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スーパーの小袋カイワレ大根を最初に作った人。有限会社ヤマ吉・池田吉康さんに聞く芽物野菜

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スーパーでおなじみの「カイワレ大根」を全国に普及させた立役者、池田吉康のストーリーに迫る。江戸時代から続く高級野菜「芽ネギ」やニンニクの新芽など、自然の循環を活かした農業への情熱と、革新的な技術を開発してきた挑戦の日々を熱く語る。また、未来の地球を守る「自然エネルギー」の可能性についても熱く語る池田さんのメッセージは必見!農業×技術を通じて未来へつなぐ想いに共感する30分。

池田さんが考案した発電装置の詳細はこちら

この装置は、従来の発電システムとは異なり、高効率・シンプル・低コストで製造可能な新しい発電装置である。この装置を活用することで、小規模な水源でも発電が可能になり、発展途上国を含めた広範な地域で電力供給が実現できる。特に、小型発電機を活用すれば、電気のない地域に明かりを届けることができ、エネルギーの普及に貢献する。今後、エネルギー需要がますます増加する社会に向けて、燃焼エネルギーに依存せず、安全な水を活用した重力エネルギーの実用化が必要である。この技術は、持続可能な未来に向けた重要な一歩となり、世界中でのエネルギー問題解決に大きく貢献できる可能性を秘めている。持続可能な発電方法が求められる今、この装置がその答えとなるかもしれません。
実証実験・導入に関心のある方、持続可能な社会を目指す取り組みをしている方はこちらからお問い合わせください。

池田さんが特許を取得した発電装置の詳細はこちら

「芽物野菜」を育てる、ふるさと農園

池田吉康さんは、有限会社ヤマ吉の代表としてふるさと農園を運営しています。育てているのは芽物(めもの)野菜です。

  • 芽ねぎ
  • にんにくの新芽(ガーリックスプラウト)
  • 「ふるさと農園」という名称は、かつてのふるさと創生事業に合わせて商標として取得したものだそうです(現在は権利を継続していません)。

    芽物野菜の魅力について、池田さんはこう語ります。

    種が成長していく段階の「芽」には、次の代を背負っていくための栄養やいろいろな成分が入っている。それを人が食べるのはいいことだ。

    江戸時代から高級料亭で使われていた「芽ねぎ」

    芽ねぎとは、ねぎの種から芽が出た状態を食べる野菜です。

    池田さんが市場関係者から聞いた話では、江戸時代から高級料亭で利用されていた歴史のある野菜だといいます。

    ところが、市場に十分な量が入ってこない状況になっていました。週に2〜3回しか入荷しないほどだったそうです。

    理由は、栽培の難しさにありました。

    芽ねぎは、種皮を頭につけたまま伸びる。それを竹串で一つずつ取り除いたり、砂を洗い落としたりしなければならない。

    手間も人件費もかかるため、量産できない。そこでカイワレ大根の技術を評価されていた池田さんに、栽培できないかという相談が来ました。

    当時、池田さんが芽ねぎを見たのは一度きり。木箱に入って和紙で包まれていた状態でした。

    種を購入し、教わった通りに作ってみたものの「とても商品にはならない」。そこから、量産できる形をどう作り上げるかという取り組みが始まります。

    ネットを使って、種皮を自分で落とさせる

    最大の難所だった種皮を取る工程について、池田さんが考案した方法がこの回のハイライトでした。

    ネットを使う。

    そうすることで、成長段階で野菜自身が種皮を落としながら伸びていくようになります。人の手で一つずつ取る必要がなくなる。

    さらにこれを機械化し、量産できる体制を作り上げました。

    現在の栽培は、育成室で温度を一定にして発芽させ、伸ばしたものをハウス内の棚に置くという方法です。

    この技術の意味は、市場全体に及びました。

    今は芽ねぎを生産するところが日本で多くなり、流通量も非常に増えている。

    土を一度「焼く」理由

    もう一つの主力であるにんにくの新芽は、にんにくの球根から芽を出させ、これから成長していく柔らかい部分を食べる野菜です。

    こちらは水耕ではなく土壌を使います。しかも、その土がひと手間かかっていました。

    一度、土を焼く。

    なぜか。池田さんの説明はこうです。

    一度まっさらな状態にして、そこに新たに堆肥を入れていく。海のものも含めてあらゆるものを入れ、微生物を繁殖させる。

    そうすることで、成長段階でその成分を取り入れられる野菜を作る、というわけです。

    この発想の根っこには、自然界の循環への信頼がありました。

    植物が葉を落とし、それを微生物が食べ、昆虫が食べる。海のほうから来た鳥が魚を食べて糞をする。そういうものが一緒になって初めて、次の代を作っていく道がある。

    農家の四男、航空自衛隊、そして材木屋

    池田さんの経歴は、まっすぐではありません。

    農家の四男として生まれ、商業高校を卒業して航空自衛隊へ。もともと農業を仕事にしようとは思っていなかったといいます。

    実家では父と兄が肥育牛をやっていました。規模を大きく増やす計画があり、手伝ってほしいという話が出たため自衛隊を辞めて帰郷します。

    ところが、その計画が先延ばしになってしまいました。困った池田さんは材木屋に勤めます。

    そして、この寄り道が後の人生を決めました。

    「特許でも取って売り込みに来い」と言われて

    材木屋の仕事で、鉄管を扱う会社へ納品に行ったときのことです。

    そこではベニヤ板を3センチほどに切って紙に貼り、鉄管を包装していました。池田さんは「これは面白い」と思い、自分から売り込みをかけます。

    返ってきたのは、こんな言葉でした。

    「特許でも取って売り込みに来い」

    ここで池田さんは、地域の課題と結びつけます。当時、千葉県では竹が山を荒らして困り物になっていました

    ベニヤ板の代わりに竹を薄くして同じように使えば、強度もあるし利用度も高い。年間の使用量が決まるので、計画的な竹の管理もできるはずだ。

    そこで自分で勉強し、特許を申請して新しいものを作りました。

    ところが売り込みに行くと、また断られます。「若者が会社を作ってすぐ売りに来ても、今までのお付き合いをそんなに簡単には切れない」

    それでも池田さんの受け止め方は前向きでした。

    「これは自分の勉強になったと思った」

    この経験が、後に芽ねぎの特許を日本とアメリカで取得したり、商標権を取得したりすることにつながっていきます。自力の申請には限界を感じ、以降は弁理士に依頼するようになったそうです。

    牛ふんの処理を、ミミズに任せる

    実家の肥育牛の頭数が増えていくなかで、池田さんが直面したのが牛ふんの処理でした。

    材木屋に勤めていたため、まずおがくずを敷料の代わりに使うことを思いつきます。臭いを吸い取る効果があり、ショベルカーで処理できるので量産にも向いていました。

    ただ、機械には弱点があります。

    機械は3年ほどで傷んで使えなくなる。そうするとまた投資が必要になる。

    そこで池田さんが選んだ方法が、この回でもっとも印象的でした。

    ミミズを使う。

    生物に処理してもらえば、新しい投資をしなくてもミミズ自身が処理を続けてくれる。そういう道があった、と。

    こうした流れのなかで「これで農業をやるぞ」と決め、有限会社ヤマ吉を設立しました。

    スーパーで買えるカイワレ大根の、始まり

    そして、この回で最も驚かされる事実が明かされます。

    私たちがスーパーで何気なく手に取る小袋入りのカイワレ大根。その流通の基盤を作ったのが池田さんでした。

    使ったのは、先ほどのミミズの糞です。

    これは非常に素晴らしい有機肥料。これを使ってカイワレ大根を作り、市場に100パックから卸し始めた。

    それがどんどん広がり、NHKの『明るい農村』でも紹介されるようになって、さらに増えていきました。

    池田さんは、何が新しかったのかを正確に説明しています。

    カイワレ大根自体はあった。ただ、小袋に入れて販売できる状態にしたものはなかった。それを商品にしたのが、うちが初めて。

    当時は有機栽培で作っていました。その後カイワレ大根は水耕栽培が主流になり、今ではほぼすべてが水耕で作られているそうです。

    10年続いた出荷停止

    順調に見えた事業には、大きな試練がありました。

    カイワレ大根が原因と疑われた集団食中毒をめぐる出来事です。池田さんはこれを「うちにとっては大きな事件だった」と語ります。

    当時、同社は35万円で設立した会社から土地を購入し、第二工場・第三工場と拡大していた最中でした。借入金もありました。

    そこに出荷停止が10年続いたといいます。

    のちに最高裁で国が敗訴し、本来なら損害賠償を請求できる状態だったものの、期間の経過により実現しなかった。その負債が現在まで残っているという厳しい状況も、率直に語られました。

    それでも池田さんは、今も現役で野菜を作り、新しい挑戦を続けています。

    たどり着いたのは「自然エネルギー」

    次の世代に伝えたいことを問われた池田さんが語ったのは、農業の話ではありませんでした。

    厳しい状況のなかで仕事を続けてきて、たどり着いたのが自然エネルギーだといいます。

    その着眼点は、地球という条件そのものでした。

    太陽系で地球にしかないエネルギー源――水、空気、重力。これがあるからこそ、生物は38億年もこの地球で生きてきた。

    植物を作っていれば、それは実感として分かる、と池田さんは言います。水が切れれば枯れる。空気がなくなれば枯れる。

    そして水の循環についても語られました。水が蒸発して空に上がると、プラスイオンとマイナスイオンが生まれ、雷という莫大なエネルギーになる。今の技術では蓄電できないためそのままになっているけれど、これは地球が誕生してからずっと繰り返されてきたエネルギーである、と。

    そこから、池田さんの主張が導かれます。

    今のエネルギーの多くは燃焼させて熱を出すことで得ている。暑くなればクーラーを使い、その分また熱を上げている。

    それに対して――

    位置エネルギー、水、そして重力を使ったエネルギーの取り方なら、熱を出すこともCO2を出すこともない。地球に何の変化も与えないエネルギーが得られる。

    池田さんはこの考えを試作装置という形にし、千葉県最大級の環境イベントエコメッセ千葉に9年連続で出展して見てもらっているそうです。

    最後のメッセージは、食とエネルギーをつなぐものでした。

    そこからエネルギーを作り出せば、安心して食料も作っていける社会になる。健康にもいいし、地球環境にもいい。それを将来の皆さんにつなげられれば。

    ※本記事は、ラジオ番組でお話しいただいた内容をShikisai編集部が記事としてまとめたものです。発言は趣旨を損なわない範囲で整理しています。歴史的経緯やエネルギーに関する記述は池田さんご本人の説明・見解に基づくものです。

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ご紹介

Profile

池田 吉康

有限会社ヤマ吉
代表

池田 吉康

いけだ よしやす

第一次オイルショック時にエネルギーがなくなるとの思いから水に関心を持ち、今日に至るまでの約40年間自然エネルギーに付いて考察、挑戦、実験、失敗を繰り返しながらも開発に取り組む。そして、低コストかつ効率的エネルギーをとれる仕組みであり最終方法であると結論づけた発電装置の開発に成功。後に特許を取得。本業は、機械や電気とは全く別になる農業生産法人経営者。

辻 紗樹

辻 紗樹

つじ さき

経歴2016年4月~2019年2月:瀬戸内海放送(KSB)報道部所属アナウンサー2019年3月~2021年3月:NHK和歌山放送局アナウンス部所属キャスター2021年4月~2021年7月:舞夢プロダクション所属フリーアナウンサー2021年8月~現在:Jプロダクション所属フリーアナウンサー2022年:活動拠点を東京に移す主な担当番組KSB:「スーパーJチャンネル」お天気キャスター、「KSBニュースview」ニュースキャスターNHK和歌山:「ギュギュっと和歌山」ニュースキャスター、「ウィークエンド関西」番組リポーター

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