外国人材の受け入れは、単なる人手不足の解決策ではない。
フィリピン人を採用したい日本企業と、日本で働きたいフィリピン人。そのあいだには、2国間協定やMWO(海外移住労働者事務所)、在留資格、雇用条件の審査といった複雑な制度が存在し、簡単には越えられない壁となって立ちはだかっている。
言語も文化も異なる中で、その制度を正しく理解し、運用することは決して容易ではない。企業側が自力で乗り越えようとしても、現地とのコネクションや制度理解の不足によって、想定以上の時間やコストがかかるケースも少なくない。
そうした“見えない壁”のあいだに立ち、制度と現場をつなぐ役割を担っているのが、送り出し機関だ。フィリピンと日本、双方のルールを理解しながら、人材の選定から来日後の支援までを一貫して支える。中国からフィリピンへと拠点を移し、この領域に関わることになった石川さんは、制度と制度のあいだに生まれる断絶を、実務として越え続けてきた一人だ。外国人材の受け入れは、単に制度で完結するものではない。その裏側には、常に人と人との関係がある。
目次
中国からフィリピンへ
——元々どういった経緯でこのお仕事を始められたんですか。
石川:
フィリピンに移る前は中国でおよそ8年半いて、その後半は医療に携わっていました。中国の方が日本で検査や健康診断をするというのが当時流行っていて、「黄金ルート」と言われていました。成田についたら東京の大学病院で健康診断を受けて、新幹線で富士山を見に行って、大阪から帰る時に結果を受け取って戻っていく。そのお手伝いをしていました。
その後、仕事をしている中で出会ったある中国の社長さんから、フィリピンで人材の仕事があるというお話をいただいて。中国に8年以上いたのでそろそろ別の国に行ってみたいと思っていたタイミングでもあって、友人が別の会社をフィリピンで立ち上げるという話も重なったので、まずは話を聞きに行ってみようという比較的軽い気持ちでフィリピンに行ったのがスタートでした。
——そこで紹介された仕事がまさに今のお仕事だったと。
石川:
そうなんです。タイミング的には2018年で、翌2019年から日本で特定技能という新しい在留資格が始まりました。送り出し機関からすると新しいマーケットが広がるタイミングでもあったので、うまく重なった形です。
最初は私自身が完全な素人だったので、まずは在留資格やビザの勉強をして、フィリピンから日本に送るためにはどうしたらいいのかを学ぶところからスタートしました。インターネットにもそんなに情報がなかったので、個人のコネクションを頼るしかなかった。そんな中で、フィリピンの日本語学校を探している時にとても良い出会いがあって、学校を運営している日本の方からたくさん教えてもらってスタートできたという感じでした。
送り出し機関とは何か
——「送り出し機関」というワードはなかなか聞き慣れないと思いますが、どういう仕事の流れになるんですか。
石川:
日本はたくさんの外国の方を受け入れていますが、国と国の間で2国間協定というものを結んでいます。フィリピンの場合はフィリピンと日本の間で協定を結んでいて、フィリピンの国が認定している人材会社からのみ日本に送ってもいいというスキームになっています。私はそのフィリピンサイドのお手伝いをしているという位置づけです。
(補足)
株式会社InsanaTWmanpowerは日本法人として企業の相談窓口を担いながら、フィリピン側のInsana社・TW社と連携し、送り出し業務を一体で運営している。石川さん自身もフィリピン法人のメンバーとして動き、案件ごとに立場を変えながら関与する。
——正規のルートを通さないとどうなるんですか。
石川:
どうしてもブローカーが入ることで、真ん中でお金がどんどん抜かれていくんです。本来そんなにかからないはずのコストがどんどん上がってしまって、日本の企業がたくさん負担しないといけなかったり、国によっては外国の方が余分な借金を背負わされてやってくることもあります。国と国が取り決めた正規のルートで来ていただくことが、結果として双方にとってプラスになります。
(補足)
実際の業務は在留資格の判断、MWO申請、面接手配、来日後の支援まで一貫して行われる。特定技能ビザにおいては登録支援機関としても対応している。
なぜ日本企業は自分たちでできないのか
——日本の企業側も、自分たちで頑張ればフィリピンの方を受け入れられるんじゃないかと思う方もいるかもしれません。実際に難しいポイントはどこですか。
石川:
フィリピンに特化して言うと2つあります。
1つは言語と現地コネクションの問題です。フィリピン語や英語を話せて現地に人脈を持っていれば自社でやることも可能かもしれません。ただ大抵の企業さんは外国語ができないですし、行ったことすらないという方もいらっしゃる。その状態で自分たちだけでやるのはかなりハードルが高いと思います。
もう1つはフィリピン独自のルールです。フィリピンはGDPの10%以上を外国で働く人で賄っていると言われているくらい、かなり特殊な国なんです。国自身が外国で働く人をきちんとマネジメントして保護したいというところから、海外移住労働者事務所(MWO)というものがあります。日本では東京の六本木と大阪の2箇所に窓口があります。ここへの申請手続きが必要な上に、フィリピンのルールとして認定された送り出し機関を通じて受け入れてくださいという大前提があるので、企業が自分でやりたいと思っても必ずフィリピンの認定送り出し機関を通さなければならないです。
MWOの申請って結構大変で、給与もそうですし、家賃とか手当とかも全部見られるんですよ。企業さんとしてはこの条件で出しているのに、「それだと低いです」って言われることも普通にあります。
スムーズにいけば1ヶ月ぐらいで通ることもあるんですけど、条件の交渉が入ると半年ぐらいかかることもあります。その間は面接も来日も進められないので、企業さんとしては結構計画がズレることもあります。
技能実習と特定技能、何が違うのか
——特定技能という言葉が出てきましたが、技能実習とはどう違うんですか。
石川:
漢字を見ていただくと分かるんですが、技能実習は「実習」なんです。外国で持っている技術を日本に来てさらにスキルアップして母国に帰るというのが技能実習という在留資格でした。それに対して特定技能は、労働のためにやってくるという位置づけです。
実習生の場合はカリキュラムを組んでその通りの仕事をしないといけませんが、特定技能の場合は仕事をしに来たわけなので、幅広いお仕事をやってもいいということです。日本の企業からすると、特定技能で受け入れられるようになったことは大きなプラスだったと思います。
在留資格も結構ややこしくて、業種で決まるというよりは、その人のキャリアの段階で変わってくるんですよね。実習から始まるケースもあれば、いきなり特定技能から入るケースもあったりして。
MWO ——フィリピン独自のルール
——フィリピンの方を受け入れることで、日本側にはどんなメリットがありますか。
石川: MWOが雇用主だけでなく労働者側にも契約遵守を求めるところが大きいと思います。外国に行くためには個人もMWOや本国のDMWに登録して、私は日本のどこどこ企業で2年間働きますという雇用契約書を提出しないといけません。企業側からも個人側からも提出するので、来日して例えば1週間後に別の話をもらってどこかに行こうとした時に、MWOが個人に対しても「あなたの契約書は2年間ある、守らないのであれば罰則を求める」という風に入ってきてくれます。東南アジアの中でもこういうルールを持っているのはフィリピン独自の仕組みです。
ただし、そのMWOが持つルールはハードルでもあります。MWOへの申請の中には日本の入国管理局に申請するものと全く同じ書類が重複していて、雇用契約書や雇用条件書も含まれています。つまりお給料も先にフィリピンの国に提出して許可をもらわないと受け入れできない。月給いくらで雇いたいですとフィリピンに出した時に、「それじゃ低いですよ」と言われることすらあるんです。
これだけ聞くとやっぱり理不尽に感じる部分はあります。私も日本人としてその気持ちは正直分かります。ただ同時に、フィリピンサイドとして見ると、国の人が日本で働くためにあまりにも低い条件では働かないように、日本の最低賃金を調べたり、その地域のその職種であればこれぐらいで雇ってほしいということを言ってきているわけです。
——難しいポイントは他にもありますか。
石川: すでに他の国の方を受け入れている企業さんで、その方は日本の入国管理局でこの基本給でOKをもらっているのに、MWOだけはプラス2万円にしてくださいと言ってくることがあります。世界的に見ると日本の給料はなかなか上がっていない中で、東南アジアの国はどんどん上げていこうという方向になっているので、日本の方よりも高い給与を求められることすらある。ここは難しいところです。また、働きたい人は山ほどいる一方で、日本は移民を受け入れていないという立場なので、どこで線引きをするかというコントロールが非常に難しい。これは答えが1つではない問題だと思っています。
来日後のサポート
——来日が決まってフィリピンの方が日本に来られた後のサポートもされているんですか。
石川:
特定技能の場合は登録支援機関というところが基本的にサポートするというルールになっていて、弊社もそのライセンスを持っています。日本のルールは本当に細かくて、来日するタイミングで空港の送迎からきちんとやってくださいと決まっていますし、ビザが終了したら空港まで送り届けてくださいというところまで決まっています。
これまで弊社を通じて200名以上の方が「特定技能」で来日しています。その中で弊社が登録支援機関としてサポートさせていただいている企業様には、1年に一度以上訪問させていただき、フィリピンの方とも個別面談をさせていただいています。日本での生活や職場環境、お給料はちゃんともらえていますか?などを本人に直接聞いています。このように、最後はグループとしてだけではなく、お1人お1人と向き合う形になります。
——思い出に残っているエピソードはありますか。
石川:
パンデミック中にこの仕事を始めたので、来日したくてもできない時期がありました。長い子だと2年近く待ってくれていたので、空港でやっと会えた時に「やっと日本で働ける」と言ってくれたのは本当に印象に残っています。
——今後目指すものは何かありますか。
石川:
やはりこの仕事は人対人なので、物を扱うわけではないから難しい面もあります。でも人だからこそ相手も感情があって話してくれる。小さなものから大きなものまで、トラブルが起きる前にコミュニケーションをしっかり取ることで未然に防ぎたいと思っていますし、問題が起きた後もコミュニケーションを取ることでクリアにしていきたい。そこを続けていきたいと思っています。
受け入れる際に大切なこと
——外国人を受け入れたいと思った時に、気をつけるべきポイントはありますか。
石川: 1つ大前提としてあるのは、文化が違うということです。日本の方にとっては当然なことでも、外国の方には全然当然じゃないということがたくさんあります。例えば、今日は9時から出社ですよと言われると、日本だと少なくとも8時45分とか、早く来てユニフォームを着替えてタイムカードは8時59分に押すとか、そういう暗黙の了解がありますよね。でも外国の方は9時ですよと言われたら9時からスタートなので、8時58分に来ても約束通り2分前に来ている、9時に来ても約束通り来ているという感覚になるんです。日本での暗黙の了解は外国の方には通じないので、ダメなことはダメですよとはっきり伝えてあげてほしいと思います。やっぱりここもコミュニケーションが大事です。
日本企業の経営者へ
——外国人の受け入れになかなか踏み出せていない企業の方へメッセージをお願いします。
石川: 言葉も文化も分からないので踏み出せないという気持ちはよく分かります。ただ、いざ自分のところで働いてくれる人が決まると、ほとんどの企業さんはその方のことをとっても気に入ってくださって、上手に仕事を教えてあげようとなってくださる。そういう企業さんが本当にたくさんいらっしゃいます。
仕事はたくさんあるのにやってくれる人が見つからないというのが日本の現実です。仕事を続けていくためにはどうしても外国の方の助けが必要という企業さんも多いと思うので、まずは一歩踏み出していただけると、その後は意外と一緒に楽しく働いてもらえるんじゃないかと思います。異なる文化の方が来てくれることによって、今まで気づけなかったことにたくさん気づけたりもします。私自身もフィリピンの方からたくさん教えてもらったことが今も続いています。フィリピンは特に、来てよかったなと言ってくださるお客様が本当にたくさんいらっしゃいます。ぜひご検討いただければ嬉しく思います。
編集後記
外国人材の受け入れは、制度によって設計されている。
2国間協定、MWO、在留資格、雇用条件の審査——それぞれは本来、労働者を保護し、適正な雇用を実現するための仕組みだ。しかし実務の現場では、それらが複雑に絡み合い、企業と労働者のあいだに大きな摩擦を生み出している。
フィリピン人を採用したい日本企業と、日本で働きたいフィリピン人。その双方に意思があったとしても、制度を正しく理解し、運用できなければ、人は移動できない。言語や文化の違いも相まって、そのハードルは決して低くない。
この構造の中で生まれているのが、「制度と現場の断絶」だ。
送り出し機関の役割は、その断絶を埋めることにある。フィリピン側は日本の制度を理解できず、日本側はフィリピンのルールや手続きを把握できない。そのあいだに立ち、双方の文脈を翻訳し、実務として成立させていく。
だが、それは単なる手続きの問題ではない。来日を待つ側には生活があり、時間があり、家族がある。受け入れる側にも、事業を止められない現場がある。制度が扱うのはあくまで条件だが、現実に動いているのは常に人である。
だからこそ、この仕事は「つなぐ」ことで終わらない。採用が決まった後も、来日、就労、生活、そして帰国に至るまで、関係は継続していく。制度ではカバーしきれない領域を、人が引き受け続けている。
外国人材の受け入れは、今後ますます不可避になっていく。一方で、その仕組みは依然として複雑で、現場との乖離も小さくない。このギャップをどう埋めていくのか。
送り出しという仕事は、その問いに対する一つの現実的な解である。制度と制度のあいだに生まれた断絶を、人の手でつなぎ直していく。
その営みは、日本の労働市場が制度だけでは機能せず、人の手で補われている構造にあることを示している。そしてその構造が続く限り、この役割の重要性はむしろ高まっていくだろう。
ご紹介
Profile
株式会社InsanaTWmanpower
代表取締役
中国で約8年半、医療・訪日支援事業に携わった後、フィリピンへ拠点を移し外国人材の送り出し事業に参画。
現在は、フィリピン人材の採用を希望する日本企業に対し、MWO申請、在留資格、面接手配、来日後支援まで一貫してサポートしている。
これまで200名以上の特定技能人材の来日を支援。制度と現場のあいだに立ち、企業と働く人の双方をつなぐ役割を担っている。
株式会社ウェブリカ
代表取締役
新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。
腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。