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第109回

小樽で夫婦起業。57歳でシステム開発会社を立ち上げた本間真一(夢プロ)

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北海道小樽市に拠点を置く合同会社ユメプロは、2024年に誕生したシステム開発・ITコンサルティングの会社です。代表の本間信一さんは、長年システムエンジニアとして病院や企業の基幹システム運用・改善を担当してきた経験を持ち、奥様は10年以上の経験を持つリラクゼージョンサロンの施術者。異なる専門性を持つ夫婦が、小樽で地域に根ざしたサービスを展開しています。

ユメプロは、小樽市内の中小企業や個人事業主からの依頼に幅広く対応可能。業務フローの一部を改善する小規模なシステム改修から、複数のツールを連携させるDX支援まで、ニーズに合わせて柔軟に開発します。価格は数万円からと導入しやすく、必要に応じて現場訪問による直接サポートも可能です。

小樽市の企業が抱えるIT課題を“対面対応”で解決

地方都市の多くと同様に、小樽市でもITサポートを受けられる企業は限られ、外部依頼はリモート対応が主流です。しかし、現場でしか把握できない課題や運用上の不便は、オンラインだけでは解決が難しい場合があります。

ユメプロでは、小樽市内・後志エリアの企業や団体に直接訪問し、現場の状況を把握した上で、最適なシステム改善案を提案します。特に介護事業所・観光関連事業・製造業では、既存システムの使い勝手向上や、業務効率化のためのカスタマイズ需要が高まっています。

小樽から全国へ——地域と共に成長するIT企業

社名の「ユメプロ」は、「夢を叶えるプロジェクト」の略。まずは夫婦の夢から始まり、やがて地域の夢、そして顧客の夢を一緒に実現していくことを目指しています。小樽市は若者の流出が課題ですが、本間さんは「新しい仕事が生まれれば地元に戻る人も増える」と考えています。

システム開発やIT導入に関して、小樽市周辺で直接相談できる会社は貴重です。「小樽でITのことならユメプロへ」——その存在を広め、地域に新しい可能性を生み出すことが私たちの目標です。

業務改善・システム改修・DX支援まで、小さなお困りごとからお気軽にご相談ください。

ユメプロの公式HPはこちら

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合同会社夢プロとは──小樽の夫婦2人の会社

合同会社夢プロは、北海道小樽市にある夫婦2人で運営する会社です。設立は2024年、本格的な事業展開は翌年4月から始まりました。

役割ははっきり分かれています。代表社員の本間真一さんがシステム開発とITコンサルティングを担当し、奥様がボディケア・揉みほぐしのサロンを運営しています。

本間さんは取材時点で57歳。設立のきっかけも、その年齢と無関係ではありませんでした。

「そのまま定年を迎えたら、どうなるか」

独立を選んだ理由を、本間さんは率直に語ります。もともと組織に馴染めないタイプで、割と自由にやりたい。前職では病院に勤めていましたが、やりたいことができる部分とできない部分があった。

そこで考えたのが、この先のことでした。このまま定年を迎えたら、どうなるか。それなら早く会社を立ち上げ、自分たちの事業を続けられる形を取ったほうが、将来的には面白いのではないか。

ちょうど奥様が揉みほぐしの仕事を10年ほど続けており、将来独立したいと話していました。年齢も還暦が近い。だったら二人で会社を立ち上げて、自分たちの夢をまず叶えるところからやっていこう――そうして夢プロが生まれます。

病院での役割は「システムの駆け込み寺」

前職の病院で、本間さんはシステムエンジニアとして働いていました。ただし、その立ち位置が独特でした。

業務に関わる大きな基幹システムは入っています。しかし、そこで面倒を見切れない部分が必ず出てくる。「こんなものが欲しい」「ここが使いづらい」――そうした相談を各部署から受け、解決していく役割でした。

基幹システムそのものはカスタマイズできません。そこでデータをうまく出し入れしたり、独自にツールを作ったりして応えていく。本間さん自身の言葉を借りれば「システムの駆け込み寺」。だから各部署の人たちと仲良くしていた、といいます。

ファイターズを追いかけて、北海道へ

本間さんが小樽にいる経緯が、また変わっています。

大学卒業後に入ったのは、大型コンピューターを扱うシステム開発会社。しかしもともとパソコンが好きでこの仕事を選んだのに、なかなかパソコンの仕事ができません。7年勤めたところで、当時流行していたオープンシステム(クライアントサーバー型)を扱う会社へ、埼玉に引っ越して転職します。2年勤めた後はフリーランスに。

ここからが転機でした。本間さんは小学生の頃から日本ハムファイターズのファン。当時のフランチャイズは東京だったため、埼玉にいることをいいことに球場通いをしていました。

ところが突然、球団が札幌に移転するという話になります。客先は埼玉。どうしようかと考えた末――リモートでできる環境を作ってから、札幌に引っ越しました。

いまでこそ当たり前のリモートワークを、球団を追いかけるために自分で整えたわけです。

リーマンショック、そして50歳での再就職

札幌に移ってしばらくすると、リーマンショックが起きます。大きな取引先2社の仕事がどちらもなくなってしまいました。

やむを得ず塾の講師のアルバイトを始めますが、そこも2年で終了。いよいよ仕事がなくなったとき、親に「戻ってこい」と言われて小樽へ戻ります。

しかし小樽にシステムの仕事はありませんでした。職探しの末に見つけたのは家庭教師の派遣の仕事。それもしばらくして終わります。

そんな折、前職となる病院でSEの募集を見つけ、応募したところ採用されました。当時50歳。「ラッキーなことに」と本人は語り、いまも感謝しているといいます。

「小回りが効いて、機動力のある会社」という立ち位置

いま本間さんが提供しているのは、その積み重ねそのものです。

長年にわたり、クライアントサーバー型のシステムからパソコン1台だけで動くものまで、顧客の要望に応じて何でも作ってきた。最近はWebにも力を入れ、PHPを使ってWebシステムやアプリも手がけています。

小樽に同業がいないわけではありません。ただ「あるらしいが、数はない」というのが本間さんの認識です。そして数以上に大きいのが、小回りが効いて機動力のある仕事をしてくれる会社がそもそも少ないという点。「このシステムなら触れるけれど、それは触ったことがないのでできません」という話は、よくあることです。

営業はこれから。交流会に参加しながら、少しずつ知り合いを増やしている段階だといいます。そして本間さんはこう付け加えました。開発はリモートでもできるので、小樽市外でも構わない。「ちょっと小さいけれど、こんなシステムが欲しい。でも市販のものは高い」――そういう相談があれば、ぜひ声をかけてほしい、と。

球団を追いかけてリモートを整え、50歳で再就職し、57歳で夫婦の会社を立ち上げる。キャリアの終盤にこそ選択肢がある、という一つの形でした。

※本記事は、ラジオ番組でお話しいただいた内容をShikisai編集部が記事としてまとめたものです。発言は趣旨を損なわない範囲で整理しています。年齢・時期は収録時点のものです。

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Profile

本間 真一

合同会社ユメプロ
代表

本間 真一

ほんま しんいち

長年にわたりシステムエンジニアとして活躍し、会社員やフリーランスとして幅広いプロジェクトに携わってきました。2024年4月には、妻と共にユメプロを設立。自身はシステム開発やITコンサルティングを担い、奥様はボディケアサロンを運営するなど、夫婦それぞれの強みを活かしたユニークな事業展開を行っています。
拠点を構える北海道・小樽から、地域に密着した活動を進めながら、ITの力と癒しのサービスを融合させ、人々の暮らしをより豊かにすることを目指しています。

公式サイトはこちら
石塚 直樹

株式会社ウェブリカ
代表取締役

石塚 直樹

いしづか なおき

新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。

記事:「Shikisai」立ち上げの背景とは?株式会社ウェブリカ・石塚直樹が語る地域企業活性化のビジョン

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