「教育とは人の可能性を伸ばすこと」500社以上の企業コンサルを手がけた松尾淳一さんに聞く障がい者と企業を“つなぐ”未来とは?障がい者支援事業の先にある新しい社会とは?


株式会社日本教育総合学校 代表取締役社長 松尾 淳一 Matsuo Junichi

多様な人材の活用に力を入れる企業が増え、職場の働き方が変わったと感じる人も多いのではないでしょうか。障がい者雇用は、その最たるものです。2022年10月、愛知県名古屋市にある日本教育総合学校では、障がい者支援事業TECH-tech PC Collegeがスタート。一人ひとりの可能性を伸ばす教育で、障がい者と企業をつなごうとしています。この事業を始めたのは、500社にのぼる経営コンサルを通して人を育てる教育を行ってきた日本教育総合学校 代表取締役社長 松尾淳一さん。今回は松尾さんに障がい者支援事業を手がけるようになった経緯や、人の可能性を伸ばす教育の先にどんな社会を見据えているのか、お聞きしました。

企業に合わせるのではなく、企業が人を活かすために。障がい者支援事業に込めた想いとは?

まず初めに、松尾さんのご経歴について教えてください。

松尾さん: 大学時代から、いつか起業して経営者になりたいと思っていました。起業を模索するなかで、知り合いから「営業は将来、役に立つ仕事。40歳から経営者は始められても営業は始められない」とアドバイスを受けたことがきっかけで、売るだけでなく付加価値をお客様に伝える営業という仕事に興味を持ちました。そこで新卒で営業の仕事に就いたのですが、今度は先輩に呼ばれて起業を手伝っているうちにいろいろな仕事を任されるようになり、その会社に転職することになったんです。そこでは、子どもから大人向けの教育事業を幅広く運営し、マネージャーや役員も務めましたが、東日本大震災がひとつの契機になり、やりたいことを自分が中心になってやっていきたいと思って独立。株式会社マネジメントデザイン(以下、マネジメントデザイン)を立ち上げました。

マネジメントデザインは人材育成や教育、経営者向けのコンサルティングを行っています。これまで500社以上と関わってきたなかで、一番の経営資源は「人」だと考えています。それは、売り上げを上げるのも、商品を生み出すのも、情報をうまく使うのも人だからです。我々が行っているコンサルの一番の軸は、人材をどう育てていくかという教育です。つまり、人が持つパフォーマンスを最大化することが人の可能性を伸ばすことだと考えています。そして、社会へ貢献できる人材を育てれば、社員の幸せにもつなげることができます。

日本教育総合学校での障がい者支援事業にはどうつながっていったのでしょうか?

松尾さん:ある福祉事業を経営されている社長と話したときのことです。福祉事業に対して抱いた疑問がもととなって、障がい者支援事業を始めるに至ります。

教育というと学校教育のように知識を教え込むことを想定される方が多いですよね。もちろん大事ですが、僕は、一人ひとりの可能性や長所、他の人が持っていない能力を伸ばしていかなければいけないと考えています。どの方向に伸ばしていくかと言ったら人に喜んでもらえる方向、つまり、お客様、社会、もしくは会社の中に対して伸ばしていかないといけないんです。それは福祉業界でも同じだと、僕は思っています。

そこでその社長に、僕の考えを話したところ、そういった考え方で福祉事業をする企業は少なく、障がいをお持ちの方を単に預かっています、とか、障がいをお持ちのお子さんのご家族が困っているからその子の相手をしてあげています、といった企業が多いと聞いたんです。僕は、そのような考え方に違和感を抱きました。というのも、例えば、コンタクトをつけている僕を含めて視力の低い人たちは、メガネやコンタクトがあるから偶然、障がい者ではないというだけであって、そうじゃなかったら障がい者だと思うんです。線の引き方によって、健常者と障がい者の区分がされているのであって、全員が障がい者だし、全員が健常者だと捉えられる。今の社会は多様性が求められている一方で、健常者が決めたルールに乗れるか乗れないかで働き方や仕事内容、つまりその方の可能性も決められてしまう。それはよくないと思っています。

極端な話ですが、これまでの社会をつくったのは男性中心です。ですから、女性が働くためには女性が男性に合わせなければいけない時代がありました。でもこれからは、企業が女性の働き方や生き方に合わせ、女性の力を活かせるようになることが大事です。そして障がい者に対しても、同じことが社会的に行われなければいけないと思っています。挨拶する、時間を守るといった社会性を身につけることは必要ですが、大事なことは、いかに企業が、障がいをお持ちの方が持つスキルや能力を活かすことができるかということです。そのために、2022年10月に、日本教育総合学校で障がいを持つ方々の障がい者支援事業TECH-tech PC College(以下、TECH-tech)を立ち上げました。

障がい者と企業をつなぎ、多様性のある社会を実現したい

TECH-techの事業内容について教えてください。

松尾さん:パソコンのAI、ITスキルは、社会に出る上で大事な技術として、身につけてもらっています。そして、夢や目標を大事にしてほしいという想いから、未来へパスポートを渡す「TECHパスポート」を作ってもらっています。実際に働かれている利用者のみなさんには、TECH-techのメンバーとして、将来的にどうなりたいのか、願望でもいいので具体的な夢や目標を持ってもらいます。そこから逆算した行動計画を立てPDCAを回していくのですが、一般的なPDCAとなると利用者さんにとっては難しいので、ペースは一人ひとりバラバラでいいと思っています。ペースも個性ですから。ある目標に対して1カ月で取り組みたい人もいれば、1年かけたい人もいる。TECH-tech(テックテック)の名称には、ゆっくりでも急いでもいいから、自分のペースで「てくてく」歩こうね、という意味を込めています。

なるほど!では、TECH-techで実現したいことはありますか?

松尾さん:TECH-techでは、社会性やスキルを身につけることに加えてもうひとつ、利用者さんが持っている個性や特性、他の人が持ってないような能力を企業とつないでいこうとしています。

僕たちにはこれまでの経営コンサルティングで得た企業の経営者や人事担当者との独自のネットワークがあります。それを活かして企業側に働きかけ、障がい者を受け入れる企業を増やしていきたいと考えています。そして、社会性が身につき個性を発揮したい利用者さんと企業をマッチングさせた事業を行い、社会を変えたいですね。これが、TECH-techの根本的な考え方です。

やっぱり教育を通して、人を伸ばしていきたいですよね。人に合わせることも必要だけど、個性や特性、能力を活かし、社会で喜ばれるスキルを伸ばすことでパーソナリティが認められるよう、力を貸したいです。さらに障がい者の受け入れ側である企業が変われば、多様な働き方が実現し、採用面での課題も解決できるので、この事業に力を入れて取り組みたいと思っています。

人の可能性を信じて伸ばす教育と、一人ひとりの存在価値を活かした経営で、日本の未来をつくっていく

2024年1月には新たに「リーダーコネクト」をスタートされましたね。その内容について教えてください。

松尾さん:「リーダーコネクト」では、利用者さんが企業の社長にインタビューした内容をコンテンツ化し、その企業のWEB、SNSブログに載せるなどして企業や経営者のブランディングに活用してもらうサービスです。単なるパソコンスキルを身につけるだけではなく、実際に社会や会社のためになっている体験を増やしていきたいです。この取り組みを通して企業と利用者さんがお互いのことを知る機会を作っています。例えば、経営者や担当者が利用者さんとやり取りするなかで、この人材っておもしろそうだなと気づいたり、こういうことができる方なら週3日だと来てもらえそうだとか、在宅で働いてもらってもいいよねということがありました。お互いが直接やりとりする機会を増やして、人材が活躍できるフィールドを増やしていきます。さらにこのプロジェクトが事業としてある程度成り立ったときには、会社を設立し、そこを就労先にすることもひとつの可能性としてあると思います。

今後、TECH-techをさらに展開していく上での展望を教えてください。

松尾さん: TECH-techの事業所を増やしていくことはもちろんですが、これから働き手の多様性が求められる社会において、企業側も多様性を持った経営の仕方をするべきだと思っています。ですので一番は、我々の考えに共感できる方とアライアンスを組んで、お互いの強みを活かした新たな付加価値を創出できるプロジェクトを生み出していきたいですね。つまるところ、人の可能性を伸ばして、強みを活かして社会に貢献しようとする企業とつながりを作っていきたいと考えています。

「人の可能性」という言葉がよく出てきますが、人の可能性を信じて伸ばしていこうと松尾さんが考えるようになったのはなぜですか?

松尾さん:人は代わりがいないですからね。2023年には地球の人口が80億人に達し、これからも増え続ける一方で、日本の人口は減り続け、将来1億人を下回ると言われています。つまり世界における日本人の割合が減っていく。ですが、日本の国力維持、向上を考えたときに、日本人一人ひとりの存在価値が上がるということになりますよね。そこに対して目を向けなきゃいけないですよね。

約80億人いる地球のどこかに自分と同じ人がいるかと言うと、そんなことはあり得ないですよね。例えば(従業員の)深瀬さんは80億人に1人の深瀬さんなんですよね。世の中には価値ある商品やサービスがたくさんあります。ですが、どんなに価値ある商品よりも深瀬さんのほうが絶対に存在価値がある訳です。ですから、一人ひとりの存在価値にフォーカスした経営をすることによって、価値あるプロダクトや商品が作られていくと思っています。

企業は付加価値を創出して利益を生み出すことが望まれます。その付加価値をいかに伸ばしていくかが企業の価値につながります。その付加価値を創出するのは、商品、資本力、情報などの経営資源の中で「人」しかいないということです。「人」が、これからの日本の未来をつくっていくんです。

編集後記

多様な働き方が推進され障がい者の雇用が広がりを見せる一方で、企業が人材をどう活用していくかという難しさもあります。この状況をふまえた上で、一人ひとりを「80億分の1の価値ある存在」ととらえ、人の可能性を伸ばす教育で障がい者雇用に新たな風を吹き込もうとする松尾さんのお話が印象的でした。TECH-techの障がい者支援事業を受けた人たちがこれから社会で個性を発揮し、日本の未来をつくっていくと同時に、きっと、名古屋という地域も盛り上げていってくれるのだと思います。これからの日本教育総合学校の活動から目が離せません。

Profile

株式会社日本教育総合学校 代表取締役社長

松尾 淳一 Matsuo Junichi