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芸術を人間教育のインフラへ──アルゲリッチ芸術振興財団が別府で築いてきた文化の構造 / 公益財団法人アルゲリッチ芸術振興財団 理事長 伊藤 京子

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公益財団法人アルゲリッチ芸術振興財団は、大分県別府市を拠点に、世界的ピアニストであるマルタ・アルゲリッチとの長年の信頼関係を基盤とした音楽事業を展開してきました。理事長を務める伊藤京子は、演奏家としてのキャリアを出発点に、芸術を社会にひらく実践を重ねてきた人物です。本記事では、1977年のミュンヘン留学時代に始まったアルゲリッチとの出会いから、別府国際コンベンションセンター/ビーコンプラザを舞台とした音楽祭の立ち上げ、行政や地域との協働の構造、そして「芸術を人間教育のインフラとする」という思想までを、伊藤の言葉に基づき整理します。

今回は石塚直樹がナビゲーターとなり、公益財団法人アルゲリッチ芸術振興財団 理事長・伊藤京子さんのキャリアと取り組みについて伺いました。

演奏家としての原点と、運命的な出会い

石塚:
本日はよろしくお願いいたします。まずは、これまでのご経歴についてお聞かせください。

伊藤:
現在は公益財団法人アルゲリッチ芸術振興財団の理事長を務めていますが、もともとはピアノの演奏家として活動していました。1977年にドイツ・ミュンヘンへ留学し、その留学中にマルタ・アルゲリッチと出会いました。

石塚:
当時から、音楽祭や財団の構想をお持ちだったのでしょうか。

伊藤:
いえ、その時点では何の構想もありませんでした。私は一人の音楽学生で、アルゲリッチは遠い存在でした。音楽評論家の野村紘一先生のご縁で紹介状をいただき、それを携えて会いに行ったのが最初です。握手ができれば十分だと思っていましたが、結果的に食事に誘われ、翌日にはピアノを弾く機会までいただきました。その出会いを、今振り返ると非常に象徴的な出来事だったと感じています。

別府という場所と、世界への発信構想

石塚:
その後、大分県別府市との関わりが生まれていくわけですね。

伊藤:
ミュンヘン留学から帰国後、私は別府に移住していました。当時の別府市長である中村太郎さんから、1995年に開館する別府国際コンベンションセンター/ビーコンプラザを拠点に、世界に向けて発信する文化事業を行いたいという相談を受けました。

石塚:
地方から世界へ発信するという点で、どのような判断があったのでしょうか。

伊藤:
地方だからこそ、誰もが知る存在が必要だと考えました。そこで、アルゲリッチの招聘を提案しました。彼女は公的な事業に関わることが少ないことで知られていましたので、実現は難しいとも思っていましたが、結果的にはその場で了承を得ることができました。

音楽祭に込めた思想──勝敗のない共有

石塚:
音楽祭を立ち上げるにあたり、特に重視された理念は何だったのでしょうか。

伊藤:
音楽には勝敗がないという点です。スポーツとは異なり、音楽は誰かが勝ち、誰かが負けるものではありません。アジアと日本の関係が戦後必ずしも順調ではなかった歴史を踏まえ、音楽であれば、穏やかなものを共有しながら共生できるのではないかと考えました。

石塚:
実際の企画にも、その思想が反映されていたのですね。

伊藤:
はい。小澤征爾さんと新日本フィルハーモニー交響楽団の公演なども行いながら、常にアジアとの関係性を意識した音楽祭として構成してきました。

財団化と、公共性を引き受けるということ

石塚:
財団法人化は2007年とのことですが、そこに至るまでの過程はいかがでしたか。

伊藤:
実行委員会から組織委員会、そして財団法人へと移行する中で、多くの出来事がありました。公共的な取り組みであっても、市長の交代などによって状況が変わる現実を、この音楽祭を通して初めて強く意識しました。芸術活動も社会構造の中で運営される以上、その影響を受けることになります。

石塚:
その経験が、芸術の位置づけを考える契機になったのですね。

伊藤:
はい。クラシック音楽は難しいと言われがちですが、本質は「人間はいかに生きるか」という哲学にあります。その価値を、思考の世界だけで終わらせず、社会の中で問い続ける必要があると考えるようになりました。

アルゲリッチハウスと、継続のための構造

石塚:
現在の事業の柱となっているものについて教えてください。

伊藤:
音楽祭には毎回テーマを設定しています。それは社会的なテーマでもあり、芸術の役割を問い直すものです。また、困難な時期を支える拠点として、アルゲリッチハウスが整備されました。

石塚:
そのハウスは、現在どのような位置づけなのでしょうか。

伊藤:
寄贈が行われ、その後、財団から県へと移行していく流れの中で、公共的な発信拠点として位置づけられています。県議会でも超党派で活動が評価され、全会一致で認められたことは、大きな支えになりました。

次世代へのメッセージ──信念を持ち続けること

石塚:
最後に、読者に向けたメッセージをお願いします。

伊藤:
大切なのは、信じるものを持ち続けることです。私は精神的な価値を重視する家庭で育ち、「自分にできることで他者のためになることをしなさい」と教えられてきました。体験のない言葉には説得力がありません。音楽祭を通して経験したことは、すべて必要な過程だったと感じています。

石塚:
幸せの考え方についても触れていらっしゃいましたね。

伊藤:
幸せの形は人それぞれです。誰かの成功をそのまま模倣するのではなく、自分自身の価値観を見つめ、自分にとっての幸せを見つけてほしいと思っています。そのためにも、世界的なものに実際に触れる体験を大切にしてほしいと考えています。

編集後記

伊藤京子さんの語りから一貫して伝わってきたのは、芸術を「一過性の催し」ではなく、「社会の中で機能し続ける構造」として捉える姿勢でした。地方から世界へ発信するための現実的な判断と、音楽に勝敗がないという思想。その両者を往復しながら、音楽祭と財団運営が形づくられてきたことが分かります。また、公共性を持つ活動は、理念だけでは継続できず、制度や行政との関係性を引き受ける覚悟が求められます。伊藤さんが語った「芸術を人間教育のインフラとする」という言葉は、文化事業にとどまらず、長期的な社会活動全般に通じる視座だと感じました。Shikisaiとしては、こうした思想がどのように地域や制度の中で実装されていくのかを、今後も記録していきたいと思います。

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Profile

伊藤 京子

公益財団法人アルゲリッチ芸術振興財団
理事長

伊藤 京子

いとう きょうこ

Instagram X(旧:Twitter) Youtube

伊藤京子は、公益財団法人アルゲリッチ芸術振興財団の理事長。ピアノ演奏家としてのキャリアを出発点に、1977年のドイツ・ミュンヘン留学時代に世界的ピアニスト、マルタ・アルゲリッチと出会い、その後の長年にわたる信頼関係を基盤に音楽事業に携わってきた。
大分県別府市を拠点に、別府国際コンベンションセンター/ビーコンプラザを舞台とした音楽祭の立ち上げ・継続に深く関与。芸術を一過性のイベントとしてではなく、社会の中で機能し続ける公共的な営みとして位置づけ、行政や地域と連携しながら文化事業を展開している。
現在は、芸術活動を人間教育や社会の基盤として捉える視点から、長期的な文化の継承と発信に取り組んでいる。

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石塚 直樹

株式会社ウェブリカ
代表取締役

石塚 直樹

いしづか なおき

新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。
腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。

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