淡路島で寿司店「寿司一(すしいち)」を営む岩井文吾さん。幼少期から料理人である父の姿を見て育ち、一度はお笑い芸人の道を考えたこともありましたが、親の反対を受けて料理の専門学校へ進学しました。京都での下積みを経て、実家の寿司一に戻り父から寿司を学びました。現在は淡路島の豊かな食材を活かし、地域の人々に愛される寿司店を営んでいます。本記事では、岩井さんの歩みと淡路島の魅力、そして今後への想いについてお話を伺いました。
今回は早川千鶴がナビゲーターとなり、寿司一・岩井文吾さんのキャリアや想いについて伺いました。
目次
寿司職人の父の背中を見て育つ
早川:まずは自己紹介とお店の紹介をお願いします。
岩井:淡路島で寿司店・和食を営んでおります寿司一の岩井文吾です。よろしくお願いします。
早川:料理の道に進もうと思ったきっかけは?
岩井:小さい時から親父の背中を見て育ちました。包丁を持って魚をさばく姿がかっこよくて、料理人の道へ進もうと思いました。
早川:お父様も料理人なんですね。
岩井:そうです。親父は寿司をやっていました。
お笑い芸人を志した高校時代
早川:小さい頃から料理人になる夢は変わらなかった?
岩井:中学まではそうでしたが、高校からはお笑いの道に行こうかなと思いました。吉本に行こうと思ったんですが、親に反対されました。それで料理の専門学校に行くことになりました。
早川:芸人を目指していたんですね。
岩井:お笑いが好きですが自分は話が得意ではなかったので、芸人になれば話が上手くなるかなと思ったんです。でも反対されて料理の道に進みました。
京都での下積み修業
早川:専門学校を卒業してからは?
岩井:京都の日本料理の店に就職しました。3年から4年ほど下積みをしました。皿洗いや雑用が多く、包丁を握らせてもらえるのは最後の方でした。3年半ぐらい経ってようやく少し包丁を使わせてもらいました。
早川:最初は大変でしたか?
岩井:大変でした。盛り付けや魚をさばくこともありましたが、ほとんどは雑用でした。先輩の料理を見て学びました。
寿司一で父から学んだこと
早川:お父様のお店で学ばれたんですか?
岩井:親父の店では学ばず、修業を終えてから帰って寿司を教えてもらいました。材料が少ない中で、どう工夫して美味しく作り、お客さんに喜んでもらえるかを学びました。経営者としての視点もそこで学びました。
淡路島の食材とお店のこだわり
早川:淡路島でお寿司をする魅力は?
岩井:食材が豊富なことです。お米、魚、肉、野菜。淡路島は日本でも一番だと思います。特にお米は相原米や光などブランドがあって美味しいです。魚も春は鯛、夏はアジなど、季節ごとに旬が取れます。メインは淡路島の食材を使っています。
早川:島の魅力はなんでしょうか?
岩井:自然が豊かで、人も温かいです。観光客や移住者も増えています。古民家に住んで商売を始める人も多いです。
早川:お店のお客さんは?
岩井:地域密着型で、地元の常連さんが多いです。40代、50代以上の方が中心です。食事をしながら皆で話をしています。
早川:経営で心がけていることは?
岩井:お客さんと謙虚に付き合うことです。コミュニケーションは多くはとりませんが、個室やテーブル席でおもてなしを大事にしています。
課題とこれからの展望
早川:今後の課題は?
岩井:魚が年々減って値段も上がっています。気候変動で野菜も取りにくくなっています。人口も年々減っていきます。
早川:それに対しての考えは?
岩井:一人では解決できないですが、県や国に期待しています。店を盛り上げることは島を盛り上げることと繋がると思います。島全体で盛り上がれば人口や観光客も増えていくと思います。
早川:最後に一言お願いします。
岩井:ぜひ淡路島に来てください。自然豊かで、食材も豊富です。寿司一でお寿司を食べてもらえたら嬉しいです。
編集後記
岩井さんは父の姿に憧れながらも一度は芸人を志し、親の反対で料理の道に進みました。京都での厳しい下積みを経て、実家に戻って寿司を学び、淡路島の食材と向き合っています。インタビューを通して印象的だったのは「島を盛り上げたい」という言葉でした。魚の減少や人口減少という課題を正直に語りつつ、それでも店を続け、島全体を盛り上げたいという強い思いを感じました。寿司一は地域の常連に支えられ、観光客や移住者も交えた交流の場になっています。淡路島を訪れる際には岩井さんの寿司を通して島の魅力を体験してほしいと思います。
淡路島の「寿司一」と、店主・岩井文吾さん
兵庫県・淡路島で寿司と和食の店「寿司一」を営むのが、店主の岩井文吾さんです。
父親も寿司職人でしたが、専門は和食や懐石料理の担当だったといいます。岩井さんが料理の道を志したきっかけは、その父の背中でした。小さい頃から包丁を握り、魚を捌く姿を見て、「かっこいいな」と思ったのが始まりです。
実は、吉本に行くつもりだった
ところが、その夢はずっと一直線だったわけではありません。
中学生の頃から岩井さんが考えていたのはお笑いの道でした。高校で就職を決める段になり、吉本へ行こうと動いたといいます。
理由が少し変わっています。お笑いが好きだったことに加えて、自分があまり喋れず、話が上手ではなかったから。芸人になれば話が上手くなるのではないか――そう考えて目指したのだそうです。
しかし親に反対され、進んだのは調理の専門学校でした。そこから改めて料理の道を目指すことになります。
包丁を握らせてもらえない3年半
最初に就職した先で学びたかったのは日本料理、なかでも懐石料理でした。父の店ではなく、外で修行を始めています。
下積みは3〜4年。仕事の中身は、盛り付け、魚を捌くこと、そして雑用です。皿洗いも多く、先輩が料理をしているところを見て学ぶ日々でした。
最初は包丁を握らせてもらえません。使い方も下手だった、と岩井さんは振り返ります。先輩から認めてもらえたのは、修行の終わりのほう――3年半ほど経ってからだったそうです。
そして淡路島に戻ってから、ようやく父に寿司を学びました。懐石を修めてから寿司へ、という順番です。
父から学んだのは、技術だけではなかった
父から何を学んだか。岩井さんの答えは、料理の腕の話ではありませんでした。
いかに少ない材料で原価を抑え、いかに上手に美味しく作り、お客さんに喜んでいただくか。
料理人であると同時に経営者でもある――その両方を、父の仕事から受け取ったということです。
淡路島の食材は「日本中でも一番」
淡路島で店をやることの魅力を尋ねると、岩井さんは食材を挙げました。しかもかなり強い言い方で。
米に始まり、魚、肉、野菜。「多分、日本中でも淡路島が一番やと思います」。他の地域との違いは何かと聞けば、答えは新鮮さでした。採れたてが味わえること。
意外なこだわりが米です。淡路島にはブランド米がいくつもあり、岩井さんは「新潟県の米にも負けないくらい美味しい」と言い切ります。その淡路島の米で寿司を握っているわけです。
魚も年中通して旬があります。夏であればキス、オコゼ、アジ。春夏秋冬それぞれに旬の食材が採れる。他の地方の魚を使うこともありますが、メインはあくまで淡路島の食材です。
島の魅力と、移住してくる人たち
食材以外の島の魅力を聞くと、返ってきたのはこんな言葉でした。海と山があって自然が豊か。人も優しい人がいっぱいで、平和で豊か。
観光客も移住者も多いといいます。古民家に住んで商売を始める人も少なくない。豊かな淡路島に住みたい、という人が増えているそうです。
それでも岩井さんは「まだまだ栄えるには、もっと移住してほしい」と言います。そして自身も、他の店と一緒になって淡路島の食材を広めていきたいと語りました。
島民が集まる、地域密着の店
寿司一に来るのは、観光客より淡路島の島民が中心です。年齢層は40代、50代、60代と比較的高め。常連が多く、みんなでワイワイ話をする交流の場にもなっています。テーブル席が多い店だということも、その雰囲気に関係していそうです。
経営で心がけていることを尋ねると、岩井さんの答えは短いものでした。
お客さんと親しくなること。そして、謙虚でいること。
芸人を目指した青年が懐石を修め、父から寿司と商いを学び、いま島の食材を島の人に握っている。淡路島の一軒に、そういう筋が通っていました。
※本記事は、ラジオ番組でお話しいただいた内容をShikisai編集部が記事としてまとめたものです。発言は趣旨を損なわない範囲で整理しています。取り扱う食材は時期によって異なります。
ご紹介
Profile
寿司一
店主
淡路島・淡路市で寿司店「寿司一(すしいち)」を営む料理人。
寿司職人である父の背中を見て育ち、料理の道を志す。懐石料理の世界で3年半の下積み修業を積み、盛り付けや魚の扱いなど日本料理の基礎を徹底的に学んだ後、父のもとで料理人として働く。
「少ない材料で最大の満足を届ける」という父からの教えを大切にし、現在は相原米や四季折々の淡路島の魚を中心に、地産地消にこだわった寿司を提供している。
地域の常連客に愛される一方で、淡路島の観光客にも食文化の魅力を発信。漁業資源の減少や人口減少といった課題に直面しながらも、「店の繁栄は地域の繁栄と比例する」との信念を持ち、島全体を盛り上げることを目指している。
埼玉県出身。早稲田大学創造理工学部に在学する現役大学生。
防災士の資格を持ち、学業と並行してメディアや地域活動の現場で活躍している。
小学館「NEWSポストセブン」の学生キャスターや、Scketto学生リポーター第5期生としての活動を通じ、若者の視点から社会や地域の魅力を発信。さらに「Miss University Saitama 2024」ではグランプリを受賞し、首都圏トレンド広報大使としても情報発信に取り組んでいる。Shibuya Cross-FMではアシスタントMCを務め、ライブ感あふれるコミュニケーション力にも定評がある。
趣味はカフェ巡りや写真撮影。人や地域との出会いを大切にし、自らの学びと経験を発信に活かしながら、社会と人をつなぐ活動を続けている。