元国税職員の女性税理士が語る税務の世界。個人事業主向けの分かりやすい確定申告支援から、インボイス制度への対応、相続・事業承継の課題まで。人と向き合うコミュニケーションを大切にする税理士の姿勢が印象的。税務のプロの視点から見た最新トレンドも紹介。
目次
大倉佳子税理士事務所とは
大倉佳子税理士事務所は、埼玉県所沢市にある税理士事務所です。代表の大倉佳子さんは、国税の職員から税理士に転身し、独立して8年ほどになります。
顧客の中心は個人事業主。ホームページで「確定申告」を前面に出していることもあり、個人事業の方と、そこから法人化してワンランクアップした方が中心です。比率としてはまだ個人の方が多いといいます。
昭和57年、税務職に女性の門戸が開いた年
大倉さんが国税に入ったきっかけは、壁に貼られた一枚のパンフレットでした。
学生の頃は将来を特に考えておらず、一般企業に就職するかどうか迷っていた時期。たまたま目にしたのが「国家公務員として女性を採用します」という新しい取り組みの案内で、その業種が税務職でした。
給料をもらいながら勉強ができる。地元を離れる必要はあるけれど、これは面白いのではないか――そう思って受験します。
それが昭和57年。女性に門戸が開かれた年で、「女性の一期生だよ」と言われながらのスタートでした。
当時の学寮の様子が、時代を物語っています。
それまで男性しかいなかった学寮に女性が入るということで、寮の中に大きな間仕切りができた。これ以上は女性も男性も行ってはいけない、という扉で仕切られ、女性用のお風呂やお手洗いが新たに完備された。
一つ上の先輩は全員男性です。研修期間は1年3か月あり、期間が3か月ほど重なる。すると「なんであそこは女性が同じ授業を受けてるんだ」「なんで俺たちのところにはいないんだ」という、ちょっと異様な雰囲気があったそうです。
大倉さん自身は高校が男女共学だったこともあり、研修期間中は全く平気だったといいます。
2年に一度の転勤が、悩まない仕組みになる
大倉さんは東京国税局の採用でした。東京国税局の管内は、東京都・神奈川県・千葉県・山梨県。かなり広い範囲です。
そのなかを転勤していきます。最後に数えてみると平均で2年に一回ほど。次はどこに行くんだろう、と転々としていく感覚だったそうです。
ここで大倉さんが挙げた「逆に言うと」の話が、組織論として面白いところでした。
嫌いな人がいても、1年経てば3分の1ぐらいが転勤するので環境が変わる。
自分も変わるし、周りの環境も変わる。だからあまり悩むということがない。1年頑張ると、また新しい何かが始まるかもしれない――国税のなかでは皆さんそう思っていたのではないか、と。
ちなみに、税務署内で人気の部門は資産課税部門(相続・土地の譲渡・贈与などを扱う)だそうです。ただし全員がそこに行けるわけではなく、ある程度は割り振られます。大倉さんの最初の配属は江戸川税務署の所得税部門(現在の個人課税部門)で、結果として職員経験年数の7割ほどを個人課税で過ごしました。
国税に勤めれば税理士になれる、わけではない
よくある誤解について、大倉さんが説明してくれました。
国税に勤めれば税理士資格がもらえるのか――答えは「自動的に付与されるものではない」。
国税のなかで選抜研修があり、自分で試験を受けて研修を受講しなければならない。そこをきちんと卒業し、さらに何年か勤務することで、一部試験免除のうえ登録してくださいという形になる。
大倉さんの体感では、税務職員の半分ぐらいは資格を持っているのではないか、とのこと。ただし勤務したから全員、ということではありません。
そして資格を得ても、外に出るかどうかはまた別の話です。取得のタイミングで税理士として独立する人もいれば、まったく出ずに定年まで勤める人もいる。子育てなどもあるので、生活スタイルに合わせて選んでいく。
「まだ働かないつもり?」――娘の一言
大倉さんが外に出たきっかけは、税理士をやりたかったからではありませんでした。
税務署で働いていて先が見えてきたこと、子育てが終わって学費がかからなくなること。ここで一度外に出たい。そしてもともとは税理士ではなく、他のことがやりたかったといいます。
ところが、その「他のこと」がなかなかうまく進みません。半年ほど、初めての専業主婦を経験しました。
そのときに娘さんから言われた一言が、転機になります。
「まだ働かないつもり?このままずっと家にいるの?全く働かないの?」
やっぱり働かなきゃいけないのか、社会と関わるべきなのか。じゃあ何ができるんだろう――と考えたときに「資格持ってるよな」と思い当たった。
スタートは楽ではありませんでした。収入はゼロ。税理士は会費などもかかるため、赤字からのスタートです。「本当はあまり税に関わりたくないなという思いもあった」と正直に振り返りながら、それでも税理士事務所を立ち上げました。
税務用語を使わない訓練
「国税出身」という経歴は、お客様にとって最初は怖いものでもあります。大倉さん自身「皆さん国税、嫌ですよね」と笑います。
ところが、その経歴がむしろ強みになっている部分がありました。
国税の職員は、難しい税務用語をなるべく使わないように訓練されるのだそうです。理由は明快で、確定申告に来た納税者に税務用語の漢字ばかり並べても伝わらないから。「なるべく分かりやすく説明しなさい」と言われる。
その訓練が、今も生きている。「うちの先生、分かりやすいよ」と紹介が広がっているそうです。
大倉さんが心がけているのは、この距離感です。
ワンランク上に税理士がいるのではなく、同じところに登って、平面でお話しさせていただきたい。
インボイス「去年は3か月分ですよ」
収録時点で相談が多かったのがインボイスでした。制度開始は令和5年10月。それまで消費税にまったくタッチしてこなかった方も、登録事業者になれば消費税の申告が必要になります。
ここで大倉さんが顧問先に注意していたのが、初年度の金額を基準にしてはいけないということです。
「消費税って意外と安いじゃん」と言う顧問先に、こう説明したそうです。
「いやいや違うんですよ。去年は3か月なんですよ。今年は極端なことを言ったら、これかける4だと思ってください」
すると「やっぱり結構あるね」となる。
登録するかどうかは税理士が勝手に決められないため、顧問先に案内し、理解が足りない方や「もう分からない」という方には、絵を描いて説明する。こういう数字の構造で税金を納めることになる、あなたのこのくらいの収入だとこういう形になる、だからそのお金はちゃんとキープしておいてください、と。
納税資金は「税務署に積み立てる」という手がある
この回で、聞き手(Shikisaiプロデューサーの石塚)が「初耳でした」と驚いていたのがこの話です。
納税資金は、貯めようと思ってもなかなか貯まりません。事業をやっている方は、手元の資金を事業に回してしまうからです。
そこで大倉さんが案内しているのが、インターネット上で税務署に積み立てておくという方法でした。
納税額が上がってくると、一度に大きな額を払うことになります。4月に所得税と消費税がドンと引き落とされて残高が一気に減る、なんだか寂しい――そういう声が多い。
ならば毎月2万ずつ、3万ずつ、1万でもいい。利息はつかないけれど、最初から積み立てておく。口座の登録は必要ですが、コンスタントに積んでおいて納税資金に充てる方が最近増えてきているそうです。
※具体的な手続き・対象となる税目・利用方法は制度の運用によって変わります。実際に利用する際は、税理士や所轄の税務署にご確認ください。
相続で本当に困るのは、パスワードと暗証番号
これから注目される分野を尋ねると、大倉さんは相続、そして事業承継を挙げました。
相続の相談は、たいてい「うち土地を持ってるんだけど、相続税かかるかな」から始まります。相続人は何人か、土地はどこにあるか。すると、自宅の土地だけでなく「実は大磯に」「実は千葉の勝浦に買ってたんだよね」という話が出てくることがある。一か所ではないんですね、となって、では一度算定してみましょう、と繋がっていきます。
「開けてびっくり」も少なくありません。証券会社に口座があった、しかしそれが現金なのか株になっているのか分からない。株なら株の評価が要る。
そして、いま最も現実的な問題として大倉さんが挙げたのがデジタルでした。
いろんなところにパスワードや暗証番号がかかっていて、いざ開けようと思っても相続人が知らない。
だから大倉さんは、雑談のなかでこうお願いしているそうです。
認知症になる前の段階で伝えておいてほしい。直接伝えなくてもいい。「ここにメモしたものがあるから、何かあった時はそこを確認して、その後ちゃんと整理をしてね」とお願いしておいてください。
理由は相続税だけの話ではありません。スマホ一つとっても、解約されないまま故人の足跡がずっと残る。悪用されると困るから、デジタルの暗証番号は必ず伝えてください、と。
事業承継のほうは、後継者問題です。ご子息・ご息女が「継がない」と完全に宣言しているけれど、事業自体はとても順調――そういうケースが増えている。M&Aで売ってしまうのか、社員のどなたかに引き継いでもらうのかという相談がやはり増えているそうです。
人と物と金の動きは、自分で把握する
最後に、どんな税理士を目指すかを尋ねられた大倉さんが引いたのは、国税時代に言われた言葉でした。
「人と物と金の動きは、自分で把握するんだよ」
人と物と金を把握するには、納税者であるお客様から聞き、それを理解し、ときに聞き出さなければならない。だからその力を大事にしたい。
いくらこういう時代でも、人と人のコミュニケーションが大事。
そのうえで事務所を運営していきたい、というのが大倉さんの答えでした。
※本記事は、ラジオ番組でお話しいただいた内容をShikisai編集部が記事としてまとめたものです。発言は趣旨を損なわない範囲で整理しています。税制・制度の内容は収録時点のものであり、実際のご判断は税理士等の専門家にご相談ください。
公式サイトはこちら→http://okura-tax.jp/
ご紹介
Profile
大倉佳子税理士事務所
代表税理士
東京国税局採用。都内税務署及び国税庁に30年余り勤務。2017年『大倉佳子税理士事務所』開業(関東信越税理士会所沢支部所属)。2018年、中小企業等軽々強化法に基づく経営革新等支援機関に認定。
株式会社ウェブリカ
代表取締役
新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。■編集長インタビュー「メディア「地域色彩」立ち上げの背景とは?株式会社ウェブリカ・石塚直樹が語る地域企業活性化のビジョン」https://chiiki-shikisai.com/webrica-ishizukanaoki/