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誰かの旅はどう組み立てられているのか|訪日旅行手配という仕事の意義/株式会社ハレ(HARE CO., Ltd.)・池田佑馬

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海外から日本を訪れる人の姿は、すでに日常の風景になりつつあります。
ニュースでも「インバウンド」という言葉が、特別なものとしてではなく、前提として語られるようになりました。
けれど、その一つひとつの旅が、どんな準備の上に成り立っているのか。
誰が、どこで、どんな判断を積み重ねているのかを、私たちはほとんど知りません。
飛行機やホテルは、今やネットで簡単に予約できます。
それでもなお、「人の手」で旅を組み立てる仕事が存在しています。

今回お話を伺ったのは、訪日外国人向けの旅行手配を行う株式会社ハレ代表・池田佑馬さん。
新卒でフィリピンに渡り、不動産、Airbnb、インバウンドの現場を経て、2024年に同社を立ち上げました。
この記事では、一つひとつの旅を裏側から支える仕事の実感と、その積み重ねの先に見据える未来を、
池田さんの言葉を通して丁寧にたどっていきます。

新卒でフィリピンへ|インバウンド事業に至るまでの助走

石塚:
本日のゲストは、株式会社ハレの池田佑馬さんです。
池田さん、今日はよろしくお願いいたします。

池田:
よろしくお願いします。

石塚:
まずは簡単に自己紹介をお願いできますか。

池田:
はい。株式会社ハレの池田と申します。
現在は、インバウンド、いわゆる訪日外国人向けのツアー手配を主に行う旅行会社を経営しております。本日はどうぞよろしくお願いします。

石塚:
よろしくお願いします。
会社としては、2024年からスタートされているんですよね。
比較的最近の立ち上げということですが、ちなみに今おいくつでいらっしゃるんですか。

池田:
今、35歳です。

石塚:
そうなると、これまで本当にいろいろなキャリアを歩まれてきたと思うのですが、池田さんご自身のキャリアのスタートは、どんなところだったんでしょうか。

池田:
最初は、海外で働きたいという思いがありまして、新卒でフィリピンで働いていました。

石塚:
新卒でいきなり海外、しかもフィリピンというのは、なかなか思い切った選択ですよね。

池田:
そうですね。
日本の会社ではあるんですが、本社がフィリピンにある会社で、日本人が現地で立ち上げた会社になります。

石塚:
なるほど。大学時代から、海外志向が強かったんですか。

池田:
そうですね。大学では英語関係を専攻していまして、
就職活動の際も、商社や物流など、海外に行ける仕事を中心に見ていました。

石塚:
その中で、最初からフィリピンで働くという選択肢を取られたということですね。

池田:
最初からもしくは早い段階で海外で働ける会社を見ていて、ご縁をいただいたのがその会社だった形です。最終面接でフィリピンに行った際に、自分のイメージしていたフィリピンと良い意味で違うイメージ(高層ビルの立ち並ぶフィリピンの中心地)を見て、これからフィリピンが面白そうだと肌で感じたのも決定打です

石塚:
フィリピンでは、どんなお仕事をされていたんですか。

池田:
不動産関係の仕事をしていました。
具体的には、フィリピンに駐在する日本企業向けのオフィス仲介や、住居の仲介ですね。
それに加えて、シェアオフィスの運営もしていましたし、日本人投資家向けにフィリピンのコンドミニアムを販売して、その後の賃貸付けや管理も行っていました。

石塚:
かなり幅広い業務ですね。

池田:
はい。
不動産会社がやるような業務は、一通り経験させていただいたと思います。

石塚:
なるほど。そこからはどんな流れだったんでしょうか。

不動産とAirbnbで掴んだ、訪日需要のリアル

池田:
次に関わったのが、Airbnb関連の事業です。
ちょうど第二次安倍政権の頃で、日本でAirbnbが広がり始めた時期でした。

石塚:
確かに、その頃一気に広がりましたよね。

池田:
はい。
グループ会社の社長から声をかけていただいて、東京でAirbnb事業をやらないか、という話になりました。
日本での実務経験も積んでおきたいという思いもあって、東京に移ることにしました。

石塚:
Airbnb事業では、具体的にどんな役割だったんですか。

池田:
グループ会社が保有している一棟ビルやマンションの一室をAirbnbに掲載し、予約管理から現地対応まで、オペレーション全体を責任者として担当していました。
問い合わせ対応や、物件で起きるトラブル対応なども含めて、一通り経験しています。

石塚:
その時期、Airbnbの反応はかなりありましたか。

池田:
正直、最初はそこまで一気に問い合わせが来るとは思っていなかったんですが、
掲載してすぐに、様々な国の方から予約が入るようになりました。

石塚:
実際に、多くの外国人が日本に来ていることを、肌で感じるようになったのですね。

インバウンドの現場へ|訪日旅行手配会社での経験

石塚:
そこから、いまの訪日旅行手配の仕事へは、どうつながっていったんでしょうか。

池田:
Airbnbの仕事をしている中で、
「やっぱり自分は、海外と関わる仕事の方が向いているな」と感じるようになったんです。
大学では英語を専攻していましたし、フィリピンで働いた経験もあって、海外の方とやり取りをすること自体は、あまりストレスがなかったんですよね。
一方で、日本に戻ってから、一度、国内の大手不動産会社にも勤めたんですが、そこでいわゆる“ゴリゴリの国内営業”を経験してみて、「あ、これは自分の強みを活かす場所じゃないな」と思ったんです。

石塚:
なるほど。自分の適性を、はっきり実感したわけですね。

池田:
はい。
ちょうどその頃、Airbnbで本当に多くの外国人が日本に来ているのを見ていましたし、
「インバウンドに関わる仕事を、もっと本格的にやりたい」と思うようになりました。

石塚:
そこから、訪日旅行手配の会社に転職されたと。

池田:
そうですね。
2018年に訪日外国人向けのツアー手配を専門にしている会社に入りました。

コロナ前の追い風と、想定外の急ブレーキ

石塚:
2018年というと、インバウンド市場はかなり勢いがあった時期ですよね。

池田:
まさにそうでした。
今振り返ると、ホテルの価格も、バスも、レストランも、全体的にかなり安かったですし、為替も今ほど円安ではありませんでした。
加えて、訪日客数も、毎年更新していくような状況でした。

石塚:
そこに、コロナが来るわけですが、実際どうなりましたか。

池田:
そうですね。
コロナの影響で、会社としては休業という形になりました。

石塚:
旅行業界は、特に影響が大きかったですよね。

池田:
かなり大きかったですね。
当時、社員も若い人が多かったので、将来が見えずに、別の業界に転職する人も多くいました。

石塚:
池田さんご自身は、その時期をどう過ごされていたんですか。

池田:
休みながら様子を見ていたのですが、別府支社で地方自治体の観光PRに関わる仕事の募集があり、実家が一番地理的に近く、赴任に無理がないことがありお声がかかりました。
それが2021年ですね。

回復期の最前線で見えたもの|独立を志したきっかけ

石塚:
そこから独立に至るまでの経緯はどういったものだったのでしょうか。

池田:
2022年の夏頃から、少しずつではありますが、海外から日本への渡航制限が緩和されてきました。
保険の加入条件や入国ルールなど、細かい制約はまだありましたが、それでも確実にツアーの数は増えていきました。

石塚:
一度止まったものが、再び動き出した感覚ですね。

池田:
はい。
その時期は本当に忙しくて、ツアーをひたすら回しているような日々でした。

石塚:
その経験が、独立につながっていくのでしょうか。

池田:
そうですね。
2018年からインバウンドの現場に関わってきて、コロナも含めて一通りの流れを経験したことで、この事業の難しさも、面白さも、両方わかるようになってきたんです。

石塚:
そこで、「自分でやってみよう」と思うようになった、ということでしょうか。

池田:
はい。
今まで不動産やアルバイトも含めて色々な仕事もしてきて、他と比較しても一番自分に合っているんじゃないかという自信もあったのとこの仕事が好きだったからです。
これまで積み上げてきたコネクションや、ツアーを回す中で身についたノウハウを活かせば、自分なりの形で勝負できるんじゃないか、と思うようになりました。

ネットで予約できる時代に、なぜ「人の手配」が残るのか

石塚:
そもそも、訪日旅行手配って一般の日本人からすると、あまり馴染みのない仕事だと思うんです。それこそ、今の時代、飛行機もホテルも、個人で簡単にネット予約できるじゃないですか。
そうした中で、訪日旅行手配という仕事の価値は、どこにあると感じていますか。

池田:
まさに、そこはよく聞かれるところですね。
正直、私自身も最初は「この時代にそのような需要があるのかな」と思ったことはありました。
ただ、実際に現場で仕事をしてみると、「団体旅行」や「企業のインセンティブツアー」などは、やはり個人手配では限界があると感じる場面が多かったです。

石塚:
具体的には、どんな部分でしょうか。

池田:
例えば、家族だから隣同士がいいとか、喫煙・禁煙の希望を分けてほしいとか。それから、食事の制限もあります。ムスリムの方がいらっしゃる場合や、アレルギーのある方がいる場合など、一つひとつ確認して、現場に正確に伝える必要があります。

石塚:
確かに、それを個人ですべて対応するのは、大変だと感じてしまう部分ですよね。

池田:
そうなんです。しかも、予定は何度も変更になります。
日程が変わったり、人数が増減したり、「やっぱりこの日は別の場所に行きたい」となったり。
そのたびに、全体を組み直さなければなりません。
こうした調整は、インターネットだけでは完結しない、いわば旅の「ラストワンマイル」にあたる部分だと思っています。

他には、海外の団体が日本国内でまとまった金額を支払うとなると、クレジットカードでは対応できないケースも多いですし、国際送金も受けられる銀行が限られているので、簡単ではありません。
そうした部分を、間に入って整理するのも、手配会社の役割だと思っています。

石塚:
また、「日本をどれくらい知っているか」という点も、重要になりそうですね。

池田:
海外の旅行会社さんから送られてくる行程案を見ると、「この日にUSJとディズニーランドを両方行きたい」といった内容が、普通に入っていることもあります。

石塚:
それは、地理感覚がないとわからないですね。

池田:
はい。
そこをそのまま通してしまうと、実際には無理のある行程になってしまいます。
なので、日本の距離感や移動時間を踏まえて、「ここはこうした方がいい」と整えた上で、バス会社やホテルとコミュニケーションをとる必要があります。

石塚:
かなり頭を使う仕事ですね。

池田:
そうですね。
でも、その調整があるからこそ、最終的にエンドユーザーさんにとって「無理のない、満足度の高い旅」になると思っています。

石塚:
どのように海外の旅行会社のお客様を獲得されていますか。

池田:
やっぱり、泥臭く、実際に顔を合わせて営業していることが大きいと思っています。
現地の旅行会社さんの立場で考えると、自分たちのお客様の大切な旅行を、インターネット上のやり取りだけで、一度も会ったことのない会社に任せようとは、なかなか思わないと思うんです。
だからこそ、直接会って話をすることを大切にしてきました。そうした積み重ねが、少しずつ信頼につながって、お仕事を任せていただけているのだと感じています。

帰る場所としての下関、始める場所としての下関

石塚:
ここまでのお話を聞いていると、事業としては東京や大阪に拠点を置く選択肢もあったと思うのですが、本社は下関に置かれていますよね。その判断には、どんな背景があったんでしょうか。

池田:
一番大きいのは、やはり地元が下関だということですね。
この仕事をしていると、どこにお客さんを連れていくか、という選択肢をこちらから提案できる場面があります。

石塚:
最終決定は海外の旅行会社やお客さんでも、「選択肢」を出すことはできる、と。

池田:
そうです。
だからこそ、東京や大阪だけじゃなくて、地元にも足を運んでもらえる可能性をつくりたい、という思いはありました。

石塚:
一方で、福岡にも拠点があると聞きました。

池田:
そうですね。
下関が本社ではあるんですが、アクセス面や採用面を考えて、福岡にも拠点を置いています。

石塚:
そのあたりは、かなり現実的な判断ですよね。

池田:
はい。
私自身、大学が福岡市内でしたので、友人や知り合いも福岡に多いですし、人が集まりやすいという点では、福岡はやはり強いです。

石塚:
現在は、フルリモートという形ではないんですよね。

池田:
今は、基本的に出社をお願いしています。
立ち上げたばかりということもあって、コミュニケーションを密に取りたいという理由が大きいですね。

石塚:
実際、いま御社には社員の方は何名いらっしゃるんでしたっけ。

池田:
今は4人です。
※2026年1月時点

石塚:
皆さん、同じように手配業務をされているんですか。

池田:
大きく分けると、「営業」と「手配」の二つに分かれています。

営業は、海外の旅行会社さんと直接やり取りをして、
ツアーの相談を受けたり、提案をしたりする役割ですね。

石塚:
海外出張もあるんですか。

池田:
あります。
直接会って話をすることで、信頼関係ができる部分が大きいので。

石塚:
手配の方は、どういう仕事になるんでしょうか。

池田:
営業から確定したツアー内容を引き継いで、ホテル、バス、レストラン、ガイドさんなど、日本側の各所と細かい調整をしていきます。

例えば、
「この人とこの人は家族だから部屋は近くに」「この方はムスリムなので、この食事は避けてほしい」といった情報を、すべて正確に伝えていきます。
一つでも抜けると、現場でトラブルになるので、そこは本当に気を遣います。

石塚:
社員の方の年代は、どのくらいなんでしょうか。

池田:
20代中盤から30代前半くらいが中心です。比較的若いメンバーが多いですね。
日本人だけではなくて、東南アジアや南アジア出身のメンバーもいます。
インバウンドの仕事なので、多国籍な環境で働くこと自体が、仕事に直結している部分もあります。

石塚:
ちなみに、新しく入られた方には、どうやってこの仕事を覚えてもらうんですか。

池田:
基本はデスクワークが中心になるんですが、それだけだと、どうしてもイメージしづらい部分があるんですよね。

石塚:
確かに、書類や画面だけだと限界がありますよね。

池田:
なので、入社した方には、一度は実際のツアーに同行してもらうようにしています。
ガイドではないんですが、お客さんのサポートをしながら、ツアーがどういう流れで進んでいるのかを体感してもらいます。
例えば、
「このレストランは、実際に行ってみると席が狭いな」とか、「バスはここに横付けできないんだな」とか、現場に行かないとわからないことが、本当に多いんです。

石塚:
平たく言うと、「1回旅行についていける」ということですね(笑)。

池田:
そうですね(笑)。そういう面白さもあります。

石塚:
それを知った上で、実際に自身で手配業務ができるわけですね。

これから目指すもの|晴れの日をつくる仕事の未来

石塚:
そうした体制で、これから事業をどう伸ばしていこうと考えているのか、
株式会社ハレとして、今後どんな方向を見ているんでしょうか。

池田:
そうですね。
まずはやっぱり、今やっている訪日旅行手配の事業を、しっかり伸ばしていきたいと思っています。
今お取引している国からのツアー数を増やしていくことと、
これまで取引のなかった国とも、少しずつ関係をつくっていきたいと考えています。

石塚:
国単位で、開拓していくイメージですね。

池田:
そうですね。

石塚:
事業を拡大するにあたって、どういった方と働きたいという考えはありますか。

池田:
仕事柄、海外の旅行会社さんと一緒に仕事を進めていきますので、海外と関わりを持って仕事をしたいという方にはピッタリなんじゃないかなと思うのが1つと、
また、メンバーも20代から30代中盤までの比較的若い世代が働いているので、フラットな組織で、スピード感と裁量権を持ってという方にはピッタリだと思います。
そして、メンバーも色々な国の方が働いているので、インターナショナルな環境でウェルカムだと思う方にもぜひお越しいただきたいですね。

編集後記

一つひとつの旅は、行き先やホテルだけで成り立っているわけではありません。
誰と、どんな順番で、どんな条件のもとで過ごすのか。
その組み合わせ次第で、同じ場所でも体験の質は大きく変わります。

株式会社ハレが担っているのは、旅という非日常の時間や体験を、形作る裏方(サポーター)として見えない部分の設計・調整をし、支えていく仕事になります。

海外と日本、文化や言語の違い、現場の制約と理想の行程。
その間に立ち、現実的で無理のない形に組み直していく。
そこには、経験に裏打ちされた判断と、想像力が求められます。

もしこの記事を通して、
訪日旅行というお客様にとっての非日常の時間や体験をプロデュースし、訪日旅行に来られるお客様の人生を旅を通して豊かにする仕事に面白さや価値を感じた方がいれば、この仕事はきっと遠い存在ではないはずです。

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ご紹介

Profile

池田 佑馬

株式会社ハレ(HARE CO.,Ltd.)
代表取締役 CEO/Founder

池田 佑馬

いけだ ゆうま

大学卒業後、フィリピンの日系コンサルティング会社にて不動産関連業務に従事。
Airbnbの拡大期に日本の出資先親会社へ転籍し、訪日外国人観光の成長を現場で経験。
その後、日系大手不動産会社および訪日旅行専門の旅行会社を経て、2023年に独立、2024年に法人化。
現在は訪日旅行サービス手配を専門に事業を行っている。

公式サイトはこちら
石塚 直樹

株式会社ウェブリカ
代表取締役

石塚 直樹

いしづか なおき

新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。
腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。

編集長インタビュー |「Shikisai」立ち上げの背景とは? 公式サイトはこちら

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