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ドローンは資格がなくても飛ばせる。車椅子のインストラクター・株式会社KA澤田一徳さんに聞く免許の話

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澤田さんは壮絶な人生経験を経て、現在はダイビングとドローン事業を展開。事故で車椅子生活となるも、ドローンのインストラクターとして活躍し、他の車椅子ユーザーにも新たな可能性を提供しています。ぜひ最後までお聞きください!

海と空、二つの事業

澤田一徳さんが代表を務める株式会社KAは、ダイビングドローン――海と空、対照的な二つの事業を手がけています。

そして澤田さん自身は、車椅子ユーザーです。

サーフィンでは食べていけない、と18歳で考えた

始まりはサーフィンでした。18歳、就職を考える時期。しかし「サーフィンではご飯を食べていけない」。そこで「ダイビングいいな」と思ったのがきっかけです。趣味として18歳から始め、仕事としては約15年になります。

当初は他でアルバイトをしながら、趣味で潜っていました。ところが、ここで現実にぶつかります。

ダイビングは、お金のかかるスポーツだった。

18歳の澤田さんには到底続けられない。そこで選んだ手段が、常識外れでした。

ダイビングにはプロコース――取得すれば仕事ができるプロのライセンスがあります。それも高額でしたが、器材も含めて数百万円のローンを組んで一気に取得

本人いわく「金額の大きさも分かるはずもなく、とりあえずやりたいやりたいで」。そして19歳で宮古島に移住します。それが初めての沖縄でした。

大阪で始めたものの「そこではどうにもできない」ので、現地リゾートへ行って一気にやってしまおう、という判断だったといいます。

やがて、沖縄で暮らして働くのと都市部で働くのとどちらがいいかを自問し、都会を選びます。友人との関係もあり、できるなら都会でやりたい。そこから都市型のダイビングインストラクターとしてのキャリアが始まりました。

M&Aの資金繰りの最中に

都市型のダイビングスクールに就職し、関東へ行くなどしながら勤めるうち、自分で好きなことをやりたいという意識が芽生えていきます。組織である以上、意見が通る・通らないはある。いつかは自分で――そう考えて退社しました。

すぐに独立したわけではなく、ダイビングの仕事に携わりながら他の仕事もするフリーランスを約2年

そこにチャンスが来ます。神戸の創業25年の老舗ダイビングスクールのオーナーが、年齢を理由に事業を譲渡したいという話でした。

「これしかない」と飛びついた澤田さん。しかし資金繰りをしている最中に、事故に遭います。

追突事故でした。目が覚めたのは約1週間後。骨折がひどく、起きると痛みで苦しむため眠らされていたのだといいます。

そして、腰のあたりから下の血流が回らなくなり、麻痺が残りました

澤田さんが振り返る、その瞬間の状況は過酷なものです。

目が覚めて2〜3日後に「歩けません」と言われた。自分が今どこにいるのかも分からない。事故当時のことは今も覚えていない。なぜそこにいるのかも分からないまま、いきなり歩けないと言われた。

そのときどう思ったかを尋ねられた答えが、この人を表していました。

「いやー、まあ、やってしまったなぐらいですよね」

もちろんすごく後悔する場合もある。けれど「言っていても仕方がない部分もありますので」と。

退院までの1年間に考えたこと

自宅に帰るまでには約1年かかりました。病院に入院できるのは基本的に半年。家に帰るにも車椅子のためのバリアフリー工事が必要で、その間はリハビリセンターのような施設に入所します。

そこには、同じような事故で同じような症状になった方が大勢いました。その半年は復帰したときに仕事をどうしていくかを改めて考える時間になった、と澤田さんは言います。

その環境で見えたことも、率直に語られました。

全員が後天的。数か月前までは何食わぬ顔で普通に歩けていた人ばかり。それがいきなり歩けなくなるのは、やはり絶望だと思う。だから「どうでもいいや」となる方もたくさんいる

働きたい、仕事に復帰したいという人もいる。ただ選べる仕事が限られてくる。多くはオフィスワークになる。

澤田さんの場合は、そこが合いませんでした。オフィスワークをしたことがなく、「今からオフィスワークと言われても、何をしたらいいか分からないし、できる自信が正直なかった」

だったら――

自分の好きなことをやらせてもらえるなら、やってみようか。

「もったいないな」と思ったことから始まった店

入所中、ダイビングのつながりで連絡を取っていた友人――大阪のダイビングスクールに勤める後輩が、店を辞めるという話を聞きます。

「辞めてどうするの」と尋ねると、「もう何をしたらいいか分からないです」という答え。

そこで澤田さんが感じたのが、この一言でした。

「もったいないな」

自分のように歩けなければ諦めざるを得ない部分もある。けれど彼は全然できるのに。それなら何か一緒にやってみよう――そうして始まったのが、現在大阪で運営しているダイビングスクールです。そのときの後輩が、今は店長を務めています。

澤田さん自身の立ち位置は明確でした。「僕は車椅子なので現場には立てない。何もできないけれど、経営者としての目線でやっていく」

それでも「現場に立ちたい」から、ドローンへ

ドローンとの出会いの動機は、はっきりしています。

現場がすごく好きだった。裏方をするよりも、現場で最前線でやりたい。

自分に何ができるかを模索し、動画編集を勉強し、カメラもいろいろ試しました。しかしどれも仕事に結びつけるのが難しい。それらをやりながら「どうやったら結びつくだろう」と考えて見つけたのがドローンでした。

現在の事業はドローンの免許を講習するインストラクター業。ここでも、また教える側に戻っています。

理由を、澤田さんはこう分析していました。業務的・ロボット的なやり方ではなく、人とコミュニケーションを取りながら仕事をするのが好きなのだと思う。だから必然的にそうなってしまう。

受講生の顔ぶれは幅広く、大きく3タイプに分かれるそうです。

  • 定年を迎えて新しい趣味として来る年配の方
  • 勤務先でドローンを使って仕事をするために免許が必要という企業勤めの方
  • 将来性を感じて、今のうちに取っておこうという方
  • 特に印象的なのは1つ目だといいます。老後の趣味としてドローンを飛ばすというのは、すごくいい。

    ドローンは、資格がなくても飛ばせる

    この回でいちばん実用的だったのが、ドローンの免許についての整理です。多くの人が漠然としか知らない部分でした。

    まず、資格の種類。2022年12月までは民間のドローン資格しかありませんでした。それ以降国家資格ができ、現状は民間資格と国家資格の2種類が存在します。

    そして、意外な事実。

    ドローン自体は、資格がなくても飛ばせる。

    ただし、別の手続きがあります。ドローンは車と同じで、機体それぞれにナンバープレートのような登録が必要で、国土交通省に申請します。

    さらに、飛ばす場所の問題。どこでも飛ばせるわけではありません。飛行機の空路やプライバシーの問題があるためです。

    そうした場所で飛ばすには国土交通省への申請が必要で、これを特定飛行といいます。ここで免許が効いてきます。

    特定飛行を申請するとき、免許を持っている場合と持っていない場合とで扱いが違ってくる。

    そしてもう一つが権威性。免許を持っていることが仕事につながる、という側面です。

    まとめると、飛ばすこと自体に資格は必要ない。ただし、特定の飛行や仕事につなげるうえで意味を持つ――というのが澤田さんの説明でした。

    「一歩外に出たら、全部ダンジョンなんですよ」

    ドローンと出会って何が変わったかを問われた澤田さんは、まず働く意味の話をしました。

    ドローンがなければ何をしたらいいか分からない。オフィスワークばかりになってしまい、給料の面でも違いが出てくるケースがある。すると「働く意味」を考えてしまう

    贅沢かもしれないけれど、と前置きしたうえでの言葉が、この回の芯でした。

    人生ってほとんど仕事なので、生きているうちにやりたいことをやれるほうが理想。

    そして、始めたことで得たものとして挙げたのは技術ではなくつながりでした。知り合いも友人も増え、経営者とのつながりも増えた。それが何より大きい、と。

    理由には、車椅子ユーザーならではの事情がありました。

    車椅子ユーザーは、引きこもりがちになってしまう。だから外に出るきっかけになることに意味がある。

    その移動のハードルを、澤田さんはこう表現しました。

    「一歩外に出たら、全部ダンジョンなんですよ」

    段差は、操作を少し間違えればつまずいて転んでしまう。坂には登れる坂と登れない坂があり、角度で難易度が決まる。歩くのと比べて格段に難しい。

    ちなみに、子どもたちの反応は違うそうです。「車椅子かっこいい」と、よく分からないことを言われる、と笑っていました。

    車椅子 × ドローン

    今後のビジョンとして澤田さんが挙げたのは、自分と同じ立場の人に届けることでした。

    車椅子でこうした事業をやっている人は少ない。だからこそ同じ車椅子ユーザーにも、仕事の一つとしてドローンを知ってほしい

    スクールに来るかどうかはひとまず置いておいて、体験だけでもやってみたら、人生が変わるかもしれない――そう広げていきたい、と。

    手元の操作でさまざまな移動のニーズを叶えられるのがドローンであり、国も推している事業なので将来性があるという見立てです。

    収録時点で、澤田さんがドローンを始めてからまだ半年も経っていませんでした(前年10月開始)。YouTubeチャンネルも動き出したばかりで、自分が話す動画を初めて投稿したのは収録の1週間ほど前「10人登録してくれたんですよ」と嬉しそうに話していたのが印象的でした。

    チャンネル名は「車椅子ドローンパイロット」です。

    ※本記事は、ラジオ番組でお話しいただいた内容をShikisai編集部が記事としてまとめたものです。発言は趣旨を損なわない範囲で整理しています。制度・数値は収録時点のものであり、ドローンの飛行に関する手続きは国土交通省の最新情報をご確認ください。

    公式サイトはこちら→https://droneacademy-osaka.com/dronetop/

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ご紹介

Profile

澤田 一徳

株式会社KA
代表

澤田 一徳

さわだ かずのり

大阪府出身。10代の頃、スキューバダイビングの虜になり、沖縄などでショップ店員としてアルバイトを始める。その後、地元の大阪で今度は正社員としてショップに入社し、夢だった独立に向けて動き出した矢先、交通事故に遭い、車椅子で生活することに。持ち前の精神力で2023年4月、大阪梅田近くにThe Dive OHANAをオープン、同年の秋にはドローンの事業も始めた。

石塚 直樹

株式会社ウェブリカ
代表取締役

石塚 直樹

いしづか なおき

新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。

記事:「Shikisai」立ち上げの背景とは?株式会社ウェブリカ・石塚直樹が語る地域企業活性化のビジョン

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