コーヒーは、嗜好品であると同時に、時代や社会の輪郭を映す飲み物でもある。
どこで育ち、誰の手を経て、どんな選択の末に一杯となるのか。
その背景を辿ることで、コーヒーは単なる味覚体験を超えた存在になる。
ビーンズ・コネクティッド株式会社 代表取締役の宮崎秀敏さんは、もともとコーヒー業界の人間ではなかった。
リクルートを経て独立し、広告の世界で長く仕事をしてきた人物である。
それでも今、宮崎さんはコーヒーを起点に、人と社会を結ぶ事業に取り組んでいる。
ミャンマーでのカフェ経営、長く続いた赤字、
政治情勢に翻弄された日々、そして一台の焙煎機との偶然の出会い。
それらは、最初から一つの構想として用意されていたわけではない。
むしろ、いくつもの選択と逡巡の積み重ねの先に、「つながるコーヒー」という考え方が立ち上がってきた。
本稿では、宮崎さんの歩みを丹念に辿りながら、コーヒーという日常的な飲み物が、どのようにして人と人、地域と社会を結び直していったのかを記録する。
目次
リクルートから独立。回り道の先に生まれた「ビーンズ・コネクティッド」
石塚:
本日のゲストは、ビーンズ・コネクティッド株式会社 代表取締役の宮崎秀敏さんです。
宮崎:
よろしくお願いします。
石塚:
宮崎さんはコーヒー関連のお仕事をされているということですが、まずは簡単に自己紹介をお願いできますか。
宮崎:
はい。ビーンズ・コネクティッド代表の宮崎秀敏です。
現在63歳で、トム・クルーズと同い年です(笑)。
石塚:
おお、なるほど(笑)。
宮崎:
もともとはリクルートという会社に勤めていまして、1998年に独立しました。
その後、「株式会社ネクスト・ワン」という会社を立ち上げ、現在28期目になります。
石塚:
28期、すごいですね。
宮崎:
そのネクスト・ワンの25周年記念プロジェクトとして立ち上げたのが、
この「ビーンズ・コネクティッド」という会社になります。
ミャンマーでの挑戦と89か月連続赤字のカフェ経営
石塚:
なるほど、そういう流れだったんですね。
現在、ビーンズ・コネクティッドのメイン事業は、この焙煎機を開発・販売していくことなんでしょうか。
宮崎:
そうですね。
焙煎機自体の開発と製造は、中国人の共同出資者の会社で行っています。
私たちはそれを仕入れて販売し、この焙煎機を軸にした
「コーヒー焙煎ビジネスのプラットフォーム」を展開しています。
石塚:
なるほど。
ちなみに、最初に独立された「ネクスト・ワン」は、どんな事業をされていた会社なんですか?
宮崎:
分かりやすく言うと、トヨタ自動車の「GAZOO(ガズー)」というプロジェクトがありますよね。
今のGAZOO Racingの原点になったプロジェクトなんですが、そこにたまたま関わることになったんです。
その時、(トヨタ自動車から)「会社を作れ」と言われたんです。「個人だとお金が払えない」と。
それで会社を作ったのが、ネクスト・ワンの始まりです。
石塚:
なるほど。
ということは、最初からコーヒー事業だったわけではないんですね。
宮崎:
全く違います(笑)。
石塚:
では、コーヒーとの出会いは、何がきっかけだったんでしょう?
宮崎:
実は学生時代、喫茶店で4年間アルバイトをしていました。
深夜帯で、月に300時間くらい働いていて、ほとんど大学には行っていませんでした(笑)。
石塚:
相当ですね(笑)。
宮崎:
そこでコーヒーに触れていたこともあって、コーヒー自体は昔から好きだったんです。
それと、もう一つ大きなきっかけがあります。
ネクスト・ワンの15周年記念プロジェクトとして、 2016年に「Tokyo Tomato Cafe」というカフェをミャンマーでオープンしました。
広告事業とは全く違うことを、全く違う場所でやってみたかったんです。
広告はクライアントありきですが、飲食は直接お客様と向き合える仕事ですから。
それが、私にとって初めての飲食事業でした。
石塚:
そこから、コーヒー事業につながっていくわけですね。
宮崎:
そうです。
カフェですから、当然コーヒーを出していました。
その中で、ミャンマー産のコーヒーに初めて出会い、「これは本当に美味しい」と、衝撃を受けました。
石塚:
それが原点だったわけですね。
宮崎:
はい。コーヒーとの本格的な出会いは、そこです。
石塚:
ちなみに、そのミャンマーのカフェは、その後どうなったんでしょうか。
宮崎:
2016年7月22日、僕の誕生日にオープンしましたが、
結果から言うと、89か月連続赤字でした。
石塚:
なるほど……。
宮崎:
途中でコロナもありましたし、3年近くロックダウンもありました。
本当にどうしようもない時期もありましたね。
石塚:
それでも続けられた理由は何だったんですか。
宮崎:
最初の頃は、赤字とはいえ徐々に売上が伸びていたんです。
「このままいけば、どこかで黒字になる」という感覚がありました。
それと、従業員がいましたから。
自分の判断で簡単にやめていいのか、という気持ちも大きかったです。
さらに、ミャンマーでクーデターが起きて、通貨が大暴落しました。
それまでは毎月20〜30万円ほど補填していたのが、
通過安の影響で数万円程度の負担で済むようになりました。
石塚:
それは状況が一変しますね。
宮崎:
正直、クーデターの時は「もうやめよう」と思いました。
誰も文句は言わない状況でしたし、自分の判断ミスを認めて撤退するべきだとも考えました。
石塚:
それでも、結果的には続けられていますよね。
宮崎:
はい。
そのカフェでミャンマーのコーヒーの美味しさに本気で気づかされたんです。
「これはすごい」──焙煎機との偶然の出会い
石塚:
そこから、コーヒーを「事業として」考えるようになったんですね。
宮崎:
そうですね。
そして、2022年2月1日にミャンマーでクーデターが起きました。
そのときは、本当に頭が真っ白になりましたね。もうミャンマーとは縁を切ろうと思っていたんです。
ところが、その月の2月14日、バレンタインデーにたまたま知人と食事をする機会がありました。そこで出会ったのが、この焙煎機を開発した中国人エンジニアの方です。
石塚:
まさに偶然ですね。
宮崎:
彼が「コーヒーに詳しいなら、ぜひ見てほしいものがある」と言って、見せてくれたのが、この焙煎機でした。
石塚:
これが、まさに今ここにある焙煎機ですね。
宮崎:
そうです。
見た瞬間に「これはすごい」と思いました。
石塚:
焙煎機で感動する、というのはなかなか聞かないですね。
宮崎:
煙がほとんど出ない。電源を挿すだけで使える。
ミャンマーでは、小屋のような場所で薪をくべながら顔を煤だらけにして焙煎している光景を何度も見てきましたから。
石塚:
それと比べると、まったく違いますね。
宮崎:
「これで焙煎ができるのか」と、本当に衝撃でした。
石塚:
ここで少し、焙煎について補足したいのですが、焙煎というのは、そもそもどういう工程なんでしょうか。
宮崎:
コーヒー豆の正体は、実は果物なんです。
サクランボのような実で、その中の種がコーヒー豆になります。:
その果肉を取り除き、乾燥させたものが「生豆(きまめ)」です。
これを焙煎することで、皆さんがよく見る茶色や黒色のコーヒー豆になります。
石塚:
焙煎前の状態ですね。
宮崎:
そうです。
日本ではロースターと呼ばれる焙煎士が焙煎機を使って豆を仕上げています。
石塚:
その焙煎工程を、この機械が担うということですか?
宮崎:
はい。
焙煎には専門知識と経験が必要で、そこがコーヒービジネスの最大のネックでした。
でもこの焙煎機があることで、
焙煎という「最も専門性の高い工程」を誰でも扱えるようになったわけです。
石塚:
一般的な焙煎機との違いは、どこにあるんでしょうか。
宮崎:
やはり一番の特徴は、
経験や知識がなくても、炊飯器でお米を炊くように誰でも焙煎できるという点です。
通常は、焙煎カーブや温度管理、音や香りの変化など、熟練が必要で豆が「ハゼる音」を聞いたり、色の変化を見たり、本当に長年の経験が必要な作業でした。
石塚:
それを、この焙煎機がすべて担ってくれるというわけですね。
宮崎:
そうです。
プロの焙煎士とのブラインドテストでも、互角、もしくは勝つこともあります。
石塚:
それはすごいですね。
宮崎:
だからこそ、障がい者施設での活用が見えてきました。
石塚:
どのような形で導入されているんですか。
宮崎:
就労支援施設や自立支援施設で、
この焙煎機を使ってコーヒーを焙煎してもらい、ドリップバッグなどの製品を作ってもらっています。
石塚:
なるほど。
宮崎:
従来の施設の仕事は、チラシ折りや清掃など「作業」が中心でした。
でもこれは「仕事」なんです。
石塚:
自分たちが作った商品になる。
宮崎:
はい。
皆さん、本当に誇りを持って取り組んでいます。
石塚:
実際、売上面ではどうなんでしょうか。
宮崎:
ある施設では、
初年度約250万円、翌年からは年間450万円ほどの売上になりました。
ゼロからのスタートだったので、皆驚いていました。
石塚:
それは大きいですね。
宮崎:
味が美味しいので、リピーターが多いんです。
「人にあげたい」と言って買っていく方も多いですね。
また、 地元の飲食店や商店が仕入れてくれたり、「障がい者施設を応援する手段」が生まれたりと、地域のつながりが生まれてきています。
石塚:
なるほど。それは素晴らしいですね。
焙煎機の販売形態についても教えてください。
宮崎:
業務用については、販売ではなくレンタルにしています。
焙煎機は高温になるため、どうしてもメンテナンスが必要です。
月額9,900円(税込)で、壊れたらすぐ交換、年1回または400回焙煎ごとに点検します。
石塚:
おお。それは導入しやすいですね。
宮崎:
一般向けには、家庭用として19万8,000円(税込)で販売もしています。
石塚:
焙煎量はどれくらいですか。
宮崎:
1回150〜180gほど。10〜12杯分くらいですね。
石塚:
小規模なカフェや施設にはちょうどいいですね。
宮崎:
そうです。
毎日焙煎すれば、常に焙煎したてのコーヒーが出せます。
コーヒーで、”つながり”をつくるという選択
石塚:
これから本格的に販売を始めていくということですが、
この焙煎機、あるいはコーヒー事業を通して、今後どんな未来を作っていきたいと考えていらっしゃいますか。
宮崎:
未来というか……。
まず、これを作るのに4年半かかったんですよ。
その間、40台くらいのテスト機、プロトタイプを使って、実験に次ぐ実験を重ねてきました。それで、ようやく今、量産に入れる段階になりました。
宮崎:
まずは200台作る予定です。
それを200台まで広げた時に、どんな広がりが出てくるのか、正直それは僕自身も楽しみです。
例えば、キャンプ場に置くのも面白いと思っていて。
キャンパーの人が、豆だけ買って、自分で焙煎して、そのままテントでコーヒーを淹れる。
ゲストハウスとかにも置いてみたいですし、
あとは、最近減ってますけど、街のタバコ屋さんのおばあちゃんのところに置いて、
常連さんに「今日はちょっと深煎りにしといたよ」みたいな感じで売るとか。
石塚:
ああ、いいですね。
宮崎:
そういうこともやってみたいなと思ってます。
それと、「応援するコーヒー」という取り組みもやっています。
今は、ミャンマーの「ドリームトレイン」という子どもたちの養育施設を応援するコーヒーがあります。
そこは、親を亡くしたり、育てられなくなった子どもたちをお医者さんが集めて、170人くらいで共同生活している施設です。
その卒業生が描いた絵をラベルにしたコーヒーを作って、こちらで全部コストを持って、勝手に作って、勝手に売って、売上の一部をその施設に還元する、 そういう「勝手に応援するコーヒー」です。
僕は元々広告屋なので、コーヒーを売ることよりも、そういう「つながり」を作ることをやりたいんです。
石塚:
なるほど。確かにそれはかなり伝わってきます。
宮崎:
最初からそんなことを考えてたわけじゃないんですよ。
全部、この焙煎機から始まってるんです。
これを使って何ができるか、いろんなところに置いてみて、
「コーヒーって、つながりを作れるんだな」って後から気づいた感じです。
石塚
面白いですね。
宮崎
はい。
そして、うちは、ライバルを作らないようにやってます。
石塚
なるほど。
宮崎
どこでも組めるんですよ。
いい豆がある人がいれば、焙煎しますし、うちの豆を扱ってもらうこともできますし。
紹介してもらったり、関わってもらったり、みんなが参加できる形を目指してます。
石塚
なるほど。まさに「コネクティッド」ということですね。
この取り組みに興味を持った方も、焙煎機そのものに興味を持った方も、ぜひ問い合わせていただければと思います。
編集後記
コーヒー産業を俯瞰すると、その価値は長らく分業の中で形づくられてきた。
生産、精製、焙煎、流通、販売。
工程が細かく分かれることで品質は高められてきた一方、
焙煎という中核工程は、専門家と設備を持つ一部の事業者に集中してきた。
その結果、多くのプレイヤーは「焙煎済みの豆を仕入れる」立場に留まり、
生産や加工のプロセスから切り離されてきたとも言える。
宮崎秀敏さんが出会った焙煎機は、この産業構造の前提に、別の選択肢を差し出している。
焙煎を高度な専門工程として囲い込むのではなく、品質を保ったまま分散させるという発想だ。
それは、焙煎を「特権」から「手段」へと引き戻す試みでもある。
誰が焙煎を担うのかという問いが開かれることで、コーヒー産業に関わる入口は確実に広がっていく。
生産地と消費地の距離、
事業と福祉、
専門と非専門。
これまで線引きされてきた境界は、技術を介して緩やかに溶け始めている。
「Connected Coffee」という構想は、
産業の中で固定化されてきた役割を、自分たちなりのやり方で引き受け直そうとする姿勢が、この取り組みの根底にあるように見える。
その行き先がどこになるのかは、まだ語られていない。
ただ、コーヒーに関わる人や工程一つひとつに目を向けながら、「つながり」を丁寧につくろうとしていることは、この事業の随所から伝わってくる。
ご紹介
Profile
ビーンズ・コネクティッド株式会社
代表取締役
1962年広島県出身。京都大学法学部卒業後、リクルートに入社。
新卒採用広告事業部門にて、広告営業・制作・事業企画を担当するほか、中高年の生きがい支援に関する新規事業の企画、個人広告情報誌『じゃマール』の創刊提案、社内報『かもめ』の編集など、社内外のコミュニケーション領域で幅広く経験を積む。
1998年に独立し、株式会社ネクスト・ワンを設立。代表取締役に就任。
トヨタ自動車の「GAZOO」「G-BOOK(T-Connect)」「GAZOO Racing」などをはじめ、NTTレゾナント、日本ユニシス(現BIPROGY)、JR東日本企画、ゼビオグループなど、多数の企業における新規プロジェクト立ち上げを、コミュニケーションの視点から支援する。
2016年、「違う場所で違うビジネスを」という想いから、ミャンマー・ヤンゴンに「Tokyo Tomato Cafe」を開業。
2018年には共同出資により、高級食パンフランチャイズ「銀座に志かわ」を運営する銀座仁志川を設立し、広報担当取締役を務める。
取締役退任後の2021年、ビーンズ・コネクティッドを設立。代表取締役として、小型自動焙煎機の開発およびコーヒー豆焙煎ビジネスプラットフォーム「RoCoBeL」の実証実験に取り組んでいる。
株式会社ウェブリカ
代表取締役
新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。
腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。