千葉県で創業100年を迎える有限会社近藤石材店。五代目代表の近藤洋(こんどう・ひろし)さんは、父の急逝をきっかけに大学卒業と同時に家業を継いだ。以来、現場と経営の両面で石と向き合い続けている。
少子高齢化や“墓じまい”の進行で需要が減少する中、同社は「きれいでお手入れがしやすいお墓づくり」という新たな方向性を打ち出した。
伝統産業の衰退が叫ばれるいま、地域の石材店がどのように変化し、未来を描こうとしているのか——。本稿では、五代目としての覚悟と、100年企業が取り組む次の一歩に迫る。
目次
創業100年、家族とともに歩んだ石屋の歴史
石塚:よろしくお願いします。まずは、近藤石材店の歴史について教えてください。
近藤:有限会社近藤石材店で代表を務めております近藤洋です。当社は「きれいでお手入れがしやすいお墓づくりの専門家」として、墓石や石材加工を行っています。創業は大正14年(1925年)で、今年でちょうど100年を迎えます。
石塚:100年とはすごい歴史ですね。創業当時はどんな経緯で始まったのでしょうか?
近藤:祖父の祖父、つまり初代が戦時中に石屋で修行したのが始まりです。もともと兄弟が多く、徴兵に行っては戻り、また働いてを繰り返す生活の中で、石工の仕事を覚えたと聞いています。当時は農業と兼業で、お墓だけでは食べていけない時代だったそうです。
石塚:まさに地域に根ざした生活産業ですね。
近藤:そうですね。時代とともに仕事の形は変わりましたが、石に向き合う姿勢は変わっていません。私で五代目になります。
父の急逝と母の継承、そして五代目としての決意
石塚:五代目を継がれるまでの経緯を教えてください。
近藤:大学では建築を学んでいました。将来は家を建てたい、建築デザインをやりたいという気持ちがありました。でも、大学3年のときに父が急逝してしまったんです。突然のことで、母が代表に就き、私は卒業後そのまま家業に入りました。
石塚:それは大きな転機でしたね。
近藤:はい。現場も経営も何も分からない状態からのスタートでした。母も現場経験がなく、手探りで代表を務めていました。そんな中で「自分が継がなければ」という気持ちが強くなりました。父の作品を見ると、石を通して仕事を学ぶことが多いです。石は何十年、時には百年以上も残る。父が残したお墓を見るたびに、そこに込められた想いを感じます。
石塚:石を通して仕事を学ぶというのは、とても象徴的ですね。
その感覚は、今の仕事の中でも意識されていますか?
近藤:そうですね。父とは一緒に現場に立つ機会はありませんでしたが、手がけたお墓を見るたびに「この加工はこうやって仕上げたのか」とか、「ここに父らしさが出ているな」と感じることがあります。
言葉で教わったわけではなく、石そのものが仕事の丁寧さや想いを伝えてくれます。
だからこそ、私も一つひとつの現場を“自分の言葉”として残せるように意識しています。
100年残るものをつくる以上、その石を見た人に「近藤が手掛けた仕事だ」とわかってもらえるような責任と誇りを持って取り組んでいます。


震災が変えたお墓づくり——耐震とデザインの革新
石塚:業界に入ってから、大きく変わったと感じた出来事はありますか?
近藤:一番大きかったのは2011年の東日本大震災です。それまで「お墓は倒れないもの」と考えられていましたが、当社だけでも300件以上、墓石が倒壊したのを修繕しました。
石塚:300件…すごい数ですね。
近藤:ええ。あの経験から、お墓の耐震性を真剣に考えるようになりました。以前はセメントで固定する方法が主流でしたが、現在は石材専用ボンドやコーキング剤を使って、耐震性を高めています。
石塚:なるほど。構造面での変化があったわけですね。
近藤:それだけでなく、デザインも変わりました。以前は背の高い「和型」が主流でしたが、今は低い「洋型」を選ばれる方が多いです。地震への安全面もあり、今では9割以上が洋型です。お墓の形も時代に合わせて変わっています。

減少する墓石業界で「きれいでお手入れしやすいお墓」を提案
石塚:最近「墓じまい」という言葉もよく聞きますが、業界としてどんな状況ですか?
近藤:お墓を新しく建てる人は減っていますね。平成の初期に多くの家庭がすでにお墓を建てており、現在はその後継管理が中心です。地方では後継者がいない、都内に引っ越して帰れない、といった理由でお墓を畳む人も増えています。
石塚:なるほど。そうなるとお仕事にも影響が出ますよね。
近藤:確かにそうです。ただ、墓じまいの理由の中には「お墓の手入れが大変だから」というものも多い。そこで当社は「きれいでお手入れがしやすいお墓づくり」を掲げています。
草が生えにくい設計にしたり、掃除がしやすいようシンプルな構造にしたり。お墓参りの負担を減らすことで、足が遠のかないお墓を提案しています。
石塚:“行きたくなるお墓”という発想ですね。
近藤:そうですね。お墓参りを「義務」ではなく、「会いに行く場所」にしてもらいたいと思っています。
ITとネット戦略で拓く、新しい石材店の姿
石塚:伝統産業の中で、DXやITも取り入れていると聞きましたが、具体的にどのような取り組みをされていますか?
近藤:はい。人数が少ない分、効率化は重要です。母の代まではホームページもありませんでしたが、昨年からネット戦略を始め、問い合わせも増えています。地元口コミ中心だった体制から、今は広く情報を届けることを意識しています。
石塚:石材業界としては珍しい取り組みですね。
近藤:そうかもしれません。でも、どんな業界も情報発信が必要な時代です。お墓を建てるタイミングは突然訪れるものですから、「信頼できる会社」を見つけてもらえるように準備しておくことが大切だと思っています。
「お墓を通して文化を守る」——次の100年への挑戦
石塚:これからの展望を教えてください。
近藤:お墓を建てる人は減るかもしれませんが、やり方次第で伸びる余地はあります。
私たちは「100年残る石製品」をつくるという誇りを持って、一件一件丁寧に仕事をしています。
お客様が亡くなっても、その家族がまたうちに頼んでくれる——そんな信頼関係を築ける会社でありたいです。
石塚:それは“お墓を超えた文化づくり”ですね。
近藤:そう思っています。お墓は、亡き人を偲ぶだけでなく、その家族の歴史をつなぐ場所。
墓じまいが進む中でも、日本人の「祈りの文化」は残していきたいです。
だからこそ、「お墓参りに行きたくなる」ような石づくりを、これからも続けていきたいと思います。
編集後記
石は無言ですが、その仕上げや配置の一つひとつに職人の判断が宿ります。近藤さんはそれを「石で教えられる」と表現しました。父の手掛けた墓石を見て学び、自らの手で次の世代に引き継ぐ。その姿は、ものづくりの本質そのものだと感じます。
100年を超える歴史を持つ近藤石材店は、単なる家業の継続ではなく、地域の文化や供養の形を支える存在でもあります。
少子高齢化や“墓じまい”が進む中で、お墓を建てる意味が問い直されています。そうした時代に、「きれいでお手入れがしやすいお墓づくり」を掲げる近藤さんの姿勢は、変化を恐れず進化を選ぶ職人の姿を映していました。
お墓は、過去と未来をつなぐ場所です。
そして、その形を守りながら更新していく人々がいる限り、地域の記憶は確かに残り続けるのだと思います。

ご紹介
Profile
有限会社近藤石材店
代表取締役
創業大正14年(1925年)、100年の歴史を誇る有限会社近藤石材店の5代目代表取締役。
大学で建築を学んだ後、父の急逝を機に家業へ。以来、母と共に顧客目線を大切にしながら「きれいでお手入れがしやすいお墓作り」を追求してきた。
東日本大震災を契機に耐震施工や低重心型デザインを導入し、安全性と利便性を両立。伝統と革新を併せ持つ姿勢で、次の100年へと石文化をつないでいる。
株式会社ウェブリカ
代表取締役
新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。