明和2年(1765年)から酒造りを始め250年以上の歴史を持つ笹の川酒造。しっかりと伝統を受け継ぎながら、日本酒だけにとどまらず、合成酒や甲類焼酎、乙類焼酎、ウイスキー、スピッツ、リキュールと時代に合わせてさまざまなお酒造りに取り組んでいます。2012年以降毎年のように数々の賞を受賞し、味も取り組みも高い評価を得続けている笹の川酒造の10代目蔵元山口哲蔵さんに、お酒造りへの思いや笹の川酒造の歩みについてお話を伺いました。
伝統を大切にしながら時代に合わせた酒造りを
ー250年以上の歴史を持つ御社ですが、「笹の川酒造」はどのような経緯で生まれたのでしょうか?
山口さん 酒蔵免許を宝永7年(1710年)に取得し、分家して明和2年(1765年)から酒造りを始めました。私は10代目になります。
我々の意思を活かした酒造りをしたいとの思いがあり、杜氏は唯一清酒アカデミーを卒業していた妻に5年間ほどお願いしていました。2年ほど前からは前任の杜氏である妻の先生を、杜氏として迎え入れました。妻も杜氏という役割こそ理解しているものの実際に業務を担ったことがないなかで、本格的に酒造りを知り経験もある現在の杜氏にサポートしてもらっていたんです。
ー酒蔵は伝統を重んじるイメージがありますが、笹の川酒造では新しい杜氏を迎えたり新しいお酒造りをされたりと、新しい取り組みも積極的にされている印象があります。山口様は、新しいことに取り組むことを重視されているのでしょうか?
山口さん 様々な免許を取得し始めたのは、私の祖父なんです。戦争の影響で米が不足して清酒造りが困難な状況で、理化学研究所が開発した合成清酒の製造に東北で一番に手を挙げたのが当蔵でした。合成清酒に必要なアルコールの免許を取得し、戦争中は軍に要請されてアルコールの提供も行っていました。
終戦後も米不足の状況は変わらず、清酒が製造できない状態は続いていました。そのなかで、当時アメリカの進駐軍が大勢来ていたこともあり、米兵にウイスキーを飲ませようと昭和21年(1946年)にはウィスキーの免許を取得します。
「時代に合わせて酒造りをしよう」という流れは、祖父の頃から変わっていません。何もせずにじっとしているのではなく、常に「何かしよう」というのが笹の川酒造のスタイルです。
行動力とひらめきが生んだ「瞬香秀凍」と「いち」
ー新しい取り組みを始める際は、どのようにして着想を得ているのですか?
山口さん 直感で動いています。最近の取り組みとしては、冷凍機の講習会に参加したことがきっかけで、冷凍酒の瞬香秀凍シリーズを展開することになりました。この講習会は元々飲食店向けに開催されていたものでしたが、招待されて参加したところ、冷凍機に魅力を感じて即導入を決意しました。
偶然良いタイミングでお酒に関するフロンティア補助金が国税庁から出ていたため、1週間ほどで申請書を書いて機械を導入したんです。今でこそ冷凍酒は広まっていますが、昨年の時点では当蔵を含めて3社しか冷凍酒を展開していませんでした。
実は講習会には会議を飛ばして参加したのですが、参加して良かったです。
ー素晴らしい行動力ですね。他にも、新しくお酒作りをされているのですか。
山口さん 瞬香秀凍シリーズの前に製造したのが、”福島県一辛いお酒”を謳った「いち」です。こちらはロックで展開していますが、もともとロックでの展開を想定して造ったわけではないんです。
杜氏の提案で辛い酒を造ることになったのですが、初年度は辛すぎて柔らかくするために一年間寝かせることにしました。どのように商品化するか考える中で、商工会議所が実施しているハンズオン事業に出してみたところ、デザイナーさんから「このお酒はロックにするとすごく美味しいですよ」とアドバイスされロックでの展開を決めました。
当初は飲食店の反応は芳しくありませんでしたが、最近は面白がってみんな飲んでくれて、実際に飲むとおいしいということで人気を得ています。一般的な辛口のお酒は日本酒度が+8~10ぐらいなのですが、「いち」は20以上あります。楽しんでもらおうと思って、「いち」は突き抜けた味の日本酒にしています。
お酒を軸に、地域と連携して多彩な取り組みを展開
ー御社のホームページには「風の酒蔵」とのキャッチフレーズが記載されていましたが、どのような思いを込めてつけられたのでしょうか。
山口さん 「風」には、さまざまな意味が込められています。郡山は非常に風が強い地域ということで自然の風、それから、風通しや風土という意味もあります。
250年以上にわたって郡山で酒造りを続けていくなかで、厳しい季節、時代の風雪を乗り越えてこそ優しく、和やかな酒が生まれるということに気づきました。そして、これからもどんなに強い風にも負けないしなやかな笹のような蔵元でありたいと考えています。
ー御社は「アートを通して地域の人々が気軽に集う大きな傘のような場所を作りたい」との思いで、敷地内にさまざまなイベントができるアートスペース傘も造られているそうですね。地域との関わりは、大切にされている部分なのでしょうか。
山口さん そうですね。取り組みはいろいろとしています。アートスペース傘は現在、別の会社に貸出ており、その会社が主催して地域の方々を招きマルシェや音楽ライブなど様々なイベントを行っています。
私は観光協会の副会長も務めており、笹の川酒造としてだけでなく、個人としても様々な取り組みを行っています。最近では、外国からの観光客を誘致するために、外国人に人気の高いウイスキーを活用したインバウンドの施策を進めています。
ー地域との連携を重視しながら様々な取り組みを行っており、今後の展開も楽しみです。本日はありがとうございました。
編集後記
250年以上と非常に歴史のある酒蔵で代々受け継がれてきた酒造りに対する思いを大切にしながらも、新しいことにも積極的に取り組まれる姿勢が印象的でした。時代に合わせたお酒造りをしているということで、今後どのような商品が展開されていくのかも非常に楽しみです。食事と一緒に楽しめるようなお酒造りを基本としているそうなので、毎日の食事と共に笹の川酒造のお酒を一度味わってみてはいかがでしょうか。