健康経営や医療費抑制が社会的な重要課題として語られる中、個人の健康情報をどのように扱い、生活や行動の変化につなげていくかは、制度設計の根幹に関わるテーマとなっています。外資系企業で人事領域を長年担当し、41歳で独立した藤田 美智雄さんは、健保組合の設立・運営支援という専門性の高い領域を起点に、個人の健康管理をデジタルで支える事業を立ち上げてきました。さらに、自身の糖尿病・腎疾患、人工透析、生体腎移植という当事者経験を背景に、健康寿命の延伸を目的とした公益財団法人バリューHR健康寿命延伸財団を設立しています。営利と非営利の両面から、個人の生活の質と社会全体の持続性を支える仕組みづくりに取り組んでいます。
今回は、株式会社ウェブリカの石塚直樹がナビゲーターとなり、
公益財団法人バリューHR健康寿命延伸財団 代表理事・藤田 美智雄さんに、キャリアの原点から現在の事業、公益活動に至るまでを伺いました。
目次
人事キャリアの延長線にあった健保組合設立という転機
石塚:
まず、これまでのキャリアの歩みについて教えていただけますか。
藤田さん:
新卒から外資系企業に入り、人事採用や人事管理業務を担当してきました。外資系企業であるためジョブローテーションはなく、一貫して人事領域の業務に携わってきました。
転機となったのは、会計監査・コンサルティング業界に関わる中で、業界として健康保険組合を設立しようという構想が持ち上がったことです。当時、健保組合設立を実務として担った経験者はほとんどおらず、結果として人事部門である私がアサインされました。
厚生労働省への相談や関係機関との折衝を重ねながら、健保組合設立の制度や認可プロセスを一つずつ理解していきました。この経験が、後の事業の基盤になっています。
最終的に業界全体での設立は政治判断により見送られましたが、その過程で得た知見を評価され、個別の監査法人から「自社で健保組合を作りたい」という依頼を受けることになりました。
設立後に突き当たった「運営する人がいない」という現実
石塚:
健保組合設立後の運営については、どのような状況だったのでしょうか。
藤田さん:
健保組合は設立して終わりではありません。実際には、設立後の運営を担う人材が必要になります。しかし、その役割を担える人が見つかりませんでした。
結果として「藤田さんしかいない」という流れになり、私自身が運営を引き受けることになりました。サラリーマンとしての立場を維持したままでは対応できず、独立という選択を迫られる形になりました。
41歳での独立は、決して早い判断ではありませんでしたが、制度・運営という誰もやりたがらない一方で重要な領域を引き受けたことが、結果として事業の起点になっています。
福利厚生を「善意」ではなく「合理性」で捉え直す
石塚:
健保組合の運営を通じて、どのような課題意識を持たれましたか。
藤田さん:
従来の保健事業は、人海戦術や紙による運用が中心でした。季刊誌の配布や、利用されるかどうかに関わらず物品を一律で配布する施策も多く見られました。
被保険者の立場で考えると、必ずしも価値を感じられるものではありません。保養所についても、制度としては存在していても、実際の利用には心理的な負担が伴う場合があります。
こうした運用は、健康増進という目的に対して合理的とは言えません。一人ひとりが自分に合った形で選択できる仕組みに変える必要があると考えました。
選択型福利厚生をシステムとして成立させる
石塚:
その課題に対して、どのような形で解決を図ったのでしょうか。
藤田さん:
選択型福利厚生、いわゆるカフェテリアプランの考え方を採用しました。被保険者が自分の趣味嗜好や生活スタイルに合わせて補助を使えるよう、独自のシステムを構築しました。
例えば、直営や契約の保養所に限定せず、旅行のパック商品に補助を使うことができます。スポーツクラブの利用や、健康関連サービスにも柔軟に充てられるようにしました。
この仕組みによって、被保険者の満足度が高まり、同時に事務局側の運営負担も軽減されました。多様性の提供と省力化を両立するモデルとして、徐々に導入が広がっていきました。
健康管理を「個人単位」で捉え直す仕組み
石塚:
現在は、健康管理そのものにも事業が広がっていますね。
藤田さん:
健康診断の予約、結果管理、精算業務までを個人単位で一元化しています。被保険者はマイページ上で自分の健康情報を確認できます。
さらに、健康診断結果だけでなく、レセプト情報、服薬履歴、生活習慣に関する問診データも含めて管理しています。これらの情報を基に、健康予測や疾病予測のプログラムを構築しています。
健康予測は健診結果と生活習慣を基に数年後の状態を見通すものです。一方、疾病予測はレセプト情報を含め、発症リスクを分析します。数値の変化を可視化することで、日常の行動を見直すきっかけを提供しています。
当事者として直面した人工透析という現実
石塚:
公益財団法人設立の背景には、ご自身の体験があると伺いました。
藤田さん:
健康ビジネスに関わりながらも、個人的には生活習慣が良いとは言えず、糖尿病をきっかけにさまざまな疾患を経験しました。腎臓を悪くし、人工透析を2年間続けることになりました。
透析は一日おきに通院が必要で、生活への負担が非常に大きい治療です。本人だけでなく、家族にも影響が及びます。多くの人が仕事を続けられなくなる中で、私は休まず会社に通いながら治療を続けてきました。
生体腎移植と健康寿命という社会的課題
石塚:
生体腎移植を経験されて、どのような変化がありましたか。
藤田さん:
生体腎移植を受けたことで、健康を大きく回復することができました。日常生活に支障はなく、運動もできるようになりました。
国内では透析患者が約40万人いる一方で、生体腎移植は年間1,500件程度にとどまっています。透析は医療費の負担も大きく、長期的には生活の質が低下しやすい治療です。健康寿命という観点から見ても、社会全体で考えるべき課題だと感じています。
役割としての活動と次世代への継承
石塚:
最後に、今後についての思いを教えてください。
藤田さん:
これまで何度も生死の境を経験し、生かされているという感覚があります。自分に与えられた役割として、できることを続けていきたいと考えています。
一人でできることには限界があるため、周囲の支援を得ながら、次の世代にバトンを渡していくことが重要です。健康寿命というテーマを、事業と公益の両面から支えていきたいと考えています。
編集後記
藤田 美智雄さんの語りは、個人の体験と制度的課題が重なり合う地点を、極めて冷静に言語化していました。健保組合の設立・運営という専門性の高い領域から事業を立ち上げ、その延長線上で健康管理の仕組みを構築してきた過程には、一貫した合理性があります。
特に印象的だったのは、腎疾患という個人的な経験を、感情ではなく社会構造の問題として捉えている点です。健康寿命を延ばすことは、本人の生活の質向上だけでなく、医療費抑制という社会全体の課題にもつながります。静かな語り口の中に、長期的な視座が感じられる取材となりました。
ご紹介
Profile
公益財団法人バリューHR健康寿命延伸財団
代表理事
健康寿命の延伸をテーマに、医療と社会制度の両面から課題解決に取り組む。
腎移植をはじめとした医療現場の実情を踏まえ、治療にとどまらず、企業・制度・地域を含めた社会構造として健康を捉える活動を行っている。
公益法人バリューHR健康寿命延伸財団では、健康経営や啓発事業を通じて、個人の健康課題を社会全体で支える仕組みづくりを推進している。
株式会社ウェブリカ
代表取締役
新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。
腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。