「経営者の優しさとは“未来の利益”を守ることだ」。株式会社識学 代表取締役社長・安藤広大さんはそう語る。識学は、人が物事を認識する際に生じる誤解・錯覚・勘違いを体系化し、組織運営からその要因を取り除くためのロジックである。複雑なコミュニケーションに埋もれがちな企業活動に、明確な構造とルールを導入することで、社長の意図は最短距離で現場に伝わり、組織はシンプルに、そして強くなる。導入社数は全国5,000社規模に達し、多くの経営者から支持を集める本理論は、単なるマネジメント手法ではなく、「組織という人間集合体をどう成立させるか」を扱う構造科学に近い。本記事では、識学の核心、安藤さん個人の経営観の背景、組織変革のプロセス、そして“優しさの時間軸”という示唆に富む考え方を丁寧に紐解いていく。
今回は石塚直樹がナビゲーターとなり、株式会社識学 代表取締役社長・安藤広大さんのキャリア、識学の本質、そして組織成長の原理について伺いました。
目次
識学とは何か──“誤解”を構造から取り除く経営ロジック
石塚:
まずは識学の概要と、安藤さんのこれまでの経緯についてお聞かせください。
安藤さん:
識学は、人が物事をどのように認識するのか、そのプロセスのどこで誤解が生まれるのかを体系化したロジックです。誤解や錯覚は、組織の生産性を大きく損なう原因になります。識学はそのメカニズムを構造的に理解し、経営に活かしていく方法論と言えると思います。
会社は創業11期目で、2025年には導入社数が5,000社に到達する見込みです。私は新卒でNTTドコモに入社し、その後派遣会社で営業責任者を担当していました。その過程で識学に出会い、組織を“構造”で捉える考え方に強く惹かれ、独立を決めました。
〈編集注:識学は“個人の性格”や“感情コントロール”を扱う理論ではない。誤解・錯覚が生まれる“構造”に着目し、その構造を変えることで組織全体を整えるアプローチを採る。〉
石塚:
識学に触れたときの衝撃は大きかったのですか。
安藤さん:
はい。組織運営は“正解がないもの”という認識があったのですが、識学は数学や物理のように“方程式が存在する”感覚がありました。経験やセンスに依存する領域ではなく、再現性がある仕組みで組織が動く。その明確さに大きな可能性を感じました。
安藤さんに向けられた“冷たい印象”──誤解と、その背景にある構造
石塚:
当時、安藤さんの発信を拝見して“冷たい”“厳しそう”という声を耳にしたことがあります。私自身、創業当初に識学を知った際、発信の強さから少し近寄りがたい印象を持った記憶があります。
安藤さん:
そういった印象を持たれることはありますね。ただ、それは私が従業員に冷たいからではありません。むしろ大切にしていますし、丁寧に向き合っています。
ただ経営の場面では、人間関係よりも“役割・責任・ルール”を明確にすることを重視します。曖昧な関係性を前提にすると、誤解が生じやすくなるからです。私は組織の混乱を避けるために、構造を徹底的に整える必要があると考えています。
石塚:
つまり、態度ではなく構造へのこだわりが、冷静に見える理由だったわけですね。
安藤さん:
その通りです。組織を運営するうえでは、曖昧な関係性を排除したほうがストレスは減り、全員が集中できる環境が整います。結果として、それが“冷たさ”に見えることがあるのだと思います。
本当の優しさとは何か──“未来の利益”を守るという視点
石塚:
識学の発信には“優しさ”というキーワードがよく出てきます。ここに込められた意図を教えていただけますか。
安藤さん:
多くの経営者は「辞められたら困る」という理由から、今この瞬間だけ優しくなろうとします。しかしそれは、部下の未来の利益を奪う行為になりかねません。私は、優しさとは“未来の利益を守る行動”だと考えています。
成長のためには、時に厳しい環境に身を置く必要があります。ただ甘くするだけでは成長しません。未来に稼げる力をつけてもらうことこそが“本当の優しさ”だと感じています。
石塚:
短期の優しさと、長期の優しさは全く違うということですね。
安藤さん:
そうです。今の気遣いや遠慮は、未来の選択肢を狭める場合がある。そのことを経営者は意識しなければいけません。
識学導入の実際──組織が変わるプロセスと構造の落とし込み
石塚:
識学の導入は具体的にどのように進むのでしょうか。
安藤さん:
導入は大きく二つのステップで進みます。まずはロジックの理解です。マンツーマンまたは少人数による12時間の研修を通じて、識学の原理を体系的に学んでいただきます。ここでは「誤解がどこで生まれるのか」「どの構造が混乱を生むのか」を、実例やケースを交えて丁寧に説明していきます。
安藤さん:
理解が進んだら、次は組織への落とし込みです。最低1年間は伴走し、ルール整備、会議設計、評価制度、目標設定などを順に整えていきます。会議のフォーマットや数値確認の手順も明確に定めるため、社内の誰が行っても同じ運用ができるようになります。
石塚:
導入によって起こる変化についても教えてください。
安藤さん:
一言で言えば「組織がシンプルになる」ということです。役割が曖昧なままだと、社員がどこに力を注ぐべきか分からず、生産性が上がりません。しかし、責任の範囲と期待値が明確になると、社員は余計な判断をせず、成果に集中できるようになる。結果として行動量が増え、業績の改善につながります。
営業であれば訪問数や提案数が増えますし、バックオフィスであれば業務の滞りが減り、残業時間が短縮されます。「やるべきことが明確である」状態が、組織全体にとってどれほど大きな価値を持つのかを実感される方が多いですね。
変革の壁──既得権益層の反発と経営者に必要な覚悟
石塚:
導入時に挫折しやすいポイントはありますか。
安藤さん:
一番抵抗するのは“既得権益を持っている人”です。責任以上の権限を持っていたり、人間関係による影響力で物事を動かしていた社員は、ルールが明確化されると居心地が悪くなります。これまで曖昧さの中に隠れていた領域が、透過的になっていくからです。
安藤さん:
特に声の大きい人ほど強く反発します。しかし、変革を進めるうえで、この反発は避けられません。経営者には“やるしかない”という覚悟が必要です。ここを乗り越えた企業ほど、組織は大きく変わっていきます。
石塚:
識学が特に効果を発揮する企業には共通点はありますか。
安藤さん:
社長の意図が現場に届くまでに時間がかかっている会社ですね。情報が伝わる過程で、各層の解釈が混ざり、原形が失われてしまう。そうした組織は、ルールと構造を整えることで、劇的に改善します。業種に関わらず、構造が整えば成果は出ます。
地方創生と識学──“不足を伝える”という勇気が組織を強くする
石塚:
地方の経営者にも識学が注目されています。最後にメッセージをお願いします。
安藤さん:
地方でも東京でも、経営者の役割は変わりません。従業員の能力を最大限に発揮させること。それが地域全体の経済力を底上げする原動力になります。
地方企業では「辞められたら困る」という理由から、部下に対して指摘がしにくい環境が生まれがちです。しかし、それこそが部下の未来の利益を奪います。成長できる環境では人は辞めません。むしろ、基準を示し、不足を正しく伝え続けることが組織の強さを生みます。
安藤さん:
経営者が明確な基準を示し、従業員に期待を伝えること。これは地方創生にも直結します。一人ひとりの能力が最大化される組織は、地域全体にとって大きな資源です。強い組織が増えれば、地域は確実に強くなります。
石塚:
本日は貴重なお話をありがとうございました。
編集後記
今回の対談で強く印象に残ったのは、“優しさの時間軸”という識学の核となる考え方である。短期的な優しさは、往々にして部下の未来の利益を奪う。例えば「辞められたら困るから注意しない」という判断は、表面的には穏やかさに見えるが、長期的には成長機会を奪い、組織に誤解と錯覚を蓄積させる。識学が扱うのは、その“構造的な甘さ”を排除し、未来に軸を置いた優しさに置き換えることである。
識学の企業導入が成功しやすい理由は、理論が抽象的な精神論ではなく“運用できる仕組み”にまで落とし込まれている点にある。多くの組織では、優秀な個人に依存する状態が続き、その人が退職した瞬間に業績が揺らぐ。しかし識学の手法は、属人性を排除し、誰が担当しても同じ結果を出せるように構造を整える。これが、地域の中小企業において特に大きな価値を持つ。
また、今回の対話を通じて感じたのは、安藤さんの言葉の奥にある深い“信頼”である。不足を伝えることは厳しさではなく、未来の可能性を広げるための行為だという信念。その姿勢が、一見すると冷静に映ることがある。しかし、その冷静さの根底には確かな温度がある。人を甘やかさず、しかし見放すこともしない。距離を正しく取り、役割と責任を明確にし、未来の利益を最大化する。その思想は静かでありながら強く、一貫した芯を持っている。
識学は単なるマネジメント理論ではなく、組織という集合体が“どうあれば強くなるか”を根本から問い直す構造科学だと感じた。地方であれ都市部であれ、経営者がこの思想を理解し、実践できれば、組織は安定し、人は成長し、地域は確実に強くなる。今回の対話は、その本質を静かに、しかし力強く示す時間だった。
ご紹介
Profile
株式会社 識学
代表取締役 社長
株式会社識学 代表取締役社長。大阪府出身。新卒でNTTドコモに入社し、法人営業を担当。
その後、派遣会社に転職し、営業部門の責任者として組織運営と人材マネジメントに携わる。現場での経験を通じて「人は誤解や錯覚で動く」という構造課題に直面し、識学の理論と出会う。
認知構造を可視化し、誤解を排除することで組織の行動量を最大化する識学の思想に強く惹かれ、独立を決意。
2015年、株式会社識学を創業。創業以来、識学を企業向けに体系化し、研修・組織設計・制度構築まで一貫して提供。
導入社数は全国5,000社規模に拡大し、再現性の高い経営理論として多くの経営者から支持を得ている。
株式会社ウェブリカ
代表取締役
新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。
腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。