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介護の「接遇十一箇条」とは。兵庫・加古川のデイサービスセンターうららか代表に聞く尊厳を守る型

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介護福祉の現場を変えるべく立ち上がった住所和彦。23歳までフリーターだった彼が、介護の道へ進み、現場での理想と現実のギャップを経験。その後、自らの会社を設立し「接遇11ヶ条」を掲げ、外国人介護士の教育・サポートにも注力。介護福祉業界の未来を切り開く想いと戦略を語る!

【株式会社デイサービスセンターうららかのHP】

https://uraraka-fukushi.com

【外事部株式会社のHP】

住所和彦さんと、2つの会社

まず、お名前から。住所(すみしょ)和彦さん――「住む所」と書いて住所です。

ご本人いわく「アドレスなんですよ」。書類で住所欄と名前欄を取り違えられることは、ずっとあるそうです。兵庫県赤穂の出身で、そちらに数世帯あるといいます。由来は「誰にでも住む所は必要だ」ということらしい、と。

住所さんは、兵庫県加古川市に本社を置く2社の代表取締役です。

1社目は株式会社デイサービスセンターうららか。総合福祉事業として、障害のある方や高齢の方――誰かのサポートがないと生活できない方を全面的にサポートする会社です。高齢者福祉では通所サービスや在宅ケア、障害者支援では就労支援サービス。事業所はデイサービス3店舗、訪問看護がサテライトを含めて2店舗、就労支援が施設外就労を含めて2店舗。起業から丸15年が過ぎ、16年目に入ろうとしています。

2社目は外事部株式会社。名前の由来がそのまま事業内容です。

「外国人専門の人事部」を略して、外事部。

就職氷河期、23歳までのフリーター

住所さんは昭和53年生まれ。高校は普通科を出ましたが、就職氷河期の真っ只中で就職が決まりませんでした。大学にも進学できず、23歳までフリーターとして過ごします。

当時の心境を、住所さんはこう振り返ります。

みんなが大学生活を楽しんでいるのを横目に、「こんなもんじゃないんだけどな」と思う。どこかで自分を諦めながら、同時に奮い立たせながら過ごす。けれど何をしていいか分からない。そんなヤキモキした数年間でした。

転機は、看護師として働くお姉さんの姿でした。人に携わる仕事に就きたい。冗談半分で「看護師を目指してみようかな」と言ってみたところ、「今からはなかなか難しいよ」と返され、代わりに提案されたのが介護でした。

学校を卒業すると同時に国家試験も取れる。そして家族からのこの一言。

「あなたは自分よりも人のことを考えるということについては、昔から向いてると思ってたよ」

23歳から専門学校へ。25歳で卒業し、実家から自転車で5分ほどの老人ホームに就職しました。

「楽しくなかったですよね」――理想と現実のギャップ

初めての介護施設は楽しかったですか、と問われた住所さんの答えは率直でした。

「楽しくなかったですよね」

学校で学び、理想に掲げていたのは「ご利用者様のためにこんなことをしたい、あんなことをしたい」をチームで取り組むことでした。キラキラした気持ちで臨んだ現場の実態は、しかし業務をこなすことだった。

それは仕方のないことでもある。ただ、業務の流れに沿ってお客様の時間が流れている――そこに虚しさ、寂しさを感じたといいます。

住所さんが挙げた具体例は、介護現場を知らない人にも想像がつくものでした。

業務を時間内に終わらせるには、ある程度お客様に協力してもらう必要がある。ところがご病気や特別な理由で、こちらの言わんとすることが伝わらないことはたくさんある。そういうときに「何回も言ったやろ」「座っといて」「もう食べたやん」という言葉が出てしまう。夜勤中、ご利用者様が詰所に「今、何時やったかな」と聞きに来ると、「何回言うたらあかんの」となる。

理想と現実のギャップから、だんだん楽しくなくなっていった。

そこで住所さんはユニット改革のリーダーを任され、旗を立てます。ご家族が「両親を預けて良かった」と思えるサービスに辿り着くには、根本から変えないといけない――そう大きな声で言いたかった。

しかし、うまくまとめきれませんでした。在籍は3年

「ちょっと格好悪く言うと、やっぱり心が折れちゃったんですよね」

「独立しかないんじゃないか」

辞めるとき、老人ホームの看護師からこう言われたそうです。

一人でここを変えていくというのは、住所さんの思いはあまりにも理想が強すぎるから、やっぱり独立しかないんじゃないか。

その後、父親の紹介で別の仕事に就きます。そして祖父が亡くなるタイミングで、改めて自分がどうしていきたいかを考えました。

「お客様に対してこうあるべきだ」と大きな声で言いたいなら、ある程度の立場が必要だ30歳のとき、一念発起して起業します。

なお、きっかけをくれたお姉さんは現在、同社で訪問看護事業部のマネージャーを務めています。役員ではありません。ここには「住所家のルール」があるといいます。

身内を上に上げて自分の近くに置くと、他の人がこの会社の中で頑張りたいと思える気持ちが伸びなくなる。

父親も経営をしていたところから来ている考え方だそうです。

「接遇十一箇条」――誰でも明日から、のための型

同社の名刺の一番上に掲げられているのが「接遇十一箇条」です。この回でいちばん具体的だったのが、この話でした。

番組内で読み上げられた項目には、たとえばこんなものがあります。

  • 前に出てお声掛けをする
  • お客様の体に触れたり近づくときは、必ず承諾を得る
  • 動作の前に、意思の確認をする
  • 綺麗な言葉遣いを使う
  • 「言う」のではなく、表現して伝える
  • 一つの動作に対して、二回お声掛けをする
  • 最深礼
  • なぜ11個の「型」にしたのか。理由は、この仕事の入口を広げるためでした。

    住所さんいわく、この仕事の素晴らしいところは誰でもやろうと思えば明日からできるところにある。もちろん難しい介護技術が必要な場面もある。けれどお客様と関わる部分については、未経験の方でも入っていける。

    とはいえ「高齢者の方には接したことがないんだよな」という不安はある。自分の父母のことでもあるし、これから自分が行く道でもあるから興味はある――そういう人に対して、どうすればお客様とうまくコミュニケーションが取れるかを11個の型にした

    そしてその11個を通せば、目の前の方の尊厳を守り、主体性を発揮できるところに繋がる。それがお客様の喜びになり、働く側の「この仕事をやっていて良かった」にフィードバックされていく。

    住所さんは、これを「教科書」とも呼んでいました。対面の仕事だから、思いとは違う方向に行ってしまうことはある。そんなときに「一体何を基本に、私は介護という仕事をしていったらいいのか」と立ち戻るためのもの。個人の価値観は否定できないけれど、拠って立つ理念は要る、という考え方です。

    十一条目「最深礼」は、なぜ最後にあるのか

    最後の11条目は「最深礼(さいしんれい)」――造語です。深々とお辞儀をする、という意味。

    理由は2つありました。

    1つは「終わり良ければすべてよし」。何回もペコペコ挨拶をするよりも、目に見える効果が高い。今日一日いろいろあったとしても、ああやって最後に見送ってもらえた。家に帰ってから「おじいちゃん、どうやった?」と聞かれたときに「しっかり見送りしてくれたよ」と言える。それが「また明日も行くわ」という気持ちのきっかけになる。

    もう1つは一期一会です。ここは住所さんの言葉をそのまま置きます。

    元気なお姿で帰られたとしても、家の中で何かがあって、あるいはご病気で、また会えるとは限らない。また会えるかもしれないけれど、二度と会えないかもしれない。その精神を一つの動作として表現しているのが、深々としたお辞儀なのだと。

    コロナ禍で始まった、外国人材の受け入れ事業

    もう一方の外事部株式会社は、コロナ禍がきっかけでした。

    外国人に特化した人材紹介・派遣を行う会社が、パンデミックで入国できなくなり弱体化していた。いつ開くか分からないコロナを待てない――そんな会社の相談を、父親の紹介で受けたのが始まりです。その会社の社長と意気投合し、住所さんがトップに立って再建に乗り出しました。

    やろうとしているのは、人材を輩出することだけではありません。教育、そしてその人一人の人生を本当に大事にしていけるようにすること

    初めて外国人を受け入れる、あるいはどう受け入れていいか分からない――そんなときに「その会社の専門の人事部となる」のが外事部の役割です。受け入れる企業にも、来られる外国人の方にも、入国前から教育していく。

    現在の中心はベトナム。住所さんの評価は明快でした。真面目。そして圧倒的に優しい。ハートフルなところが、介護や医療の業界にマッチしていると感じているそうです。

    そしてこの事業の本当の目的は、日本で働いてもらうことだけではないといいます。

    技術を携えて母国に帰ったときに、そういう施設で働いてみたいと思える人を送り出し、つくっていくこと。

    「大きな施設をいっぱい」から、古民家再生へ

    今後の目標を尋ねると、住所さんはまず過去の野望を語りました。

    コロナが来るまでは、大きな施設をいっぱい作ろうと思っていた。期待もされていた。

    それが変わります。地域の課題や高齢化社会の課題に目を向けたとき、尊厳を守り主体性を発揮できる形とは何か――たどり着いたのは「最後まで地域で暮らし続け、家に住み続けることができる」ことでした。

    病院も施設もとてもいい。ただ一方で、パンデミックの影響で最後まで面会ができなかった、思うようにおじいちゃんおばあちゃんに会えないという状況が続いてもいる。

    そこで今取り組んでいるのが、古民家を再生利用した住宅型の老人ホームです。すでに建設に乗り出している最中だといいます。

    規模は4〜5人という小さなコミュニティ。同じご病気の方、同じような地域の取り組みに賛同してくれる方と一緒に、最後まで接遇十一箇条を励行しながらその人らしく過ごしてもらう。

    発想の根っこにあるのは、通所事業を通じて考えてきたことでした。

    施設の中だけじゃなくて、太陽の光を浴びて、風の匂いを感じて、最後までその人らしく過ごしてもらう。それには小さなコミュニティでも十分に要件は満たされるのではないか。どうせなら、あるものを使ったほうがいい――そこから古民家再生というキーワードが出てきました。

    地域に、明かりを灯し続ける

    なぜ加古川という地域に特化するのか。その答えが、この会社の姿勢をよく表していました。

    震災のときにもあったように、何か困ったときに「あそこに明かりがついている」という安心感。地域の中にあの会社があるから大丈夫だ、と思ってもらえること。

    駆け込み寺のように、どんな小さなことでも頼っていただける。その明かりを灯し続けたい。

    だから、どうせやるなら地域密着でやろう、と。

    最後に、この業界で働く人へのメッセージを求められて、住所さんはこう話しました。辛いことはたくさんあると思うけれど、共感・賛同してくれる方がいれば、小さな小さな声でいいから、楽しみや意義、やりがいを伝えていきたい。そして皆さんの心の声も聞かせてほしい――と。

    ※本記事は、ラジオ番組でお話しいただいた内容をShikisai編集部が記事としてまとめたものです。発言は趣旨を損なわない範囲で整理しています。「接遇十一箇条」は番組内で紹介された項目の一部を掲載しています。数値・進捗は収録時点のものです。

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ご紹介

Profile

住所 和彦

株式会社デイサービスセンターうららか 外事部株式会社
代表取締役

住所 和彦

じゅうしょ かずひこ

特別養護老人ホームでマネージャー業務を2年勤めた後に、2010年株式会社デイサービスセンターうららかを創業し、同年、高齢者通所事業を開設。また地域密着運営を理念に障がい者福祉事業グループホーム、計画相談、就労支援、訪問看護事業を展開し、現在訪問看護事業は県下において民間単独では最大規模のステーションを運営する。 経営では高齢者福祉事業のFCを視野に管理会計を導入し、ロジカル経営でコロナ禍においても売り上げを伸ばし続けている。 運営においては福祉業界では稀となる脱属人化を掲げ、業務を全てマニュアル化した業務マニュアル、評価制度、識学を導入しロジカル運営で離職率軽減に成功した。 また、2024年には自社で開発した接遇マニュアルの著書「接遇11ヶ条」が出版となり、高齢者の尊厳を守り主体性を発揮できるケアを型化した接遇11ヶ条導入支援に向けたコンサル事業の外販を全国で本格化する。 2021年には自社で外国人を2名採用して両者とも半年後に帰国するといった事例をバネに、「日本で働くことを幸せに」をテーマに2023年外国人と日本企業の間にミスマッチが起こらない仕組みづくりを本格化させ、多くの企業様に教育システムやサポートプログラムを提供したいという考えから外事部の創設に至った。

きたおか まお

きたおか まお

【司会】・横浜八景島シーパラダイスイルカショー・日本商工会議所青年部開業ブロック大会式典・小田急相模大野ステーションスクエアクリスマスツリー点灯式・小田急相模原駅北口おださがロードフェスタ・藤沢医療医師会乳がん検診啓発セミナー・鎌倉パークホテルディナーショー・三笠会館クリスマスディナーショー、等【トークショー】タレント、政治家、アイドルの方など、多数【ラジオ】・77.7MHz FMやまと「夕映えサンセット」【テレビ】・大阪読売テレビ、ショップチャンネル、QVC の通販番組、等【インターネットTV】・Ustream、ニコニコ生放送、等【ナレーション】・鎌倉リハビリテーション 聖テレジア病院、等

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