ここ数年、多様な働き方が浸透したことで、これまで常識とされてきた仕事の仕組みや対人関係におけるマナーにも変化が生まれてきました。とくに、新人を育てる立場となれば、自分の接し方次第で仕事の成果にも影響が及ぶだけに、大きなプレッシャーを感じている人も多いのではないでしょうか。今回は、マナー講師として関西を中心に活躍されている金城あやさんに、時代と共に変化する「人の育て方」のノウハウや、初期教育の重要性についてお伺いしました。豊富な人材育成の経験を通して、金城さんが得たテクニックとはどのようなものなのでしょうか。
学生時代からの夢を叶えてCAに。両親のアドバイスが転機をもたらす
まずは金城さんのご経歴からお聞きしたいと思います。JTBにご入社された後、客室乗務員になられたと伺いましたが、どのような経緯でキャリアを積まれていったのか教えてください。
金城さん:客室乗務員になるのは高校時代からの夢でした。「とにかく最短で夢を叶えたい!」と考えて調べたところ、CAの推薦が取れる東京の専門学校を見つけたんです。夏休みにオープンキャンパスに行ってパンフレットをもらい、入学する気は満々だったんですけど、親から「せめて短大だけでも」と言われてしまって……。結局、通っていた高校の附属の短大に進学することになりました。それまでは比較的、私がやりたいことは「いいよ」と肯定してくれる両親だったんですが、やんわりですけど初めて反対されたことで、「あ、これは無理かな」と気づいたんです。でも、そこで諦めたわけではありません。「最短でCAになる」目標はそのままに、短大の英語科に「秘書コース」があったので、そこなら即戦力として使える勉強ができると思って進学を決めました。
そのような経緯があったんですね。短大卒業後、ストレートにCAにならなかったのはどのような理由からでしょうか?
金城さん:JAL、ANA、当時はJASもあったんですが、それら大手の航空会社と外資系も受けたところ、新卒ではどこも受からなくて。CAになることしか頭になかったので、卒業後は接客を学べるアルバイトでもしながら次のチャンスを狙おうと考えていました。当時は、既卒試験といって中途採用の試験が定期的に実施されていたので、そこに向けて頑張ろうと気持ちを切り替えたんです。それを親に相談したら、またまた「それは許さん」と(笑)。でもそれもちゃんと理由がありまして、当時父は会社で人事を担当していて、社員としてきちんと勤めに出ている人と、好きなタイミングで働いたり休んだりする生活をしている人は、顔つきが全然違ってくるのだと指摘していました。父から「フリーターのような生活していたら、CAにも絶対に受からない」と言われたことで、「それもそうだな」と妙に納得したんです。
進学にしろ就職にしろ、ご両親からのアドバイスが結果的に金城さんの夢を後押ししてくれたように感じますね。
金城さん:そうですね。そのような経緯で、最終的に新聞の求人広告で見つけたJTBの契約社員として働くことになりました。CAになるという強い思いを胸に、1年間JTBで働きましたが、入社2年目にJASの中途採用で内定をいただいたことで、ようやく念願のCAになることができたんです。
紆余曲折を経て辿り着いた天職。どの経験も無駄にはならなかった
JASには丸6年勤められたとのことですが、退職されたきっかけを教えていただけますか?
金城さん:2002年にJALとの統合が発表されたんです。私自身は国際線に乗務させてもらえるようになり、順風満帆ではあったんですけど、さすがに「うそでしょ?」と。強い愛社精神があったわけではないですが、末端の社員なりに仕事に愛着もあり、完全にJAL化してしまうことに淋しさや不安を感じたことを覚えています。私はお客さまの方を見て仕事をしたいのに、会社の事情を気にしながら働き続けなければいけないことにもためらいがありました。またその頃、仕事のストレスや身体的な負担から体調を崩しがちだったので、将来の妊娠出産に備えて、これを機に体調を整えようと思ったんです。このように、さまざまな要因が重なったことが、退職を決意した理由です。
そうだったんですね。6年間CAとして働いた経験が、その後の仕事観につながっていると感じる点はありますか?
金城さん:もちろんたくさんあります。JASを退職後は、リンパケアセラピストや専門学校のエアライン学科専任講師などを経て、現在のマナーインストラクターに辿り着きましたが、すべての仕事に通じるのは、「初期教育の大切さ」です。CAって華やかなイメージがありますが、実際に入職すると理想と現実のギャップに押しつぶされて、バーンアウトしちゃう人がとても多いんです。それはCAになることが目的になっていたから。CAであれば訓練期間、一般企業であれば新入社員の研修期間って、人生の中で一番勉強する時期なんです。仕事をする上で、社会人として自分のふるまいがいかに大事なのかということを、生徒や受講者にまず初めに教えています。そして何より、私が一番伝えたいのが「知っている」と「できている」は違うということ。新人の頃は誰でも「早く覚えなきゃ」と焦りがちですよね。それで理解したつもりになって、土台をしっかり固めないままキャリアを積んでしまうことがあるんです。そして上の立場になったときに、「え、そんなこともできないんですか?」と恥をかいてしまう。だからこそ「知っている」だけではなく、「できている」必要があるんです。できるようになるまで反復練習をする時間をいただけるのは、新入社員の間だけ。そこできちんと基礎を固めないと、その先で大きな差が生まれることを知ってほしいと思います。
時代の大きな変化に取り残されないためにーー。これからの人材育成に求められるのは“教える側”の柔軟な対応力
金城さんは現在マナー講師としてご活躍されていますが、具体的な活動内容をお教えいただけますか?
金城さん:新人教育をメインとして、おもに新入社員向けのOJT研修などをおこなっています。私の今の活動の中心になっているのが、「一般社団法人 即戦力」で開催している「未来を変える働き方講座」というものです。そこでは、国や会社の仕組み、給与明細をよく見たら見えてくる社会保障や税金の仕組みを説明し、そこに対して自分たちはどう関わっているのか、ということを教えています。私自身もかつてはそうだったんですが、これらの仕組みを知らないと、給与明細を見たときに「よくわからないけど保険とか税金ですごい額引かれてる!」って、会社に対して不満を持ってしまうんですよね(笑)。でも、それは完全にお門違いでとってもありがたい制度だったということがわかるはずです。
講座では、「自分の幸せは自分でしか描けません。そのために国や企業、共に働く人たちの中にある、【仕組みとルール】をちゃんと知った上で、活用して、会社にも貢献できる働き方を選べる自分になっていくのですよ」とお伝えしています。文句を垂れて不満を抱えながら働くのではなく、この仕組みを使って自分がどう成長するか、に重点を置くべきだと。「新人でいきなり100万円売り上げるのは無理だよね。じゃあ何から始める? 自分から挨拶することだよね」って。まずやらなければならないのは、ビジネスマナーを身につけることなんです。
今の流れを聞くと、すっと頭に入ってきますね。最近よく耳にする「Z世代」と接することも多いと思いますが、研修をする際に世代間のギャップを感じられることはありますか?
金城さん:素直だけど怖いもの知らずだな、と感じることがありますね。こちらは先生として接していても、友だちみたいな感覚で寄ってくる子もいます(笑)。それが許される場面と、ピシッと線を引く場面があることを知らないんですよね。「習ってないんならしゃあないな。それじゃあかんで」って教えてあげることもあります。このように、これまでだと「できて当たり前」のことのハードルが下がっていると感じることもあれば、デジタルネイティブのZ世代は私たちが知らないことを知っていたり、技術の習得が早かったりと、感心させられることもありますよ。
今経営者として活躍している世代は、いわゆる「スポ根」昭和世代ですよね。お話を聞いていると、「うちらのときは先輩の背中見て覚えた」「この程度でパワハラ言われたらたまらん」なんて言われますが、「あのね社長、私やったらかまへんけど、20代の新人にそれ言ったらダメですよ」と返します(笑)。でも時代もありますよね。私は氷河期の最初の世代ですが、5学年下くらいからはずっと新人が入ってこない状況が続きました。いつまでたっても下っ端扱いをされて、その後いきなり中間管理職になってしまったわけです。どうやって新人を育てたらいいかわからない。自分たちが教わったように、ゆとり世代やZ世代を指導するなんて、いまの社会では許されません。
「俺たちが新人の頃は苦労した」なんて言っても、最初から全部与えられて大人になってきた今の若者たちに伝わるわけありません。彼らだって、教わっていないことは教えて、ちゃんと育つんです。社会人としてのマナーやノウハウは、「こういう言い回しをしないと相手に失礼なんだよ」と教えてあげればわかってくれます。逆に、デジタル関係でわからないことがあれば、「これどうやるん?」って教えてもらってください。そうやってお互いを理解するために歩み寄ることが大切です。
今、会社で新人教育に苦労されている方にとっても参考になるお話だと思います。最後に、金城さんの今後のビジョンについてお聞かせください。
金城さん:お伝えしているように、お互いの人となりを理解すること、いわゆる「相互理解」が重要であること、そのうえでお互いを支え合う「相互扶助」が成り立つのだということを、もっと広めていきたいと思っています。「私はこの人のために何ができるかな」「一緒に取り組めそうなことはあるかな」といった温かい繋がりを増やすためにも、マナーやルール、社会の仕組みを理解し、自分らしさを表現したい人のサポートをし続けていきたいです。そして、新人育成に不安がある経営者の方には、人が育つ環境づくりのお手伝いをさせていただきたいと思っています。
編集後記
夢を叶えるために目標を設定し、チャンスが訪れたら迷わず行動してきた金城さんは、エネルギーに満ちたバイタリティあふれる女性という印象を受けました。今回のインタビューでは、人材育成の世界でその能力を存分に発揮しながらも、「人を育てるプロ」として温かい眼差しで若者の成長を見守っている様子を垣間見ることができました。これからも関西を中心に、ますますのご活躍を期待しています。