今回のゲストは、千葉県を拠点に「水」にまつわるインフラを支える、株式会社共同テクノの代表取締役・板寺将一さん。
浄化槽工事やメンテナンス、災害時に強いトイレの開発など、普段目に見えないけれど生活に欠かせない“水の安心”を守り続けるその仕事の中身に迫ります。
番組では、創業から引き継がれてきた技術と志、災害時にも安心して使えるトイレの仕組み、生活排水から工場の特殊排水まで多様な水処理への対応、そして環境に配慮した最新の浄化槽事情についても深く紹介。
また、異業種からの転職者ばかりという意外な社風や、未経験でも国家資格取得を通じて成長できる環境、幅広い年代が活躍する現場の雰囲気にも注目します。
「縁の下の力持ち」として地域を支えるという誇り。
見えないところで支える技術と人の想いを知ることで、インフラや環境に対する見方が少し変わるかもしれません。
地域の未来をつなぐ“本当に必要な仕事”とは何か。ぜひ、耳を傾けてみてください。
▶︎HPはこちら
目次
株式会社共同テクノとは
株式会社共同テクノは平成元年に設立された会社です。もともと水処理の仕事をしていたところから引き継ぎ、代表取締役の板寺将一さんは三代目にあたります。
創業以来引き継いでいるポリシーは、浄化槽をはじめとする建設業に関わる以上の技術力の高さ、そしてメンテナンス面での技術力を維持し、学び続けることだといいます。
事業は大きく3つ。トイレ事業、水処理事業、メンテナンス事業です。
ピンを1本抜くと、1リットルで流せるトイレになる
トイレ事業で扱っているのは、災害時にもきれいに使えるトイレです。
災害時には簡易トイレで衛生状況が悪くなったという報告が過去にありました。そこに対する答えが、この仕組みです。
普段は5リットルで流しているトイレを、災害時には1リットルの水で流せるようにする。
特別な見た目ではありません。見た目は普通のトイレで、災害時にピンを1本抜くだけで切り替わります。
1リットルという数字の意味も具体的でした。
500mlのペットボトル2本を持ってトイレに行けば、水が流せる。
設置場所は、避難所になる公共施設が中心です。小学校、中学校、そして道の駅にも導入が進みつつあるといいます。プールがある小学校なら水を張っておけば、子どもでもペットボトルで水を汲んで流せる。
そして興味深いのが、運用の広げ方でした。メーカーが小学生向けに講習会を行っているそうです。
子どもたちが学ぶと、災害時にお父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんに「こうやるんだよ」と教えてあげられる。
板寺さんが挙げた狙いは、はっきりしていました。トイレに行きたくても行けない状態は、いわば二次災害を生む。だから快適に利用してもらうことが目的だ、と。
学校の浄化槽が、今の生徒数に合っていない
公共施設で今起きている課題として語られたのが、浄化槽の入れ替え時期でした。
老朽化だけが理由ではありません。
人口減少で、小中学校は昔ほど大きな施設が必要なくなってきている。だから浄化槽の規模が、今の生徒数に合っていない。
大きすぎるとどうなるのか。ここが専門家の視点でした。
まず処理水が安定しない。1日に排水される量に対して適切な大きさの浄化槽を選定しないと、水質が安定しないのです。運転時間の調整などメンテナンスで対応できる部分はあるものの、少ない量に対して大きなものが付いていると電気代もメンテナンス費用もかさむため、経済的ではない、と。
なお、学校での工事は夏休みが比較的多いそうです。
「合併処理浄化槽」とは何か
水処理事業の中核が合併処理浄化槽です。定義はシンプルでした。
下水道が通っていない地域で、建物から出る排水をすべて処理して河川に流すシステム。
「山奥など人が少ない場所に多いのか」と聞かれた板寺さんの答えが、意外なところでした。
千葉県内でいえば、下水道でない区域のほうが面積では圧倒的に大きい。
使用している方はかなりいる、ということです。各家庭でも店舗でも、下水道がなければ浄化槽を設置することになります。
チョコレート工場の排水は、生活排水と濃度が違う
もう一つが特殊排水の処理です。
家庭から出る生活排水やし尿系以外のものは特殊排水にあたり、それ専用の排水処理装置を備え付けなければならないことになっています。医療系の排水や、工場の製造過程から出る排水などです。
何が違うのか。板寺さんが挙げたのは濃度でした。
一般の生活排水と特殊排水では、汚水の濃度が大きく違う。それを放流できる数値まで落としていく。
例として挙がったのがチョコレート工場。明らかに生活排水とは違う濃度のものが入ってくるため、排出できる濃度まで落とす処理装置を設置して、そこから合流させます。
そしてもう一つ、重要な違いがありました。
特殊排水の場合は、下水道区域であっても設置しなければならない。
コンクリートからFRPへ
技術の変化についても語られました。
板寺さんが工事に携わっていた頃はコンクリート製の浄化槽が使われていました。それが今はFRP製――強化プラスチックが主流です。
メリットは、軽量でありながら強度も高いこと。そして施工面でも大きな違いがあります。
出来上がったものが現場に届くので、設置するだけで済む。工期が短く済む。
ディスポーザーは「生ごみを外に持ち出さなくていい」仕組み
もう一つ手がけているのがディスポーザー処理施設です。マンションの広告で「ディスポーザーシステム採用」という文字を見たことがある人もいるはずです。
仕組みはこうです。
一般家庭では生ごみを袋に入れ、収集車に持って行ってもらいます。ディスポーザーの場合は台所のシンクに生ごみを水と一緒に流す。中に粉砕する機械が付いているので、多少の固形物も粉砕されて水と一緒に流れていきます。
つまり――
生ごみを家庭から外に持ち出すという作業がいらなくなる。
そして重要なのが、シンク側の粉砕機だけでは完結しないという点です。流したものを処理するための装置とセットになった商品であり、共同テクノはその処理施設側に関わっています。設置先は戸建てもあるが、マンションのほうが圧倒的に多いとのことでした。
メンテナンスは、水質を基準まで落とすための調整
メンテナンス事業では水質分析を行っています。ただし、これは簡易分析です。
本格的な水質分析は、専門業者に水を送って計量証明書を出してもらう形になります。
メンテナンスで見ているのは、放流先ごとに決まっている排水基準に対して――
浄化槽がその能力を発揮して水質基準まで落とせているか。そして、落とすための装置の調整。
同業から入社した社員は、一人もいない
採用の話が、この回でいちばん意外な部分でした。
同業から社員になった人は一人もいない。みんな異業種から。
ではどうやって育てるのか。順番が決まっていました。
- まず3か月ほど先輩と現場を回る。浄化槽のいろはを覚える
- 浄化槽管理士という国家資格に挑戦する(浄化槽の「中身」に関する資格)
- 次に外側の設置工事に関わる仕事を覚え、さらに資格を取っていく
資格を完璧に取っている先輩が何人もいるので、そこから聞けばすぐ教えてもらえる、と板寺さんは言います。
覚える量については、率直でした。異業種から来れば配管一本でも名前が分からない。多種多様なパイプがあり、そこから全部覚えなければならないので大変な道のりだ、と。
そのうえで、こう続けます。
焦って覚える必要はない。一つ一つ、経験とともに覚えていけばいい。私でもできましたからね。
向いている人の傾向を聞かれても、答えは同じでした。「本人のやる気さえあれば、どんな方でも大丈夫」。
メンテナンス、工事、現場監督、営業――全部やれる
長くこの業界にいてのやりがいを尋ねられた板寺さんは、仕事の幅を挙げました。
浄化槽といっても、メンテナンスがあり、工事があり、営業がある。板寺さん自身もメンテナンスから始めて、工事をやり、現場監督をし、営業もしてきました。
同じ仕事に携わりながら、いろいろな面がある。いわば総合職のように一通りやることができる。それが成長とともにやりがいにつながる。
ただし押し付けはしません。ずっとメンテナンスをやりたい人も、ずっと工事をやりたい人もいる。自分のやりたい職種で働いてもらえればいい、と。
下水道区域にも、浄化槽が必要になる?
今後の展望として語られた見通しが、印象的でした。
東日本大震災の際には、汚水を流せずに困った地域がありました。そうした経験を踏まえて――
下水道区域にも浄化槽の必要性があるのではないか、という話が出てきている。浄化槽の活用方法はこれからも広がっていくと思う。
一方で、課題も率直に語られました。同業者が少なくなってきており、建設業界全体で若手の採用が難しく、労働者不足になっている。
そこを乗り切って事業を長く続けたい、というのが板寺さんの願いです。目標は「目指せ100年企業」。設立から36年なので、あと60数年ということになります。
最後に語られた言葉が、三代目としての実感でした。
36年続いてきたけれど、非常に良い人たちに恵まれたというのが一番。何よりも人の力で、全ての仕事が動いている。
そして仕事そのものについては、こう表現していました。「目立たない、地味なんですけど、非常にやりがいのある仕事だと思います」。
※本記事は、ラジオ番組でお話しいただいた内容をShikisai編集部が記事としてまとめたものです。発言は趣旨を損なわない範囲で整理しています。制度・数値は収録時点のものです。
ご紹介
Profile
株式会社共同テクノ
代表取締役
千葉県を拠点に、浄化槽や水処理設備の維持管理・点検を行う株式会社共同テクノの代表取締役。
創業以来35年以上、地域インフラの“見えない安全”を支える専門企業として歩みを続けてきた同社を、現場経験に裏打ちされた確かな技術と誠実な対応でけん引。
現場を誰よりも知る技術者であり、後進の育成にも力を注ぐリーダーでもある。
「人の目には映らなくても、暮らしに欠かせない仕事を誇りに」。地域社会と水環境を守る“縁の下の力持ち”として、今日も現場に向き合い続ける。
大学卒業後は東北地方のフジテレビ系列のテレビ局でアナウンサーとしてキャリアをスタート。報道のアナウンサーとしてニュース番組に出演しながら、政治・経済・医療担当の記者業も兼務。ディレクターとして、月に1本7分間の特集も制作。ネタ探し、取材、原稿作成、編集、ナレーション収録など一連の制作業務をこなす。 退社後はフリーアナウンサー、通訳/翻訳として独立。 日経CNBC経済キャスター、ラジオ日本ニュースアナウンサー、プロ野球中継リポーター、スポーツキャスター、NHK WORLD-JAPANで記者兼リポーターなど日本語と英語で主に報道とスポーツの分野で活躍。 2020年からはアナウンサーと並行して、国際機関でのキャリアも築き始める。2020年から2022年までは国連専門機関で国際金融機関でもある「国際農業開発基金」でコミュニケーションコンサルタントとパートナーシップコンサルタントを務めた。2023年に「教育のためのグローバルパートナーシップ」、2024年には世界保健機関に移籍。コミュニケーションスペシャリストとしてさらなるキャリアを積んでいる。