「生まれ育った場所や家庭の経済状況によって、将来の選択肢が閉ざされることがあってはならない」。公益財団法人ほしのわ代表であり、スターティアホールディングス株式会社代表取締役の本郷秀之さんは、その理念を明確に語る。熊本県長洲町で育ち、東京で起業し、上場企業の経営者として成功を収めた本郷さん。だが、2016年4月の熊本地震を機に価値観は大きく転換した。返済義務を抱えたまま社会に出る若者たち、被災により生活基盤を失った学生たち─その現実に触れ、「返済不要の奨学金」をつくる決意を固めた。本稿では、ほしのわ設立の背景、熊本へのまなざし、そして若者に託す未来について深く伺った。
今回はShikisaiナビゲーター 石塚直樹が本郷秀之さんの半生、価値観の変化、そして公益財団法人ほしのわの活動理念について丁寧にお話を伺いました。
目次
熊本で育まれた価値観──「挑戦の原点」は地方の暮らしにあった
石塚:
まず、原点となる幼少期から現在に至るまでのご経歴を伺えますか。
本郷さん:
私は1966年、熊本県長洲町に生まれました。いわゆる田舎で育ち、18歳まで地元で過ごしました。19歳で進学のために上京し、そのまま東京でキャリアを重ね、29歳でスターティアホールディングスの前身となる会社を設立しました。
石塚:
地方出身の若者が東京で起業するのは、大きな挑戦でもありますね。
本郷さん:
確かにそうかもしれません。ただ、私自身は“挑戦している”という強い意識はあまりありませんでした。むしろ、熊本の環境が自然と私を育ててくれたという感覚が強いです。小さな地域社会で、人と人との距離が近い。誰かが困っていれば当たり前のように助け合う。そうした環境が、今の価値観の土台になっています。
石塚:
上場企業の経営者として順調なキャリアを築かれた一方で、2016年の熊本地震が大きな転機になったと伺いました。
本郷さん:
はい。私が50歳の時、熊本県民であれば忘れられない熊本地震が起きました。地元で建物が倒壊し、生活が一変した光景を見て、「自分の原点に向きあう必要がある」と強く感じました。
熊本で育ってきた私が、この地にどのように貢献できるのか──その問いが、この後のすべての行動につながっていきます。
奨学金の現実──“500万円の借金を背負って社会に出る”若者たち
石塚:
財団設立の背景には、新卒採用をされる中での「気づき」があったと聞きました。
本郷さん:
そうなんです。当グループは20年以上にわたり新卒採用を行ってきました。その中で、貸与型の奨学金──つまり“返済が必要な奨学金”を抱えて入社する学生が年々増えてきたんです。割合としては5%ほどですが、中には500万円以上の借入を背負った状態で社会人になる若者もいました。23歳という若さで「人生を借金からスタートする」──これは非常に重い現実です。
石塚:
それは本当に深刻ですね。
本郷さん:
ええ。返済の負担があると、本来は挑戦できたはずの選択肢を諦めてしまう。進学も、留学も、キャリアの方向性も、すべて“借金の返済”を軸に考えざるを得なくなる。そこに強い課題意識を持っていました。
石塚:
そこへ熊本地震が起こったわけですね。
本郷さん:
そうです。被災後の熊本を歩く中で、さらに深刻な状況を目の当たりにしました。飲食店でアルバイトをしながら学んでいた学生たちが、店舗の倒壊により収入源を完全に失っていたんです。繁華街のビルが潰れ、アルバイトも賄いも一切なくなった。その状態で学費や生活費をどうにか捻出しようと必死に頑張っている学生を見て、「自分には何ができるのか」と深く考えさせられました。
返済不要の奨学金──「ほしのわ」の構造と理念
石塚:
その考えが形になったのが、公益財団法人ほしのわの奨学金制度ですね。
本郷さん:
はい。ほしのわでは、熊本県内の学校に通う大学生・短大生・高等専門学校生・専門学生を対象に、年間36万円の返済不要の奨学金を支給しています。貸し付けではなく“給付”であることが最も重要です。
石塚:
選考基準について教えてください。
本郷さん:
いくつかあります。まずは学校の先生方の推薦です。そして熊本県内の学校に通っていること。当初は、当社がIT系企業であることもあり、IT分野を目指す学生を中心に支援していましたが、現在は範囲をもっと広げています。ただ、最も重視しているのは“経済的困難に直面しているが、学ぶ意欲があるか”という点です。
家族の病気、家庭環境、さまざまな事情で学びの継続が難しい学生は多くいます。そうした学生が未来を諦めなくて済むように支援する。それがほしのわの理念です。
石塚:
財源はどのように確保しているのでしょうか。
本郷さん:
主に三つあります。(1)私個人、(2)スターティアホールディングス、(3)熊本イノベーションベースなどの企業ネットワークからの寄付です。近年は、寄付企業が学生を社会人として育て、学生がその企業に就職するという好循環も生まれています。
この“循環”は、奨学金の枠を超えた価値を持ち始めています。
人が人を支える循環──「つながり」を生む近況報告会
石塚:
奨学生との交流の機会も定期的に設けていると伺いました。
本郷さん:
年3回学生に集まってもらい、近況報告会を行っています。ここには、スターティアグループの人事担当者、熊本の経営者、肥後銀行の地域担当者などが参加します。食事をしながら、勉強の状況、悩んでいること、挑戦していることを共有してもらいます。
この場がきっかけとなり、学生が企業とつながり、のちに就職につながる例も増えています。
石塚:
本郷さんご自身も参加されているのですか。
本郷さん:
毎回ではありませんが、できる限り参加しています。私は特別な家庭環境でも裕福な家庭でもありませんでした。それでもここまで来られたのだから、君たちも必ず頑張れる──そんな話をよくします。
石塚:
印象に残っているエピソードはありますか。
本郷さん:
数えきれないほどあります。たとえば、ほしのわの支援があったことでアルバイトせずに学業に集中でき、東京大学の大学院へ進学した学生がいました。
また、留学を諦めかけていた学生が、支援を受けてイギリスに渡り、その経験を武器に希望する企業に就職したケースもあります。こうした報告を聞くと、続けてきて本当に良かったと感じます。
公益財団設立の裏側──「0で生まれ、0で死ぬ」という価値観
石塚:
公益財団の認定は大変だと伺いますが、どのように進んだのでしょうか。
本郷さん:
実際、簡単ではありませんでした。初回の申請は不承認でしたが、熊本県の担当の方々が非常に親身にサポートしてくださり、2回目で無事に認定されました。財団は税金対策のためのものではなく、私もスタッフも報酬を受け取っていません。透明性を徹底しています。
石塚:
本郷さんがそこまで尽力される根底には、どのような価値観があるのでしょう。
本郷さん:
人は0で生まれ、0で死ぬと考えています。財産や肩書きは持っていけません。それなら、苦しむ若者の人生の一助となることに自分の時間とお金を使うほうが、よほど有意義だと思うんです。
熊本地震を経験し、自分が生まれ育った“郷土”に対して責任があるという思いが明確になりました。熊本県民には「肥後もっこす」と呼ばれる独特の気質がありますが、私自身のアイデンティティもまさにそこにあります。
熊本の未来を拓く──才能と情熱を支える“新しい公益”
石塚:
最後に、ほしのわが今後目指す姿についてお聞かせください。
本郷さん:
二つあります。一つはもっと多くの熊本出身者にほしのわを知っていただき寄付の輪を広げること。熊本には成功した経営者がたくさんいます。そうした方々に「郷里の後輩を支援したい」という思いを形にしてもらえる場をつくりたいです。
もう一つは、支援の範囲を学業以外にも広げることです。プログラミング、音楽、スポーツなど、世界に挑戦できる才能を持つ若者が熊本には多くいます。経済的支援があれば、彼らは大きく飛躍できる。将来的にはそうした才能にも支援を届けたいと考えています。
編集後記
本郷さんのお話を伺い、最も強く感じたのは「誰かの未来を支えること」を中心に据えた価値観の明確さです。公益財団法人ほしのわの奨学金制度は、単に資金を給付する取り組みではなく、熊本という地域の中で“人が人を支える循環”をつくり出す仕組みとして機能しています。
特に印象的だったのは、奨学生と支援者が一堂に会する近況報告会です。学生が現在の学びや悩みを共有し、企業の経営者や金融機関の担当者が経験や視点を返す。そのシンプルな往復の中に、世代や立場を越えた信頼関係が育まれていると感じました。経済的な支援に留まらず、人と人が“つながる”ことで生まれる温度感が、ほしのわの大きな特徴だと思います。
また、「人は0で生まれ、0で死ぬ」という本郷さんの言葉は、公益活動の根底にある価値を端的に示すものでした。成功や資産の蓄積ではなく、誰かの人生に寄与する行為が最終的に残る。そうした考え方は、これからの地域づくりや人材育成において重要な示唆を与えてくれます。
奨学生のエピソードにも、制度の意義が凝縮されています。東京大学の大学院への進学、留学の実現、IT分野の専門性を伸ばし希望の企業へ就職した学生など、一人ひとりの未来に具体的な変化が生まれていることは、ほしのわの活動が確かな成果を上げている証と言えるでしょう。
熊本地震という大きな出来事を経て生まれた本郷さんの決断は、いま“地域の未来を支える仕組み”として形になっています。これからも、ほしのわが熊本の若者にとって大きな支えとなり、世界へ挑む力を育てる存在であり続けることを期待しています。
ご紹介
Profile
公益財団法人ほしのわ
代表理事
スターティアホールディングス株式会社代表取締役社長 兼 最高経営責任者。熊本県長洲町出身。
1996年に創業した前身企業を起点に、ITインフラ・デジタルマーケティングを主軸とする事業を展開し、同社を東証プライム市場上場企業へと成長させた。
2018年には熊本県内の学生支援を目的とする公益財団法人ほしのわを設立し、返済不要の奨学金支給を通じて地域人材育成に注力している。
地域創生・企業家支援の枠組みも自ら立ち上げ、故郷・熊本から全国・世界への知見とネットワークを構築。産官学連携、若者支援、DX推進を包括的に展開している。
株式会社ウェブリカ
代表取締役
新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。
腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。