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企業誘致特集:五島市への移住・転職が増える背景──年間200人が選ぶ「働きやすい離島」

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五島列島の中心都市である長崎県五島市は、豊かな自然と一次産業に支えられたまちです。一方で、離島ゆえの輸送コストや人口減少といった構造的な課題も抱えています。そうした中で、企業誘致や創業支援、移住・定住施策を通じて雇用を生み出し、地域経済を維持・発展させる役割を担っているのが、五島市産業振興部 商工雇用政策課の松林澄也さんです。
情報通信業の誘致、雇用創出を目的とした補助金制度、高校生や移住希望者に向けた丁寧な働きかけなど、政策の具体像を聞くと、離島の制約を前提にしながらも、働き方や暮らし方の選択肢を拡張しようとする「構造的な工夫」が浮かび上がってきます。本稿では、五島市の企業誘致・移住政策の全体像と、その背景にある問題意識を整理します。

今回は石塚直樹がナビゲーターとなり、五島市産業振興部 商工雇用政策課の松林澄也さんのキャリアや、企業誘致・移住施策の取り組みについて伺いました。

大工の家業から行政へ──キャリアの歩みと現在の役割

石塚:まずは、現在のご担当とこれまでのキャリアについて教えてください。

松林さん:私は五島市産業振興部 商工雇用政策課で、企業誘致や創業支援などを担当しています。もともと就職した当時は、まだ五島市が合併前で、「奈留町役場」に採用されました。その前は家業である大工の手伝いをしていましたが、父から「仕事が減ってきているので役場を受けてみてはどうか」と勧められ、役場を受験したことが行政に入ったきっかけです。

平成16年8月1日に1市5町が合併し、現在の五島市が誕生しました。そのタイミングで、私は現在住んでいる福江島に引っ越し、引き続き行政職として働いています。

石塚:これまでの配属は、現在の企業誘致畑とは少し違う分野だったそうですね。

松林さん:最初の配属は「出向」という形で医療機関の事務でした。その経験もあり、合併後は「健康政策課 診療所係」に配属されました。医療・健康政策に関わる業務が長く、企業誘致に直接関わるようになったのは最近です。

石塚:商工雇用政策課に来られたのはいつ頃ですか。

松林さん:今年の4月に企業誘致を担当する部署に異動しました。私自身、まだ学びながらの部分もありますが、離島である五島市の特性を踏まえつつ、企業誘致と雇用創出にどう貢献できるかを意識して業務にあたっています。

〈編集注:奈留島は五島列島の北東部に位置する島で、五島市の一部。五島市役所 奈留支所が置かれている〉

一次産業のまち・五島市の産業構造と企業誘致の方向性

石塚:五島市の企業誘致施策に入る前提として、「五島市はどのような産業構造を持つまちか」を教えてください。

松林さん:五島市は古くから水産業や農業といった一次産業が盛んな地域です。漁業では多様な魚種が水揚げされ、農業では肉牛などの畜産が行われています。一次産業を基盤に、水産加工業や食品製造業など、一次産業から派生した業態も一定数存在しています。

石塚:製造業や工業のイメージはあまり強くない印象がありますが、実際はいかがですか。

松林さん:確かに一次産業のイメージが強いまちですが、製造業も存在しています。誘致企業の中には、うどんの製造販売業や、すり身・かまぼこなど水産加工品の製造業もあります。数としては都市部ほど多くありませんが、一次産業と連動した製造業が地域経済を支えています。

石塚:離島という立地は、企業誘致の観点からは輸送コストなどの制約も大きいのではないでしょうか。

松林さん:その通りです。五島市は離島であるため、物理的な輸送コストが発生します。工場立地や物量を伴う事業にとっては、本土に比べてハードルが高い環境です。そこで私たちは、本土と大きく条件が変わらずに事業運営できる「情報通信業」を中心に企業誘致を進めています。リモートワークやバックオフィス業務など、場所にとらわれにくい業種であれば、五島市の自然環境や暮らしの魅力と両立した形で事業展開が可能だと考えています。

情報通信業の誘致と「ゆかり企業」の存在

石塚:情報通信業を中心とした企業誘致は、現在どの程度進んでいるのでしょうか。

松林さん:これまでのところ、五島市として企業誘致を行った企業は6社です。業種としては、バックオフィス業務や営業拠点、本社機能の一部を五島市に置く情報通信関連企業が多い傾向にあります。

石塚:五島市を選んだ企業は、どのような点に魅力を感じて進出しているのでしょうか。

松林さん:まず特徴的なのは、経営者の多くが五島出身、あるいは五島にゆかりのある方であるという点です。社長や会長の出身地が五島市であるケースが多く、「地元のために何かしたい」といった思いから、五島オフィスや支店を開設していただいています。

もちろん、すべてが五島出身者というわけではありません。長崎県産業振興財団が県外企業の誘致を推進する組織として機能しており、同財団と連携しながら五島市への進出を検討いただく企業もあります。五島市に縁のない企業であっても、関係者の紹介や情報提供を通じて五島のことを知り、現地視察を経て自然環境や暮らしのしやすさに魅力を感じていただくケースが出てきています。

石塚:企業側から見ると、自然環境は大きなポイントになりそうですね。

松林さん:自然環境の豊かさは重要な要素です。都市部に比べてストレスを感じにくい環境であること、仕事以外の時間にリフレッシュできる場所が身近にあることは、企業にとっても働く人にとっても魅力になっています。海でのレジャーや釣り、山歩きなど、オンとオフのバランスを取りやすい環境であることを評価する声をいただいています。

補助金制度で支える企業立地と雇用創出

石塚:企業誘致や雇用創出の面で、五島市独自の支援制度にはどのようなものがありますか。

松林さん:企業立地や雇用促進を目的とした補助制度を複数設けています。主なものは大きく2つです。

1つ目が「五島市企業立地・雇用促進補助金」です。市内に工場や事務所などを新設し、市の指定を受けた企業が対象となります。指定を受けた上で新設を行い、市内で5名以上の新規雇用を行った場合、3年間の課税免除を受けることができます。また雇用に対する補助金もあり、正規雇用者1人あたり年間50万円、非正規などの雇用に対しても25万円の補助を行う制度があります。

2つ目が「五島市雇用機会拡充支援事業」です。こちらは「有人国境離島法」に基づく事業で、市内での創業または事業拡大を行う事業者を対象としています。雇用創出が見込まれ、売上や付加価値額の増加が期待される事業を補助対象としており、創業の場合は最大450万円、事業拡大の場合は最大1,200万円を上限に、対象事業費の4分の3を補助します。対象は、設備費、建物改修費、広告宣伝費、店舗等借入費、人件費など事業展開に必要な幅広い費用です。

石塚:創業450万円、事業拡大1,200万円という規模は、事業者にとって非常に心強い支援だと感じます。制度の利用実績はいかがでしょうか。

松林さん:平成29年度から令和5年度までの7年間で、この雇用機会拡充支援事業を活用した事業は261件、創出された雇用は638名です。五島市内でこれだけの人数が新たに働く機会を得ており、制度が一定の成果を上げていると考えています。

石塚:対象業種には傾向がありますか。

松林さん:基本的に「五島市外から外貨を獲得する事業」または「五島市内で守るべき事業」が対象となります。そのため、観光業や宿泊業など、外から人とお金を呼び込む業種が多い傾向があります。一方で、情報通信関連の企業もこの制度を活用しており、設備投資が比較的小さくても、オフィス設置費用や採用費用などを補助で賄うことで、五島市に拠点を構えやすくなっています。

「暮らし」と「仕事」を両立する移住・雇用環境

石塚:企業にとっては、進出後に人材が確保できるかどうかも重要なポイントです。五島市で暮らす人たちの就労状況や就労意欲について教えてください。

松林さん:率直にお伝えすると、業種によっては人材が集まりにくい状況があります。五島市内には高校までしかなく、高校卒業後に一度本土へ出る若者が多いことも背景の一つです。令和6年度の高校卒業生は約250名ですが、そのうち就職者は約50名で、残りの約200名は進学で島外に出ていきます。さらに、約50名の就職者のうち、島内就職は34名にとどまっています。

この人数で多様な業種を支えていくには限界があるため、高校卒業後に一度島外に出た若者の「Uターン」、さらには五島市出身ではない方の移住・就職も視野に入れた人材戦略が重要だと考えています。

石塚:市として、若者の地元就職やUIターンにつなげる取り組みはありますか。

松林さん:高校生向けの「合同企業説明会」を実施しています。市内企業が参加し、約15分ずつ自社の事業内容や業務内容、求める人材像を高校生に説明する機会です。また、「企業訪問バスツアー」という取り組みも行っています。高校生が実際に企業の現場を訪問し、五島市内にどのような企業があり、どのような働き方ができるのかを体感してもらう取り組みです。

石塚:移住・定住の支援制度についても教えてください。

松林さん:移住支援としては、いくつかの代表的な制度があります。まず35歳未満の方向けに「奨学金返還助成」を行っており、年間36万円を上限に、10年間返還を支援します。若い世代にとって生活基盤を整える上で大きな支えになる制度です。

また、子育て世帯に対しては「引っ越し費用の助成」があります。40歳未満の夫婦を対象に、当該地域から五島市に移住する際の引っ越し費用を15万円まで補助します。

さらに、就職希望者向けには「就職面接旅費の助成」もあります。五島市内での就職を検討し、面接のために来島される40歳未満の方を対象に、旅費の2/3(上限6万円)を助成しています。

石塚:移住者数の推移はいかがでしょうか。

松林さん:平成30年からの7年間、連続して年間200人以上の移住者を受け入れています。行政が関与した事例のみのカウントですが、累計では1,600人を超えました。補助制度を利用していない方も含めると、実際の移住者数はさらに多いと推測されます。

石塚:暮らしの基盤となる医療や子育て、生活インフラについても教えてください。

松林さん:医療面では、五島市内に病院が4か所、診療所が37か所、歯科診療所が14か所あります。市街地の近隣には病床数264床の総合病院があり、多くの診療科に対応しています。

子育て環境では、保育所・認定こども園が整備されており、五島市内の待機児童数は0人です。生活面では、大型スーパー、ドラッグストア、ホームセンターなどがあり、日常生活に必要な物資は市内で概ね揃います。

石塚:自然を楽しむ暮らし方も特徴的ですね。

松林さん:職員の例で言うと、休日には釣りや海水浴、登山などを楽しむ人が多いです。魚介類は鮮度が高く、ブリ類やサバ、イワシ、アオリイカなど、多様な魚種が一年を通じて水揚げされています。マグロ養殖も行われており、全国へ出荷されています。農業では五島牛、食品では日本三大うどんの一つとされる「五島うどん」もあります。仕事と暮らしが同じ地域資源の上に乗っているという感覚が強いまちだと思います。

人口減少時代の戦略と、企業・人へのメッセージ

石塚:五島市全体として、現在最も大きな課題は何でしょうか。

松林さん:最も大きな課題は人口減少と少子高齢化です。現在、五島市の人口は約3万3,000人ですが、2060年の推計では約1万3,000人まで減少する見込みです。この人口規模の変化は、地域経済や行政サービスの維持に直結する問題ですので、企業誘致や移住対策に力を入れているところです。

石塚:企業誘致の担当として、特に重視している方向性はどこにありますか。

松林さん:若年層、とりわけ高校生のアンケート結果を見ると、「やりがいのある仕事をしたい」「IT関連の仕事をしたい」という意見が多く出ています。輸送コストの制約も踏まえると、情報通信業を中心に、五島市でも若者が希望を持って働ける産業を増やしていくことが重要だと考えています。

五島市出身者のUターン、五島市外からのIターン・Jターンを含め、都市圏での働き方にこだわらない企業や人と連携しながら、「離島でありながら多様な働き方ができる地域」を目指して企業誘致を進めています。

石塚:最後に、五島市への進出や移住を検討している企業・個人の方へメッセージをお願いします。

松林さん:地元・故郷を守るのは、まず地元の人だと考えています。ただし、それだけではなく、外から来てくださる企業の皆さまも重要なパートナーです。すでに進出いただいている企業は、各種イベントやボランティア活動にも積極的に参加してくださっており、地域との顔の見える関係づくりが進んでいます。

五島市は、地元の人と企業の皆さまが連携しながら、地域を守り育てていくことを大切にしているまちです。都市圏で働くことに必ずしもこだわらず、新しい働き方を模索している企業の皆さまには、ぜひ五島市を選択肢の一つとして検討していただきたいと思います。五島市は、心穏やかに仕事に向き合える場所です。皆さまのお越しを心よりお待ちしています。

編集後記

取材を通じて印象に残ったのは、「離島だからこそ選ばざるを得ない戦略」と「離島だからこそ提供できる価値」の両方を、松林さんが冷静に見据えている点でした。

輸送コストという構造的な制約を前提に、五島市は情報通信業の誘致に軸足を置いています。これは、産業ポートフォリオの重心を「モノの移動」を伴う産業から「情報のやり取り」を中心とする産業へと徐々にシフトさせる試みと捉えられます。同時に、観光業や宿泊業、水産加工業など、一次産業や地域資源と結びついた産業に対しても手厚い補助制度を設けることで、「外貨を稼ぐ産業」と「地域で暮らしを支える産業」の両輪を維持しようとしています。

もう一つの軸は、雇用と暮らしの一体的な設計です。高校生向けの合同企業説明会や企業バス、奨学金返還助成、移住者への引っ越し費用・面接旅費の助成などの施策は、単発の施策ではなく、「五島で働き、暮らす」プロセス全体を支える仕組みとして位置づけられています。年間200人以上の移住者を7年連続で受け入れているという数字は、その構造が徐々に機能し始めていることを示すものと言えるでしょう。

人口減少と少子高齢化という前提条件は厳しいものです。しかし、松林さんの語りからは、「人口を増やすこと」だけを目的化するのではなく、五島市らしい産業構造と働き方、暮らし方を丁寧に組み立てていこうとする姿勢が感じられました。離島ならではの豊かな自然環境と、情報通信技術を活用した働き方を組み合わせる試みは、他地域にとっても示唆に富むケーススタディになると感じます。

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Profile

松林 澄也

五島市
商工雇用政策課

松林 澄也

まつばやし すみや

長崎県五島市産業振興部 商工雇用政策課に所属し、企業誘致・創業支援・雇用施策を担当。家業である大工の手伝いを経て奈留町役場に入庁し、平成16年の「1市5町合併」に伴い五島市職員として勤務を続ける。医療機関での事務、健康政策課(診療所係)など、市民の生活基盤に関わる部署を経験したのち、2025年4月より企業誘致分野を担当。 離島が抱える輸送コストや人口減少といった構造的課題を踏まえ、情報通信業の誘致、雇用機会拡充支援事業(有人国境離島法)の活用、若年層の地元定着に向けた企業説明会・企業訪問バスツアーの運用、移住・定住支援制度の推進など、多角的な政策実務に携わる。自然環境と働き方を両立できる地域としての五島市の価値を磨き、企業と地域住民が協働する関係づくりに注力している。

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石塚 直樹

株式会社ウェブリカ
代表取締役

石塚 直樹

いしづか なおき

新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。
腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。

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