「地域に豊かさを」というビジョンを掲げているウェブリカ。第3弾では、株式会社ウェブリカ代表・石塚直樹とCHROの梅村周平が、地域への思いとビジョンの背景について率直に語り合いました。普段あまり言語化することのないテーマを、改めてじっくり掘り下げます。
目次
地域に対する想い〜横浜育ちとしての地域観〜
石塚
「今日は“地域に豊かさを”というビジョンに込めた思いをテーマに語りたいと思います。普段はあまりこの話をしないので、この機会に整理してみましょう。」

梅村
「石塚さんは横浜生まれ・横浜育ちですよね。地域に対する思いはどんなところにあるのでしょうか?」
石塚
「最初の社会人キャリアは銀行員で、横浜の支店に配属されました。金融機関で働く人は“地域にどれだけ馴染めるか”が求められます。特に営業では重要でしたが、それが自分には楽しかったですね。
その後、国土交通省に出向して新幹線の路線計画に携わりました。どこに通すかで経済効果が変わり、駅の有無は地域の人にとって死活問題。そこで“日本経済は地域が回ることで成り立っている”と改めて実感しました。
いきなり日本全体を良くするのは想像できませんでしたが、地域が盛り上がって初めて全体が良くなると感じました。だからこそ、地域が一番大事だと思っています。」
銀行員時代の経験と“羨ましさ”
梅村
「銀行員として地域の方と接していたとき、象徴的なエピソードはありますか?」
石塚
「単純に、地域の人と仲良くなるのが面白かったんです。『あそこはあそこと繋がっているらしい』といった村社会的なつながりを知るのは楽しかった。
でも当時の自分は全国転勤のある銀行員。『どうせここからはいずれいなくなる人』と思われていました。根を張って生活する人たちが羨ましかったですね。
会社しかコミュニティがない自分にとっては、“地域のコミュニティ”に属することへの憧れがありました。」
コロナを経て地元に戻る決意
石塚
「独立後は都内で暮らしていましたが、コロナの時期に地域を意識するようになりました。グローバルな交流が否定される中で、“これからはローカルが来るんじゃないか”と考えたんです。
遅延も人の繋がりもある横浜で再スタートしようと決意しました。それが2020年頃です。」
梅村
「羨ましいと思っていた“地域に根差す”ことを、実際に地元で実現されたわけですね。」

横浜で再び地域とつながる
石塚
「コロナ後に戻った当初は、人が出歩いていなかったので知り合いもいませんでした。でも街に出て飲み歩いてみると、同じような属性の人に出会ったり、別の会に誘われたりして、つながりが広がっていきました。
銀行員時代は『そのうち抜ける』と思っていた地域コミュニティに、今は完全に入った感覚があります。助け合える仲間も増え、共同体の一員になった実感があります。」
梅村
「最初は会社というコミュニティしかなかったのに、地域に戻ったことで“人と人のつながり”が濃くなったんですね。」
石塚
「大企業にいた頃は人間関係が薄いと感じていました。でも今は濃い関係が多く、それが純粋に楽しいですね。」
地域に豊かさを ― ビジョンの背景
梅村
「我々が掲げる“地域に豊かさを”というビジョンの背景も気になります。」
石塚
「地方創生を掲げる人は多いですが、どこかボランティア的に聞こえることもあります。言葉に縛られて“やっていいこと”が狭まっている印象もありますね。
私たちは『地域が豊かである状態』をどう作るかを重視しています。地方創生や地域活性化という言葉よりも包括的で、本質的な話です。
単に“都会から人が移住しました”ということだけでは十分ではない。地域の企業が利益を上げ、規模を拡大し、良い会社になるプロセスが必要です。そうでなければ豊かな暮らしは実現できません。」

豊かさを実現するために必要なこと
梅村
「採用の場でも、学生や若者から『地方創生をやりたい』とよく聞きます。ただ、ボランティア的に捉えている人も多い印象です。」
石塚
「そうですね。だからこそ私たちは“地域を豊かにするためなら何でもやる”という立場でいます。単にソーシャルグッドに留まらず、しっかり稼ぎ、地域のビジネスを回すことを目指しています。」
梅村
「結果的に、ラジオを通じて思いを発信することで、新しい仕事や募集につながる。そんな“実利を伴う仕掛け”をどんどん作っていきたいですね。」
まとめ
第3回では地域への思いとビジョンの背景を紹介しました。
本編はこちらの動画をチェック!
次回予告
第4話では、「各自治体の企業誘致」について考えていきます。
ぜひ次回のコンテンツもご覧ください。
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