今回は、株式会社バイ・スティックケアサービスで統括マネージャーを務められている塚本絢也さんをゲストにお迎えし、介護業界が抱える課題や現場のリアルな実情、そして塚本さんご自身が先導して取り組まれている次世代型のまちづくり構想「未来マチプロジェクト」について、じっくりとお話を伺いました。
不動産から介護業界へ。異業種出身の視点
──本日はよろしくお願いいたします。初めに、会社紹介と自己紹介をお願いできますか。
塚本さん:静岡県浜松市に本社を置く須山建設のグループ会社である株式会社バイ・スティックケアサービスで統括マネージャーを務めています。浜松市を中心に、高齢者住宅を11棟管理・運営し、デイサービスや訪問介護などの介護事業を展開しています。
──塚本さんご自身も須山建設から立ち上げに携わられたのですか?
塚本さん: いいえ、私は全く別の業界から、この会社が立ち上がって間もない頃に参加しました。元々は不動産関係の仕事をしており、店舗の立ち上げや不動産管理、責任者、マネジメントなど様々なことを経験してきました。
── そのようなご経歴から、介護業界に入られた経緯や思いをお聞かせください。
塚本さん: 前職の不動産では「ハード」の部分が価値を占めていましたが、この介護業界は「ハード」だけでなく、「ソフト」で企業の価値を高めていける点に興味を持ちました。不動産は新築時が最も価値が高く、徐々に価値が落ちますが、高齢者施設は完成がスタートで、人と人とのサービス、つまり介護や生活の豊かさを提供することで、年数が経つにつれて人や企業の価値が高まっていくと考えています。
──実際に入られてみて、感触はいかがですか?
塚本さん: 1棟目から企画運営に携わり、建築、企画、人の構築など様々な事業を形にしてきました。特に大きな転換点は、自社で介護の事業を行うようになり、私自身も現場に入るようになってからです。普段は現場から経営に入るのが一般的ですが、私はその逆で、現場をしっかり経験したことが今に活かされています。
介護業界の課題と人材不足への実感
──介護業界は現在、人手不足が深刻だと言われていますが、その課題感はいかがですか。
塚本さん: 課題は多くあります。地域包括ケアが進み、昔は海や山に建てられていた高齢者施設が地域に整備されるようになりました。これは良いことですが、一般の方々にとってはいまだに高齢者施設は訪れることのない場所のままです。アクセスが良い場所に税金や補助金を使って建てられた施設で、介護が必要ない方まで過ごしている現状もあり、福祉事業は不可欠ですが、一方、地域資源が有効に使われていないのではないかとも感じています。介護事業の人材不足は特に深刻で、訪問介護事業の求人倍率は15倍と言われています。競争の激化は質の向上や成長を促しますが、採用コストが経営を圧迫しているのが業界の現状です。

「未来マチプロジェクト」の立ち上げと実践
── その課題解決のために、様々な取り組みをされていると伺っています。具体的にどのようなプロジェクトですか?
塚本さん: 当社は「未来マチプロジェクト」というプロジェクトを、当社と地域の企業様と共に進めています。これは、介護施設に様々な人が集まる仕組みを作り、持続可能な地域の実現と、介護を魅力ある事業に変えていくことを目指すものです。
── どのようなアプローチで実現されているのですか?
塚本さん: まずは、閉鎖的な介護施設のイメージを変えることから始めました。一般的に介護施設は感染症対策や安全面から面会や外出が制限されがちですが、当社では面会や外出を完全にフリーにし、玄関も常に開錠しています。誰もが好きな時に来れるような壁をなくしました。施設内の飲食や食事に対しても飲酒含めほとんど制限なく生活できるようにしています。
── 飲酒もですか!
塚本さん: はい、これはかなり前から行っています。街のバーテンダーさんに来てもらい、施設内でバーをオープンすることもあります。そこでは職員も入居者もご家族も一緒にお酒を飲んだりしています。

── 他にはどのような取り組みがありますか?
塚本さん: 雰囲気作りにも力を入れています。安全だけでなく、心地よい空間デザインを重視し、一般的な介護施設のイメージではなく、住宅のような居心地の良い空間を目指しています。また、地域の企業さんとのコラボレーションも特徴です。例えば、高齢者の食事は施設で決まったものが出ることが多いですが、当社では週に1回以上、地域の飲食店のご飯を昼食に提供しています。地域の文化を大切にしている企業さんにワークショップに来ていただいたりもします。施設に住んでいても、様々な方がここに来てくれて、地域の文化を感じることが出来るようにしています。

「まちのハブ」へ進化する介護施設
塚本さん:最近では、施設内に「駄菓子屋」や「コーヒーショップ」もオープンしました。コーヒーショップは職員と一緒に立ち上げ、地域の方にも開放しています。飲食の許可も取り、イベント出店も出来るようにしています。

──これらのアイデアはどのように生まれたのですか?
塚本さん: 介護施設を「町の中心に持っていきたい」という思いがずっとありました。ボランティアを呼んだり夏祭りを開催したりするだけでは一時的な開放に過ぎないと考えています。常に人が来てもらうためには、何か「ハブ」を作る必要があると考え、それが今は駄菓子屋やコーヒーショップになっています。そのハブを通じて交流を生む仕組みです。
──実際にこれらの取り組みをされてみて、どのような効果を感じられていますか?
塚本さん: 入居者と職員という「される側」「する側」という分け方ではなく、そこに家族や企業、地域の方々が集まることで、多様な「目」が生まれます。高齢者は人と触れ合い活気のある生活ができ、職員も高齢者に対して親密になると考えています。様々な目があることで、特別な防止対策を取らなくても自然とリスクが減っていく印象です。
地域共創で築く未来
塚本さん:人材採用や入居に関しても非常にうまくいっており、常に満室、採用も応募を断っている状況です。採用コストも入居募集コストもほとんどかかっていません。当社の運営している高齢者住宅の入居者がコーヒーショップの店員として働いたり、介護職員がカフェ店員も兼務するような新しい働き方も生まれています。
──それは素晴らしいですね。コスト面での難しさはどうでしょうか?
塚本さん: プロジェクト単体で利益を得るのは難しいですが、「未来マチプロジェクト」を行っていることで、働きたい人や入りたい人が増え、結果として採用コストや入居募集コストがかかっていません。また、地域の方々が常に利用してくれることで、いずれ当社の介護サービスへの営業にもつながると考えています。これらを総合的に見ると、ビジネスとしても十分に成り立つと見ています。まさに「ハードではなくソフトで価値を高めていく」という考えを表していると考えています。

── 最後に、この事業にかける思いと今後の展望をお聞かせください。
塚本さん: 当社は、地域をつなぐ「ハブ」として、現在「おおるりコーヒー」という展開をしています。介護施設と地域にハブを作り、地域の方が自然に集まって様々な方が行き交う施設を作っていきたいです。そのためには私たちだけでなく、地域の方々みんなで街を盛り上げていこうという気持ちが大切です。また、災害時の地域の避難場所としても協定を結んでいるため、非常時にも相互に支え合える関係づくりを進めています。これからも浜松市が、介護や高齢者と一般の方々が溶け込んでいくような街づくりができる地域となるよう尽力していきたいと考えています。
編集後記
インタビューを通して特に印象的だったのが、塚本さんの言葉一つひとつに“現場を知る人ならではの実感”が宿っていたことです。介護というと「支える」「手助けする」という側面に注目が集まりがちですが、塚本さんはそこに“地域と交わる場”としての可能性を重ねています。
飲酒や出入りが自由、地域の飲食店との連携、駄菓子屋やカフェの設置──いずれも奇抜さではなく、「日常の延長線にある豊かさ」を大切にした発想だと感じました。
介護施設が閉じた空間でなく、誰もが訪れ、関わりたくなる場所に。そうした取り組みが、今後の地域や福祉の在り方に静かに影響を与えていくのではないでしょうか。