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【愛媛・松山】塗装工事で失敗しないために― “本当に信頼できる業者”を見極める条件とは/株式会社匠PAINT・西市 匠

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「最後に死ぬとき、匠がいたから今の自分がある──そう思ってもらえる生き方をしたい」。
愛媛県を拠点に外壁塗装・屋根リフォームを手掛ける 株式会社 匠PAINT の代表取締役、西市 匠 さんは、静かにこう語ります。
16歳で塗装業界に飛び込み、親方のもとで技術を磨きながら仲間をまとめ、18歳で独立を選び、挫折や喪失を経験しながらも再び原点となる“塗装”に立ち戻った。その歩みは直線的ではなく、現場と人間関係のなかで揺れ、迷い、考え抜いた結果として現在の経営観へとつながっています。

匠PAINTでは、寸法のエビデンス化、現場カメラの導入、施工範囲の全保証など、「不安をなくす仕組みづくり」を徹底しています。リフォーム業界の“不透明さ”を構造的に解消し、顧客との信頼を積み上げる姿勢は、まさに西市さん自身の人生観の延長線上にあります。
本記事では、西市さんが15年以上の経験を通じてどのように現在の塗装技術・経営哲学を築いたのか、その全体像を6つの章で紐解きます。

今回は石塚直樹がナビゲーターとなり、株式会社 匠PAINT 代表取締役・西市 匠さんのキャリア、事業の基盤となる考え方、そして施工品質と顧客信頼を成立させる独自の仕組みについて伺いました。

職人としての原点──16歳で選んだ道

石塚:
西市さんが塗装業界へ入られたのは16歳だと伺いました。どのようなきっかけだったのでしょうか。

西市さん:
当時は塗装に強い興味があったわけではなく、とにかく「働いて稼ぎたい」という気持ちでした。自分の力で欲しいものを買ったり、誰かにプレゼントしたりしたくて、学校より仕事を優先する道を選びました。

石塚:
しかし通信制高校には通っていたと。

西市さん:
父が自分のために学校を探してくれたんです。いつも仕事ばかりの父が時間を割いてくれたことが嬉しく、感謝の気持ちもあって通信制高校へ通いながら働き始めました。

石塚:
16歳で仕事を探すのは簡単ではなさそうですが、実際どうでしたか?

西市さん:
電話帳の上から順に電話をかけました。基準は「給料が良いこと」。仕事内容にはこだわりませんでした。その中で友人の父が会社をしていると聞き、会いに行って、そのまま働き始めたのが最初です。

石塚:
なるほど。それはすごいですね。そこから本格的に塗装の仕事へ?

西市さん:
はい。親方のもとで技術を学び、外壁・屋根など一通りできるようになるまでに2〜3年かかりました。また、親方から若手の採用や育成を任され、16歳にして“社内起業”のような経験もさせてもらいました。今思うと、3人の仲間と共に現場で技術を高める充実した日々でしたね。

独立を決断した理由──「仲間を裏切れない」覚悟

石塚:
その後、西市さんは独立を決断されたと思いますが、その背景には何があったのでしょうか?

西市さん:
当時、親方のもとで給与の遅れが続き、自分が連れてきた仲間にも影響が出ていました。「ついてきてくれた人を裏切りたくない」という思いがあり、親方へ感謝を伝えた上で離れる決断をしました。

石塚:
若くして大きな決断でしたね。

西市さん:
そうですね。
独立後は18〜19歳という年齢もあり、信用されず電話も取り合ってもらえないことも多くありました。それでも、造船所・住友化学・住友重機の現場など新しい領域へ挑戦しながら経験を重ねました。

石塚:
その頃、西市さんの下に従業員の方はいらっしゃったのですか?

西市さん:
7人ほどの仲間をまとめていましたが、年上の先輩も多く、マネジメントの難しさを痛感しました。若さゆえの葛藤も多かった時期でしたね。

大切な人を探し続けた3年間──喪失がもたらした視点

石塚:
19歳の頃、大きな出来事があったと伺いました。

西市さん:
はい。昔お付き合いしていた方が大阪で看護学校に通っていると聞いていて、「迎えに行けるくらいの自分になりたい」と思いながら3年間頑張っていました。19歳のとき、稼げるようになったこともあり、仲間と一緒に大阪まで探しに行きました。しかし、住所も分からず、友人の協力を得ても見つけることができませんでした。

石塚:
その後、どのようにして相手を見つけたのでしょうか。

西市さん:
当時は、看護学校のサークルや看護師向けの情報サービスがいくつかあったので、「もしかしたら登録しているかもしれない」と思って関連するサイトを開いてみたんです。すると、偶然プロフィールが見つかりました。
そのときには名字が変わっていて、お子さんもいる状況でした。胸に残っていた3年間の思いを考えると、正直、とてもショックでしたね。

石塚:
精神的にも大きく揺れた時期だったと思います。

西市さん:
はい。迎えに行くことを励みにしていた部分が大きかったので、その支えがなくなった瞬間、少し燃え尽きたような感覚でした。その影響もあって、当時一緒に働いていた7人の仲間が辞めていくタイミングと重なり、自分自身のやる気も落ちてしまいました。

その後は、車屋さんに入り浸ったり、別の業界で働いたりしながら、しばらく塗装から離れる時期がありました。パソコン修理会社で基板の修理やキッティング作業など、全く別の仕事にも挑戦し、怒られながらも多くを学んだ2年間でした。

もう一度、自分の原点へ──“塗装で勝負する”決断

石塚:
その後、東京でも働かれたと伺いました。

西市さん:
23歳の時に代々木へ行き、夜の仕事にも挑戦しました。ただ、冷静に考えたとき「自分が胸を張ってできるのは塗装しかない」という思いが強くなり、原点に戻ることを決めました。

石塚:
そして愛媛へ戻られたということですね。

西市さん:
はい。都会ではなく、地元で勝負すると決めました。人脈もあり、自分が最も力を発揮できる場所だと感じたからです。再スタートして3年ほどで、従業員も5〜6人に戻りました。

選ばれる理由──“不を解消する仕組み”というサービス哲学

石塚:
匠PAINTのサービスでは、顧客の”不”を解消する仕組みに力を入れていると伺いました。

西市さん:
そうですね。リフォームは頻繁に経験するものではなく、金額も不透明で比較も難しい。
だからこそ「不安をなくす仕組み」が重要だと考えています。

石塚:
具体的にはどのような取り組みですか。

西市さん:
寸法計測は縦横を測り、そのまま写真に記載して提案書に添付します。曖昧な説明は避け、すべてエビデンスで示します。また、建築の“設計単価”を提示し、金額の妥当性を透明化するようにしています。

石塚:
なるほど。他には何かありますか?

西市さん:
現場カメラです。屋根など見えない場所の作業も、お客様がスマホで見られる仕組みを整えています。
ここまで公開している業者は少ないと思います。

石塚:
保証についてもこだわりがあると伺いました。

西市さん:
「施工した部分は全部保証する」という方針です。他社では一部に限定されることもありますが、私はすべて責任を持つべきだと考えているため、その方針をとっています。

現場カメラによって透明性を担保している

地道に積み上げる経営──“3方よし”の企業へ

石塚:
今後のビジョンを伺えますか。

西市さん:
建物と同じで、土台が弱いまま大きくするとすぐに崩れます。従業員・お客様・社会の“3方よし”が整った状態で少しずつ広げていくのが理想です。

石塚:
具体的にどの領域を広げたいと考えていますか。

西市さん:
土木工事やユンボ・ダンプを使う工事、公共事業にも挑戦していきたいです。

石塚:
最後に読者へひと言お願いします。

西市さん:
私は「匠がいたから今の自分がある」と思ってもらえる生き方をしたいです。そのためにも、常に自分の生き方に誇りを持てる選択を続けていきたいと思っています。

編集後記

今回の企画を通じて印象的だったのは、西市 匠さんの語る言葉が“経験論”ではなく“構造論”として成立している点である。挫折や喪失、組織運営の苦しさなど、現場で積み上げた体験が単なるエピソードに終わらず、現在の経営や顧客対応の“原理”として結晶している。

特に顧客の”不”を解消するための仕組みづくりは、職人気質の「丁寧さ」ではなく、誠実さを組織化した“システム”に近い。寸法の可視化、設計単価の提示、現場カメラ、施工範囲の全保証──これらは全て、リフォーム業界に内在する不透明性を構造的に取り除くための装置である。

また、急成長ではなく「地盤を固める」ことを優先する姿勢には、建築と経営の本質的な共通点が見える。土台を整えなければ建物が倒れるように、事業もまた原理が整わなければ持続しない。西市さんの言う“3方よし”は、一見すると古風な言葉だが、その実態は非常に合理的で普遍的だ。

15年以上のキャリアを経て紡がれた価値観は、静かで温かく、それでいて揺るぎない芯を持つ。
匠PAINTの仕事が“信頼”を生む理由は、まさにその構造にあると感じた。

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Profile

西市 匠

株式会社 匠PAINT
代表取締役

西市 匠

にしいち たくみ

Instagram X(旧:Twitter) Youtube

愛媛県を拠点に外壁塗装・屋根リフォームを手掛ける 株式会社 匠PAINT 代表取締役。
16歳で塗装の世界に入り、現場での技術習得と同時に若手の採用・育成も任され、10代でチーム管理を経験。18歳で独立した後、塗装以外の業界でも基板修理・キッティング作業など多様な職務を経験し、再び塗装業へ戻る。
“顧客の不安をなくす仕組みづくり”を重視し、寸法計測の可視化、現場カメラの導入、施工範囲の全保証など、透明性の高いサービスを構築。
外壁・屋根リフォームの不透明さを構造的に解消する取り組みは地域で強い信頼を得ている。信念は「匠がいたから今の自分があると思ってもらえる生き方をする」。

公式サイトはこちら お問い合わせはこちら
石塚 直樹

株式会社ウェブリカ
代表取締役

石塚 直樹

いしづか なおき

新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。
腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。

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