「空港のそばで、土を耕す。」JAL Agriport株式会社 代表取締役社長・花桝健一は、そうした挑戦を通じて“空と土をつなぐ”新たな地域創生の形を描いている。成田空港近郊で展開する農業体験や地産地消レストラン、6次産業化、カーボンゼロ農業への取り組み。その背景には、航空会社として培った信頼と社会課題への責任を、地域に還元したいという理念がある。空の会社がなぜ農業を?その問いの先に、持続可能な未来を見据える花桝の言葉を追った。
今回は石塚直樹がナビゲーターとなり、JAL Agriport株式会社 代表取締役社長・花桝健一さんのこれまでの歩みと、地域創生・環境経営に向けた展望について伺いました。
目次
事業誕生の背景──航空会社が“農業”を始めた理由
石塚:
まず、JAL Agriportの概要について教えてください。どのような経緯で設立されたのでしょうか。
花桝:
JAL AgriportはJAL(日本航空)の関連会社として2018年4月に設立された農業法人です。事業を本格的に開始したのは2020年2月。場所は千葉県成田市、成田空港の近くです。
当時は、インバウンド需要が高まり、いわゆる「爆買い」が話題になっていた時期でもありました。JALとしても「地域創生」や「地方との連携」を新しい柱として検討しており、その中で農業を通じた地域貢献がひとつの可能性として浮上したのです。
石塚:
「農業」と「航空」が結びつくのは意外ですね。どのような狙いがあったのでしょうか。
花桝:
空港の近くに立地していることが大きな理由です。海外からのお客様が到着後すぐに日本の農業体験をできる場をつくりたい、という思いがありました。日本の食や農産物の魅力を、空の玄関口から発信する。そんな構想が出発点でした。
インバウンドと農業──“空港の隣”だからできること
石塚:
実際に、どのような形でインバウンドのお客様が訪れているのでしょうか。
花桝:
コロナが明けた頃には、早朝に成田空港へ到着した団体旅行者が、当社の農園でいちご狩りを楽しんでから都内観光や長野方面に向かうといったケースが多かったのですが、最近は以前のようなバスツアー中心ではなく、個人旅行者がタクシーやレンタカーで直接農園を訪れる流れに変化していますね。空港近接という地の利を活かしながら、“最初に出会う日本”としての農業体験を提供しています。
石塚:
まさに空の玄関口と地域をつなぐ試みですね。事業としてはどんな柱があるのでしょうか。
花桝:
現在は4つの軸で展開しています。
1つ目は「農業体験」。いちご狩りやさつまいも掘りなど、五感で農を感じる体験です。
2つ目は「地産地消レストラン」の運営。敷地内の民家をリノベーションした店舗では、地域食材の魅力を伝えています。
3つ目は「農産品の価値向上」。自社で生産したさつまいもを芋焼酎に加工し、機内ビジネスクラスで提供するなどの6次産業化や日本のいちごの輸出にも取り組んでいます。
4つ目は「環境」。いわゆる“カーボンゼロ農業”です。これはJALグループの一員として、社会的責任を果たす重要なテーマだと考えています。
カーボンゼロ農業──“空”から見た持続可能性
石塚:
カーボンゼロ農業とは、具体的にどのような取り組みでしょうか。
花桝:
農地に太陽光パネルを設置し、その下でさつまいもを栽培します。そこで発電した電力を小型蓄電池に貯め、夏季のいちご栽培時に必要な冷房電力として活用し、いちごの周年栽培の実証実験をしています。これにより、農業活動におけるCO₂排出を実質ゼロに近づける試みです。航空会社はCO₂排出と向き合う企業ですから、環境事業の観点でも地域の1次産業を活用できると考えています。
石塚:
“空の視点”を地上に応用しているということですね。
花桝:
そうですね。単に環境配慮というより、“社会的責任を果たす新たな実装”と捉えています。農業を通じて、地域における再生可能エネルギー利用や循環型社会のモデルを築ければと考えています。
花桝社長の歩み──空港業務から農業経営へ
石塚:
花桝さんご自身は、もともとJALに入社されたと伺いました。そこから農業に関わるようになった経緯を教えてください。
花桝:
1999年にJALへ入社し、主に空港部門や運航部門で勤務していました。運航部門では、ボーイング787導入プロジェクトにも関わりましたが、現場に近い仕事が多かったですね。
農業との接点は全くなかったのですが、2020年に事業開発部へ異動した際、JAL Agriportを担当することになり、翌年に社長を拝命しました。まさにゼロからのスタートでした。
石塚:
現場感覚をどう身につけられたのですか。
花桝:
現場に入り、実際に土を触ることから始めました。社員や地域の方々に教わりながら、農作業・販売・営業のすべてを経験しました。机上の理論ではなく、現場から得る知見が何よりも大切だと感じました。
農業経営の難しさと手応え──“利益が出る仕組み”をどう作るか
石塚:
大企業が農業に参入しても、ビジネスとして成立させるのは難しいと言われます。その点、御社は黒字化を実現されていますね。
花桝:
はい。立ち上げ当初は苦戦しましたが、昨年度に初めて黒字化しました。
要因の一つは、芋焼酎なども含め、販路ネットワークの拡大です。JALグループや百貨店などとの連携により、販路を確立できたこと。もう一つはいちごの生産体制の安定化です。
石塚:
農地の規模はどのくらいですか。
花桝:
現在は約3.5ヘクタールです。うち1ヘクタールでさつまいも、8000㎡でいちごを栽培しています。規模としては小さいですが、むしろ“小規模だからこそ見える課題”があります。農家の現実を理解する上で、非常に意味のあるサイズだと感じています。
地域創生と展望──“空の会社”が描く循環の未来
石塚:
今後は、どのように事業を広げていくご予定でしょうか。
花桝:
現在の成田モデルを基盤に、地方展開を検討しています。自治体や地域企業との協働を前提に、農業・観光・環境を組み合わせた仕組みをつくっていきたいと考えています。
一方で、拡大は拙速に行いません。どこで実施するのか、自治体が企業受け入れに前向きか、地権者の協力が得られるかなどを丁寧に見極め、成田で培った運営・販路のノウハウを活かしつつ段階的に進めます。小規模運営で得た「農家の現実」への理解を前提に、現場と連携して実装していく方針です。
石塚:
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
花桝:
食の安全保障や環境課題など、日本の農業を取り巻く状況は大きく変化しています。私たちは1企業にすぎませんが、その中で社会課題に向き合い、少しでも貢献できるよう取り組んでいきたい。
また、10月からはさつまいも掘り、1月からはいちご狩りが始まります。成田にお越しの際は、ぜひJAL Agriportの農園にも足を運んでいただければと思います。
編集後記
「空港のそばで農業をする」。この言葉に、取材前は違和感を覚えました。しかし花桝さんの語る「地域創生」の構造を聞くうちに、それが単なる事業の多角化ではなく、“社会課題を実装する企業の新たな姿”であることが見えてきました。
JAL Agriportが行うカーボンゼロ農業は、CO₂排出という航空業界の課題と、地域資源の循環という農業の課題を同時に接続しています。空の上から見ていた環境問題を、地上の現場で再構築している点に、この事業の独自性があると感じました。
農業を通じて地域と関わり、再生可能エネルギーと結びつける。その試みは「空の会社だからこそ」できる社会実験と言えます。効率や収益を超え、社会的責任をどう“形”にするか。その問いへの答えを示していました。
ご紹介
Profile
JAL Agriport株式会社
代表取締役
1999年、日本航空株式会社に入社。空港業務や運航部門での経験を経て、ボーイング787導入プロジェクトなど航空事業の中核に携わる。2020年、JALグループ内の新規事業開発部門にてJAL Agriportを担当し、翌年代表取締役社長に就任。
成田空港近郊での農業体験事業や地産地消レストラン運営、6次産業化、カーボンゼロ農業などを推進し、航空会社の新たな地域創生モデルを構築。
「空と土をつなぐ」を理念に、食と環境を軸とした持続可能な地域づくりを目指している。
株式会社ウェブリカ
代表取締役
新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。
腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。