「音楽」あるいは「演奏」は、ホールや舞台の上だけにあるものではありません。
誰かの家のリビングで、高齢者施設の一室で、あるいは家族が集まる何気ない時間の中で、静かに流れ始めることもあります。
チェロ奏者・たのうち惠美さんが主宰する「Ensemble たのシック」の活動は、演奏技術や実績を前面に押し出すものではありません。
むしろ、どこで、誰に、どのような距離で音楽を届けるのかという問いに、長い時間をかけて現場で向き合ってきた取り組みだと言えます。
サロンコンサートから始まり、高齢者施設での演奏、そして家庭に音楽を届ける「リビング音楽会」へ。
その歩みの背景には、音楽が記憶や会話、関係性にどのように作用するのかを、一つひとつ確かめてきた経験があります。
本稿では、たのうちさんとの対話を通して、音楽が「鑑賞されるもの」から「時間を共有するもの」へと変化していく過程をたどります。
それは音楽の話であると同時に、人に何かを届ける仕事全般に通じる思考の記録でもあります。
目次
身近な場所で音楽を届けるという発想
― Ensemble たのシックが生まれた背景
石塚:
本日のゲストは、「Ensemble たのシック」主宰の、たのうち惠美さんにお越しいただきました。
今日はよろしくお願いします。
まずは簡単に、自己紹介をお願いできますか。
たのうち:
はい。
チェロ奏者として活動しながら、仲間の演奏家に声をかけてコンサートを企画するために、
「Ensemble たのシック」という名前で活動しています。
石塚:
ありがとうございます。
「Ensemble たのシック」というのは、どういった活動になるのでしょうか。
たのうち:
室内楽が中心になります。
地域に根ざしたコンサートを展開していきたいという思いがありまして、
いろいろな演奏仲間に出演をお願いしています。
固定のメンバーがいるわけではなくて、企画ごとに編成を変えながら、いろいろな楽器を集めてコンサートを行っています。
石塚:
なるほど。
たのうちさんご自身は、もともとチェロ奏者として活動されてきたんですよね。
たのうち:
はい。そうです。
石塚:
いわゆる、チェロ奏者としてずっと演奏を続けてこられた中で、
Ensemble たのシックを立ち上げようと思ったきっかけは、何かあったのでしょうか。
たのうち:
はっきりとした出来事があったというよりは、時代的な背景が大きかったように思います。
ちょうど20世紀から21世紀に変わる頃で、バブルが弾けた後の時代でした。
石塚:
社会全体の空気が変わってきた頃ですね。
たのうち:
そうですね。
それまでのように、大掛かりなことが多かった時代から、もう少し身近なところで音楽を聴きたい、
そう感じる人が増えてくるのではないか、という思いがありました。
そのため、どこかの大きな会場を借りてやる、という形ではなくて、もう少し距離の近い場所で音楽を届ける、そこが最初の出発点でした。

石塚:
その中で、最初からサロンコンサートを主な企画として考えていたのでしょうか。
たのうち:
そうですね。初めからサロンコンサートを中心に考えていました。
石塚:
サロンコンサートというと、具体的にはどのようなものになりますか。
たのうち:
「サロン」というのは、単純に言えば「部屋」という意味になります。
当時、山手の西洋館に、とても素敵なお部屋がありまして、そこを演奏で使わせていただける機会がありました。
石塚:
そこで演奏する形だったんですね。
たのうち:
はい。
当時も、今もそうなのですが、ボランティア演奏という形で、その場所で演奏して、
観光に来られた方や、たまたま立ち寄った方に聴いていただく、そういう企画でした。
石塚:
最初から事業として始めたわけではなかった。
たのうち:
そうですね。
まずは、その空間で音楽がどう響くのか、人がどう受け取ってくれるのか、それを確かめているような感覚でした。
石塚:
そこから、活動は少しずつ広がっていったのでしょうか。
たのうち:
はい。
サロンコンサートだけではなくて、区民文化センターでの演奏だったり、少し大きなホールでの記念コンサートを行ったりもしました。
子どもたちを集めた春休みコンサートを、杉田劇場でやらせていただいたこともありますし、
自分たちの周年の記念コンサートを、みなとみらいホールの小ホールで開催したこともあります。
石塚:
かなり幅広い場所で演奏されてきたんですね。
たのうち:
そうですね。
また、ご縁があって、東京文化会館の小ホールで、落語と一緒のコンサートを行ったこともありました。
石塚:
サロンコンサートから始まって、活動の形は変わっていきましたが、根底にある考え方は変わらなかったということですね。
たのうち:
そう思います。「どこで、誰に向けて音楽を届けるのか」ということは、ずっと意識してきたように思います。

高齢者施設で起きた、想像を超える反応
石塚:
伺っていると、近年は高齢者施設での演奏も多くなっているそうですね。
たのうち:
はい。近年は、そちらの方が多くなっています。
特にコロナ前からなのですが、高齢者施設のケアプラザなどで、イベントを探しているというお話がありました。
私の友人が参加している「ミュージックドリームズ」という集まりがありまして、
そこから声をかけていただいて、演奏するようになりました。
石塚:
もうどれくらい続いている活動になるのでしょうか。
たのうち:
もう10年近くになると思います。
コロナの期間中も、状況が許す限りは続けさせていただいていました。
石塚:
実際に演奏してみて、施設の利用者の方たちから反響はありましたか?
たのうち:
正直に言うと、かなり驚きました。
「反響」というよりも、「反応」という言葉の方が近いかもしれません。
同じ部屋、同じフロアにいらっしゃる方たちが、本当に目の前で聴いてくださる形になります。
石塚:
かなり近い距離ですね。
たのうち:
はい。
そうすると、ふと気がつくと、涙を流していらっしゃる方がいたり、
満面の笑顔で、とても幸せそうに聴いてくださる方がいたりします。
石塚:
演奏者側からも、表情がよく見えますよね。
たのうち:
そうなんです。
照明も、舞台用の照明が当たっているわけではなくて、普通の蛍光灯のような明かりの中で演奏します。
ですから、聴いてくださっている方たちの様子が、本当によく分かるんです。

石塚:
それは、最初から想像していた反応でしたか。
たのうち:
いえ。
最初に演奏したときは、正直、私たちの方が驚いた、というのが本当のところです。
石塚:
演奏する曲目も、施設に合わせて考えられているんですよね。
たのうち:
そうですね。
最初は、「この年代の方がいらっしゃるなら」という程度の感覚でした。
例えば、
「今は80歳くらいの方が多いですよ」と聞いたら、その方たちが20代、30代だった頃に聴いていた曲を少し調べて、プログラムを組んでいきました。
石塚:
それが、想像以上の反応につながった。
たのうち:
はい。
そこまで喜んでいただけるとは、正直思っていませんでした。
石塚:
昔聴いていた曲を、生で聴くことで、記憶がよみがえる、ということもあるのでしょうか。
たのうち:
そのようですね。
流行歌だけではなくて、童謡もよく演奏するのですが、
童謡の曲で「すごく踊っていたのよ」とおっしゃる方もいらっしゃいました。
中には、
「主人と一緒によく聴いていたのよ」と話してくださって、ご主人を亡くされたことを思い出して、
涙を流される方もいらっしゃいました。
石塚:
音楽が、単なる娯楽ではなく、人生の記憶と結びついていることが伝わってきます。
たのうち:
そうですね。
演奏している側としても、「聴いてもらっている」というより、「一緒に時間をたどっている」ような感覚になることがあります。
石塚:
それは、ホールでの演奏とは、また違う体験ですね。
たのうち:
全然違います。
高齢者施設では、同じ空間で、同じ時間を過ごしている、という感覚がとても強いです。
照明も特別なものではありませんし、演出もありません。
だからこそ、音楽そのものが、そのまま人の中に入っていく感じがします。
石塚:
そうした経験を重ねるなかで、音楽の役割について、考え方が変わった部分はありますか。
たのうち:
はい。
音楽は「聴くもの」だと思っていましたが、「思い出すきっかけ」になるものでもあるんだと、強く感じるようになりました。
石塚:
思い出す、というのは、個人の記憶だけではなくということですね。
たのうち:
そうですね。
その人の人生や、家族との時間、そういうもの全体に触れている感じがします。

施設から家庭へ
― 「リビング音楽会」という発想
石塚:
高齢者施設での演奏を重ねる中で、
次にやってみたいこと、あるいは課題のように感じていたことはありましたか。
たのうち:
はい。
高齢者施設では、ご家族と一緒に聴いていただくことができない、という現実がありました。
施設では、ご高齢の方を一時的にお預かりすることで、介護されているご家族が少し休める時間をつくる、という目的もありますよね。
石塚:
そうですね。施設としての役割があります。
たのうち:
はい。
だからこそ、どうしてもご家族と一緒に音楽を聴く、という形が取れないんです。
そのときに、「もし家の中で、少し演奏ができたらどうだろう」というのが、最初の発想でした。
石塚:
家庭で音楽を聴く、という形ですね。
たのうち:
はい。
家族で一緒に音楽を聴くことができたら、それ自体が一つの思い出になるのではないか、と思ったんです。

石塚:
施設での演奏とは、また違う意味を持ちそうですね。
たのうち:
そうですね。
さらに考えていく中で、核家族化が進んで、もう長い時間が経っている、という話もよく耳にするようになりました。
石塚:
「いろいろな大人の生き方を見る機会が減っている」という話ですね。
たのうち:
はい。
最初は正直、「それがどういうことなんだろう」と、あまりピンときていませんでした。
石塚:
そこから、ご自身の経験と重なっていった。
たのうち:
そうなんです。
自分の父や母を見送ったあとに、父や母の友人の方から、「こんな人だった」「こんなことがあった」
という、知らなかった話を聞く機会がありました。
石塚:
亡くなったあとに初めて知る話、というのはありますね。
たのうち:
はい。
では、生きている間にまったく知らなかったかというと、そういうわけではありません。
ただ、家族で集まる機会が限られている中で、毎年同じような話はしていても、まだ知らない話がたくさんあったんだ、ということに気づいたんです。
石塚:
その「知らなかった話」が、音楽をきっかけに出てくるのではないか、と。
たのうち:
そう思いました。
例えば、その時代に流行っていた歌や、その人が好きだった音楽をきっかけにすることで、
家族の定期的な行事とは違う形で集まる時間が生まれる。
そうすると、今まで聞いたことのなかった話が、自然と出てくるんじゃないかな、と。
石塚:
亡くなってから聞く話ではなく、生きているうちに聞ける可能性がある。
たのうち:
はい。
正直に言うと、「生きている間に知りたかったな」と思うこともありました。
もしそのときに知っていたら、
もっと一緒に笑えたかもしれない、
そういう時間が持てたかもしれない、
という思いがありました。
石塚:
その「時間」をつくるきっかけとして、音楽があるという立ち位置ですね。
たのうち:
そうですね。
音楽は、人の記憶に自然に触れていく力があると思っています。
だからこそ、
家庭という場所で、生の音楽が少し鳴るだけでも、何かが動き出すんじゃないか、そんなふうに考えるようになりました。

リビング音楽会のかたち
― 依頼から演奏までのプロセス
石塚:
リビング音楽会という形について、実際にはどのような流れで進んでいくのか、もう少し詳しく教えていただけますか。
たのうち:
はい。
リビング音楽会の場合は、「演奏すること」そのものよりも、その時間をどう使いたいのか、というところを大事にしています。
目的としては、
家族の会話が自然に生まれること、思い出が引き出されること、そこにあります。
石塚:
最初から曲目が決まっているわけではない。
たのうち:
そうですね。まずは、ご家族の皆さんのお話を伺います。
どんな世代の方が集まるのか、
どんな音楽が好きなのか、
昔よく聴いていた曲はあるのか。
そういったことを、事前に丁寧にお聞きします。
石塚:
かなり時間をかけて準備されている印象です。
たのうち:
はい。
プログラムを決めて、全体を構成するまでに、だいたい1か月くらいはかかると思います。
ただ曲を並べるのではなくて、その場の流れや、会話が生まれやすい順番なども考えながら、組み立てていきます。
石塚:
演奏中も、曲と曲の間でお話をされるんですよね。
たのうち:
はい。
私の方から、その曲が流行っていた頃の話や、その年代に起きていた出来事などを、少しお話しすることもあります。
そのために、事前に自分でも調べて、情報を整理してから伺うようにしています。
石塚:
単に演奏を聴く時間、というより、場を一緒につくっていく感覚ですね。
たのうち:
そうですね。
「聴かせる」というよりは、その場に一緒にいる、という感覚に近いかもしれません。
石塚:
演奏時間については、どれくらいを想定しているのでしょうか。
たのうち:
集まる方の状況によって変えています。
ご高齢の方がいらっしゃる場合、長時間はとても負担になりますし、
小さなお子さんがいる場合も、あまり長い時間は難しいと思います。
基本的には、40分から1時間くらいを目安にしています。
もしご希望があれば、
少し長めに構成することも可能ですが、無理のない時間を大切にしています。
石塚:
演奏は、たのうちさんがチェロで、場合によっては他の楽器の方も一緒に。
たのうち:
そうですね。
主人がクラシックギターをやっていますので、ピアノがないご家庭でも伺うことができます。
曲目や空間に合わせて、編成を考えることもあります。

石塚:
なるほど。すごく魅力的なサービスと感じますが、
「自宅に演奏家を呼ぶ」と聞くと、費用面でハードルを感じる方も多いと思います。
たのうち:
そうですね。
どうしても「高そう」というイメージを持たれることはあります。
でも実際には、
整体に2〜3回行くくらいの感覚、と言えばイメージしていただきやすいかもしれません。
石塚:
家族で外出したり、食事に行ったりするよりも、負担が少ない場合もありそうですね。
たのうち:
そうですね。
特別なディナーを家族で食べるよりは、安いかもしれません。
ご家庭によって事情はいろいろあると思いますので、
ご予算に応じて、演奏時間を短くしたり、曲数を調整したりすることもできます。
まずは、ご予算をお聞きして、その範囲の中でできる形を一緒に考える、というスタンスです。
音を「弾く」から、音が「届く」まで
―「セロ弾きのゴーシュ」が教えてくれたこと
石塚:
これまでのお話を伺っていると、
演奏者としての活動と同時に、企画する側としての動きも強くなっていった印象があります。一方で、
演奏者として突き詰めていく、という選択肢もあったと思うのですが、
企画する側にも楽しさを感じるようになったのは、何か理由があったのでしょうか。
たのうち:
そうですね。
いろいろな音楽会に、演奏者として呼んでいただいて、演奏する機会はたくさんありました。
その中で、
「セロ弾きのゴーシュ」という作品に関わったことが、大きかったと思います。
石塚:
宮沢賢治の作品ですね。
たのうち:
はい。
その音楽を担当するメンバーの一人として参加したのですが、
実はそれまで、タイトルは知っていても、きちんと読んだことがなかったのです。
そこで、演奏者として関わることになって、初めて物語を読みました。
その中に、とても印象的な場面があります。
石塚:
どんな場面でしょうか。
たのうち:
ゴーシュのチェロの中に、病気のネズミを入れてあげると、そのネズミが元気になる、
という場面です。
それだけではなくて、いろいろな動物たちが、ゴーシュのチェロの音を聴いて元気になり、一緒に暮らしていた、という描写が出てきます。
物語の筋としては、ゴーシュが努力して、オーケストラの一員として演奏できるようになる、という話です。
でも、私は、「動物たちが元気になった」という部分に、とても強く惹かれました。
石塚:
そこに、ご自身の感覚と重なるものがあったということでしょうか。
たのうち:
はい。
惹かれた、というよりも、「納得した」という感覚に近いかもしれません。
自分自身も、楽器を弾いていて、同じような感覚を持つことがあったので。
石塚:
音楽が、誰かを元気にする、という実感ですね。
たのうち:
そうです。
その体験があったからこそ、「思い出す曲」を届ける媒体として、ステレオや録音ではなく、生の楽器の音で届けたい、という思いが強くなりました。
石塚:
それが、高齢者施設や、リビング音楽会につながっていったというわけですね。
たのうち:
はい。
あの物語と出会ったことが、自分の中では、すべての活動の原点になっていると思います。
石塚:
演奏すること自体よりも、音楽が「どう届くか」を考えるようになった源泉ということですね。
たのうち:
そうですね。
演奏者として弾くことと、その音が誰に、どう届くのかを考えることが、自分の中で一つにつながっていった感覚があります。

音楽を届ける仕事の、これから
― 家庭から社会へ広がる可能性
石塚:
ここまでお話を伺ってきて、リビング音楽会は個人のご家庭だけでなく、いろいろな形で広がっていく可能性があるように感じました。
今後について、考えていらっしゃることはありますか。
たのうち:
はい。
リビング音楽会については、個人の方からのご依頼は、もちろん大歓迎です。
それに加えて、もし共感してくださる事業者さんがいらっしゃれば、その方のお仕事と組み合わせる形もできるのではないか、と考えています。
石塚:
他のお仕事とセットにする、ということですね。
たのうち:
はい。
例えば、お掃除や片付けのお仕事であれば、「片付いた記念の日」に音楽を届ける、という形も考えられます。
お料理のお仕事であれば、特別なお料理を提供する場に、音楽を添えることもできますし、
リフォームであれば、完成記念として音楽を届ける、という形もあると思います。
石塚:
生活の節目と組み合わさるということですね。
たのうち:
そうですね。
「音楽だけ」を単独で提供するよりも、何かの区切りやきっかけと一緒になることで、より意味のある時間になるのではないかと思っています。
その中で、「一緒にすると高くなるのでは」と思われることもあるかもしれません。
でも、そこは、結果として負担にならないようなご提案ができると思っています。
内容や時間、編成を工夫することで、無理のない形を一緒に考えていくことができます。

石塚:
拠点は横浜ですが、対応可能なエリアについてはいかがでしょうか。
たのうち:
地域は特に限定していません。
主人と一緒に伺う場合もありますし、他の演奏家と一緒に行く場合もありますが、私たちは旅行が好きな人が多いので、旅費については自分たちで負担したいと考えています。
石塚:
全国対応、ということですね。
たのうち:
そうですね。
どちらかというと、「遠くに行かせてください」という気持ちの方が強いかもしれません。
石塚:
最後に、今この対話を読んでいる方へ、メッセージをお願いできますか。
たのうち:
はい。
リビング音楽会は、特別な知識や準備が必要なものではありません。
音楽を通して、
家族の記憶をたどったり、
新しい会話が生まれたり、
そうした時間を大切にしたい方に、一度体験していただけたら嬉しいです。
個人の方からのご依頼はもちろん、もしご自身のお仕事と組み合わせたい、と感じてくださる方がいらっしゃれば、ぜひ気軽に声をかけていただければと思います。
編集後記
たのうちさんの話をお伺いしていて、何度も立ち返ったのは、「音楽を届ける」という言葉の意味でした。
ホールで演奏することも、舞台に立つことも、もちろん音楽の大切な形です。
一方で、この対話に通底していたのは、音楽が“行事”や“イベント”になる以前の、ごく日常的な存在としての姿だったように思います。
高齢者施設での演奏で見た表情、自宅という私的な空間で音を鳴らすことへの配慮、曲目を決めるまでに費やす時間。
それらはすべて、「どうすれば喜ばれるか」という単純な発想ではなく、その場にいる人たちの時間や記憶に、どのように関わるのかを考え続けた結果として語られていました。
また印象的だったのは、活動を拡大することや、分かりやすい成功を目指す話がほとんど出てこなかった点です。価格の話にしても、距離の話にしても、そこにあったのは「無理のない形で続ける」という、ごく現実的な判断でした。それは、音楽を特別なものとして持ち上げすぎないための工夫でもあるように感じます。
音楽が誰かの人生を変える、と言い切ることは簡単です。
けれど、たのうちさんの言葉は、もっと静かなところに向いていました。
一緒に過ごした時間が、後から振り返ったときに思い出として残ること。
その可能性に、音楽がそっと関われるかどうか。
この対話が、音楽に限らず、誰かに時間や体験を届けるとき、どの場所で、どのような関わり方がふさわしいのかを考える一助になればと思います。
ご紹介
Profile
Ensemble たのシック
主宰
フェリス女学院短期大学チェロ科を卒業後、専攻科・研究科まで修了。在学中に二度、優秀賞を受賞。第二回フランス音楽コンクールにて審査員賞を受賞する。
桐朋オーケストラ・アカデミー修了後、各地のオーケストラでエキストラとして活動。
2001年より、地域密着型の音楽活動を掲げ「Ensembleたのシック」を主宰。2005年からは地元レストランにて月1回のランチコンサートを継続的に開催している。
『落語で観るオペレッタ』『弦楽四重奏で紐解くモーツァルト』などの自主公演のほか、トークを交えたサロン形式の公演や、『ギターとチェロで聴く懐メロ』など幅広い企画を手がけている。
これまでに堀了介氏、吉濱綾伽氏、高橋忠男氏に師事。横浜音楽文化協会会員。
株式会社ウェブリカ
代表取締役
新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。
腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。