的な不安

ここまで来れば、そのまま研究者になりそうなものです。なぜ町工場だったのか。

平野さんは言葉を選びながら語りました。大学院にいた頃、自分自身ではなく周囲でいろいろな問題や出来事があり、それまできらびやかに見えていた世界の「裏側」が見えてしまったのだといいます。

そこに現実的な計算が重なります。当時25歳。社会人であればそろそろ給料をもらい、結婚を考える頃です。ところが研究者としてはまだ一年生にもなっていない。一人前になるには30代半ばになってしまう。それでは親にも迷惑をかける――。

薬剤師と町工場の「二足のわらじ」

悩んだ末に選んだのは、どちらか一方ではありませんでした。

平野さんは薬学部の出身で、薬剤師の資格を持っていました。そして父親が町工場をやっている。時期はリーマンショックのさなかで、父の会社も仕事が閑散としていました。

そこで調剤薬局での薬剤師のパートと、父の町工場を兼業することにします。1週間を半分ずつに分ける働き方です。

調剤薬局で身についた「断りたくない」という感覚

この兼業が、平野さんを変えました。

調剤薬局には、おじいさん・おばあさんから子どもまで、さまざまな患者さんが来ます。病院から来た人と話をし、いろいろな薬を扱う。薬剤師の仕事を実際に経験したのはこのときが初めてでした。

そこで得たものを、平野さんはこう言います。サービス業の一環として、対面でいろいろな人と話すことで相談に乗りやすくなる。その人を助けるという気持ち。

そしてそれは、いまの仕事にそのままつながっているといいます。ものづくりでも、基本的に断りたくない。いろいろな相談を受ける。そこが薬局での経験と地続きになっている、というのです。

研究職の癖は、いまも抜けていない

研究者だった時間も、無駄にはなっていません。

平野さんいわく、部品加工はすごく奥が深い。加工方法にしても、素材にしても、分からないことばかりで、いまでも知らないことがたくさんある。

そして、そういうものが目の前に出てくると――どうしても調べてしまう。調べずにはいられない。

「自分でテーマを決めて、自分で調べて解明していく」ことに惹かれた学生の姿勢が、大阪の町工場でそのまま続いていました。

※本記事は、ラジオ番組でお話しいただいた内容をShikisai編集部が記事としてまとめたものです。発言は趣旨を損なわない範囲で整理しています。

RADIO

この
エピソードを
配信で聞く

ご紹介

Profile

平野 暁彦

有限会社平野製作所
代表取締役

平野 暁彦

ひらの あきひこ

大阪府柏原市の有限会社平野製作所および株式会社アメックスの代表取締役。薬剤師資格を持つ経営者。大阪大学大学院で分子生物学を研究し、薬剤師としての経験を積んだ後、父の経営する平野製作所に入社。2021年の父の急逝に伴い社長に就任し、設備投資やM&A、海外貿易事業の確立などに尽力。2024年からはアメックスの代表も兼任し、溶接や機械加工事業を展開。社員の働きやすい環境づくりや「年収1000万円」の実現を目指し、経営を推進中。

福野 理恵

福野 理恵

ふくの りえ

兵庫県出身。学生時代からDJ、テレビ出演、イベント司会などを経験。神戸大学大学院(美術教育論)修了。NHKキャスターやFM徳島ラジオDJ、神戸にある国際語学学院の職員を経て2009年渡米。NYで主人と出会って2011年西海岸へ移住し結婚。De Anza Collegeで映画/テレビの資格を取得後、カリフォルニア州立大学サンノゼ校大学院にてジャーナリズム・マスコミ修士取得。修了制作のドキュメンタリーはBest Short国際映画祭で優秀賞を受賞。その後は子育て&IT企業で4年ほど働き、現在はラジオと男児2人の子育てに専念。趣味はハイキング・写真・カフェでお喋り・息子とお菓子作り。

地域 近畿地方の関連コンテンツ

「農家さんの良い食材を発信したい」チーズケーキ専門店「ソラアオ」福本大二さんの想い

  • 地域 近畿地方
  • 視点 食品
  • 業種 思索

弁護士をもっと身近な存在に感じてもらいたいーー。依頼者に寄り添い、誠実に対応することが問題解決への第一歩になる

  • 地域 近畿地方
  • 視点 その他
  • 業種 思索