目次
ワインは「武器」のひとつにすぎない
——今働かれて何年になりますか?
新田:バイトも含めて1年半です。
——1年半働いた中で、具体的に何が楽しいと感じますか?
新田:一番楽しいって思う瞬間は、お客さんに「めちゃくちゃ楽しかった」とか「ワインってこんなに面白いんですね」って言われた時です。なんか、ちゃんとやってよかったなみたいな。自分が出したワインをこんなに楽しんでもらえたって思えた瞬間が一番楽しいし、やってよかったなって思います。
——元々ワインやサービスの世界に興味があったんですか?
新田:全くなかったです。そもそもサービスの業界にも興味もなくて。ワインをやりたいわけでもなくて、よくお客さんにも「料理人になりたいんですか?」とか言われるんですけど、全く興味はなくって。ただただかっこいい大人とか、揺るがない技術を持ってる大人がかっこいいなって思って。そのワインっていうのはただの私の一個の武器として使ってるだけで、ワインをサービスしたくてやっているわけじゃないんです。

徹底的な準備が、感動を連れてくる
——ワインの知識や経験を積む努力をされていると思うんですが、そこへのモチベーションは何ですか?
新田:お客さんの前に立つ舞台が一番大事なんですけど、この舞台に行くまでの準備を怠ると100%お客さんの満足って返ってこなくて。最初は「ぶっつけ本番でやればいけるでしょっ」という感覚でも、やれば喜んでくれるんじゃないかって思っていた時期がありました。でもやっぱりお客さんからの感動は返ってこなかったんです。お客さんに喜んでもらうための準備が一番大事で、ちゃんと計画を練って、ちゃんと狙ってできた瞬間はやっぱり明らかに違います。
勉強というより、どうすれば喜んでもらえるかを考えているうちに、いつの間にかお客様の反応を見ること自体が楽しみになっていた、という感覚かもしれません。それが目的だから、勉強が苦痛とか、そんなことを思うにも至らないというか。
なんか楽しく仕事ができるって、好きとかももちろんあるかもしれないですけど、それよりも圧倒的な知識と経験が絶対に必要だと思っていて。私もワインを提供した最初の2、3ヶ月とかは、知識もなければ経験もなくて、これっていう武器が何一つなかった。だから楽しむためには、まずは自分で理解しようと努める。たとえ完全に分からなくても、「これはどういうことだろう」という疑問を毎日少しずつ解消し、実践に繋げる。その繰り返しを大切にしています。それを楽しいって最近やっと思えてきました。その先にあるのがお客さんの感動とか、美味しかったです、楽しかったですっていう言葉だったり。逆に、自分に知識がなかったら多分私も楽しくないし、相手も楽しくないし。
とりあえずやるしかなかった
——武器がなかった時期に、中安さん(オーナーシェフ)からなんて言葉をかけられましたか?
新田:何も言われてないです。
——その中でも続けられた理由は?
新田:やるしかなかったですね。やるしかないってのはもう分かってたので。悩んでることが一つもないんですけど、悩んでもしょうがないってのは結構最初に理解できたので。悩む前にやれよ、みたいな。やってみたら結構できるし、しょうがないこと悩んでても何も始まらないし、やってみて案外できたなみたいな気づきがあって良かったなって思います。やってもないのに成功した・失敗したって勝手に自分で決めて挫折するっていうのも、なんかよく分からないというか。とりあえずやれよ、って感じです。
——具体的に何をしていましたか?
新田:とりあえず見る。とりあえずお客さんのところに入りに行く。それをずっとやっていました。最初は、そこにあるワインを全部見ても、正直何も分からないんです。どこの国のものかとか、品種が何かとか、全然頭に入らなかったです。でも、毎日同じものを見ていると、だんだん「あ、これ前もあったな」とか、「あれ、これないな」って気づけるようになります。
意味が分からなくても、とにかく見る。そうしているうちに、後から理解が追いついてくる感じです。「最初に理解しようとするな」って、よく言われてました。「理解したつもりでやると、落とし穴があるぞ」って。

かっこいいババアになりたい
——将来こうなりたい、というイメージはありますか?
新田:この年で言うのもあれなんですけど、本当にババアになりたくて。かっこいい「オヤジ」のような、あるいは「おばあちゃん」のような。性別は変えられませんが、何も言わないけど、ちゃんと核心をついてきて、ちゃんと物事を考えてるんだなみたいな。そういう人になりたいなってのは思っています。目標は特にないです。
——辛いとか苦しいとか感じることはないんですか?
新田:辛いとか苦しいとかしんどいとかが、思わなくなりました。だって悩むもの一個もないですもん。サービスをやりたくてここに入ってきたわけではないんですけど、私はサービスの道だって決まった瞬間に迷いがなくて。この道を何十年も磨いていけば、多分自分が理想とする姿には近づける気がしていて、それも分かってるから、何をすればいいのかみたいな悩みはないです。自分の道が早くに見つかったからじゃないかなと思います。
よくお客さんでも30代とか30手前の方で、「自分が何者か分からない」とか「色々やってるけど自分は何をしたらいいか分からない」みたいな悩みが多くて。残念ながら見つけられていないんだろうなって思うので。だからその点、逆を言うと、つかめてる自分は悩みが全くない。
——これが自分の道だと確信できたのはなぜですか?
新田:その道のプロにしかその道は分からないっていうのはよく中安さんに言われていて。サービス業のプロじゃない人に「君、サービス業向いてないよ」みたいなのは何の説得力もなくて、その道にしか進んでこなかった人たちに「君、接客業向いてるよ」って言われたから、それを信じて今やっていて。サービスじゃなくてもどんな業界でもプロに認められれば、人生は決まるんじゃないかなって。きっとその先には多分いいことしか待ってない。
ただ、決して中安さんに認められるためには頑張っていないです。認められたのかも分からないけど、「向いてるよ」って言われた結果、その道しか見ていないから頑張っている、という感じで。中安さんに認められたら嬉しいですけど、それは目標にはしてないし、そのために頑張ってはないです。多分そのために頑張ってほしくないと思ってると思います。
手柄は全部、自分のものにしていい
——中安さんはこれについてどう思われますか?
中安:認められる対象って、上司であってほしくないんですよ。お客さんに認められた時にそれを体感できる、自分の存在の定義みたいなものは、上司じゃなくて、自分がやっていることに向き合っている先にあってほしい。だから「僕の評価なんか気にしなくていいよ」というのは結構言うし、僕のために働いてほしいなんて全く思っていない。
それどころか、僕がやったことでもスタッフが「私がやりました」と言っていいよって思っているくらいで。お客さんにとっては誰が作ったかより、「このお店がやっている」という一体感の方がずっと大事。だから身内の手柄は全部自分のものにしていい。それをやられて悔しいと思うようなことは、僕はやっていないから。
小さいからこそ、一人一人が主役
——小さいお店のチーム作りについてはどうお考えですか?
中安:ちっちゃい会社の特徴として、大きくないがゆえにイレギュラーのコントロールをしやすいと思っていて。ちっちゃいからこそ、全ての人の一挙手一投足みたいなものが店のアイデンティティを感じさせることができやすい。それによって一人一人の立ち位置の重要性がすごくはっきりする。
大きくなると、バラバラにならないようにみんなを並列化したいと思うんだけれども、僕らはそうじゃなくて、人にフォーカスしているからこそ、一人一人がやれることに信頼と信用を置いている。だからステージに立てない人はそもそも表に出さない。でも、ステージに立てると判断した時点で、その人はもう「パフォーマー」として信頼している。
劇場を見に来たお客さんからすると、全ての役者さんが主役なんですよ。トップを見に来たとしても、脇役の人がすごく光って、その人を好きになったりすることが、映画の深みとか演劇の層の厚さを感じさせると思っていて。全てのことがトップに目が行くシステムというよりは、脇役が日の目を浴びることがすごく重要だと思っている。それが組織としての、チームとしての強さだと思って。
全てを自分に向けてほしいとか、全部僕が仕切るとかには全く興味なくて。縁の下の力持ちみたいな人たちに光がさす方が、喜びとして大きいかもしれないです。
弱者の側に立つ
——教育やマネジメントで、特に気をつけていることはありますか?
中安:「自分で決めさせる」ことです。誰かが何かを言った時に「そうそう、お前はこうだよ」って乗っかっていく人間にはなってほしくない。そういう動きには早めに「お前、その立ち位置じゃないぞ」と教えるようにしています。それを1年ぐらいやっていると、こういう人たちが生まれるんじゃないかなと思っていて。
あと、人ってすぐ「弱い人」という立ち位置を作りたがると思っていて。いじめられる側よりいじめる側にいた方が安泰、みたいな発想で動く。でも僕は逆で、10対1で誰かが攻められている時に、1の側につくようなことを意識的にやる。多数派に乗っかる方が楽だけど、そっちに行かないという刷り込みを、日頃からしています。
それはレストランの現場でも同じで、ワインを分かっている人だけが楽しいお店じゃなくて、分かっていない人でも楽しめたらいいじゃないかっていうのが根底にある。常に一番弱者の立ち位置で物事を考える。強い方、キラキラしている方に寄っていかない。それをずっと意識しています。
気づいたら、寺子屋になっていた
——今のチームをどう見ていますか?
中安:狙ってもいないし、そう意図したわけでもないんですけど、みんな一回ここに入ってきたら洗礼を受けているというか(笑)。気づいたら、ここが「寺子屋」みたいになっていて。必ず作れるものは経験だと思っているので、その経験を積んでくれた人たちが、自然とこういうチームを作ってくれているんだと思います。
編集後記
今回の企画は、最初から「現場スタッフインタビュー」をやろうと決めていたわけではありません。
滞在の中で、中安さんがふと「彼女に聞いたら分かることもあると思うよ」とおっしゃったことが、ひとつのきっかけでした。思想や組織の話をする中で、あえてスタッフの名前を出した。その一言に、この店の構造が滲んでいる気がしました。
また、実際に伺った日、最初に飛騨の森を案内してくれたのがアラタさんでした。
ネガティブな意味ではなく、どこか異質なオーラがあって、「この人、面白そうだな」と直感的に思ったのを覚えています。どこか淡々としているのに、目線はまっすぐで、言葉に迷いがない。若さと落ち着きが同時に存在しているような、不思議な印象でした。
その違和感の正体を確かめたい、というのが正直な動機だったと思います。
会社やお店、あるいはブランドを語るとき、どうしてもオーナーの思想やアウトプットに目が向きがちです。しかし、もしその思想が本当に機能しているのだとしたら、それは現場に立つ一人ひとりの中に現れているはずです。
アラタさんの言葉を聞くことは、この場所の“構造”を確かめることでもありました。
結果として浮かび上がったのは、特別な成功談でも、劇的なストーリーでもなく、「やるしかなかった」と言い切る一人の姿でした。そして、その姿を支える環境や考え方が、確かにここにはあるということです。
料理や滞在だけでなく、人がどう立っているかまでが、この場所を形づくっている。
それは、言葉よりも先に、現場にありました。
ご紹介
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オーベルジュ飛騨の森