お造り200円、生ビール250円。「こんなに満足できるのか」と立ち飲み屋に衝撃を受け、東京・名古屋・大阪で約100店舗を回った辻戸さん。
2013年に1店舗目を開業し、現在は京都・大阪・兵庫で12店舗を展開している。
一方で、2店舗目を出すまでには6年かかり、その後はコロナ禍を経て店舗数を増やしてきた。
事業を広げる中で、価格の考え方や、従業員の賃金・労働環境についても考えるようになったという。
今回は、「株式会社人を大切にする会社」という社名に込めた考えや、これまでの事業の歩み、仕事や成長、挑戦について伺った。
目次
- 1,000円でここまで満足できるのか——立ち飲み屋との出会い
- 「店を持ちたい」はなかった。料理人を目指した修行時代
- 管理職をきっかけに、自分でもやってみたいと思うようになった
- 100店舗を巡り、休みの日には店に立った
- 原価率60%超。それでも「お客様が感動する価格」から決めた
- 2店舗目まで6年——人も、お金も、物件も集まらなかった
- 「チャンスとしか思えなかった」コロナ禍で12店舗へ
- 半数が未経験。求めるのは「商売人」
- 「会いに来たよ」と言われる店——常連客は約7割
- 「人を大切にする」とは、従業員の成長を大切にすること
- 「安いと言われたい」は自分のエゴだった
- 「仕事を楽しめる人」がいるだけ
- 「悪口を言われるのは勲章やで」
- 編集後記
1,000円でここまで満足できるのか——立ち飲み屋との出会い
石塚:
まず簡単に自己紹介をお願いできますか。
辻戸:
株式会社人を大切にする会社の代表の辻戸と申します。京都、大阪、兵庫で立ち飲み屋を12店舗展開しております。
※2026年9月現在
石塚:
なかなか珍しい会社名ですよね。この立ち飲み屋は、どういう経緯で始めたんですか。
辻戸:
もともとサラリーマンをしていた頃は、和食やお寿司、居酒屋業態をやっている会社にいました。その中で仕事帰りにいろいろなところに飲みに行くんですけど、立ち飲み屋さんに寄ったときのインパクトが強かったんです。ドリンクを2杯、3杯飲んで、つまみを3品くらい頼んでも1,000円前後。
「こんなに満足できるのか」と。それがすごく印象深くて、僕もこんな業態をやりたいなと思いました。
「店を持ちたい」はなかった。料理人を目指した修行時代
石塚:
昔から飲食の道に進みたいという思いがあったんですか。
辻戸:
学生の時のアルバイトで調理をしていく中で、調理することがすごく面白いなと。美味しいものを食べるのも好きだったので、そこから少しずつ飲食業に惹かれていきました。
石塚:
その時点で、自分で独立して店を持とうという思いはあったんですか。
辻戸:
それは全然なかったですね。ただ美味しい料理を作りたいとか、先輩に憧れてこういう料理人になりたいとか、その程度です。
石塚:
入られたのは関西で100店舗弱を展開している会社だったそうですね。学んだことや、苦労したことはありますか。
辻戸:
今から20年、25年くらい前の話なので、結構コテコテの料理人の方のもとに入社したんです。本当に修行という時代でした。時間はもちろん長いですし、朝は一番に行って、先輩が帰られてから一番下の自分が帰る。そのあたりは結構苦労しました。
管理職をきっかけに、自分でもやってみたいと思うようになった
石塚:
自分の店を持ちたいという心境の変化は、どのあたりで生まれたんですか。
辻戸:
勤めていく中で、管理職を任せてもらうタイミングがあって。店舗を管理していく中で、料理の方からアプローチして売上を上げていかないといけなくなったんです。その頃からいろいろな飲食店を見るようになりましたし、飲食業の構造も勉強しました。それくらいから、なんとなく自分でもやってみたいかなという動機が生まれてきましたね。
石塚:
とはいえ、飲食店の経営は厳しい面もありますよね。「いけそうだ」という感覚はあったんですか。
辻戸:
いけそうとかは全然考えていなくて、ただやりたかったというだけの動機です。開業するのにいくらかかるとか、どれくらいで回収するとか、全く考えていませんでした。
石塚:
最初から立ち飲み屋と決めていたのでしょうか。
辻戸:
最初は移動販売なども考えていましたが、一つの候補として立ち飲み屋さんがあって。個人でやるにはハードルが低いというか、手頃に始められそうな業態をやりたいとは考えていましたね。
100店舗を巡り、休みの日には店に立った
石塚:
始める前に、かなりの数を回られたそうですね。
辻戸:
東京、名古屋、大阪で100店舗くらい回りました。回っていく中で、良いところ、悪いところをどんどんピックアップしていったんです。特に衝撃的だったのが、大阪の天満にある「銀座屋」さんという立ち飲み屋です。お造りが200円とか、サンマの煮付けが150円で出てきたり。焼酎のロックを頼んだら、グラスになみなみ注がれて200円で出てきたり。
石塚:
魅力的ですね。ただ、その値段で、本当に儲かるのか?とは思いませんでしたか。
辻戸:
すごく思いました。それでお世話になって、当時はまだ仕事をしていたんですけど、休みの日に働かせてもらったんです。どこで買い付けをされているのかとか、大体の仕入れの値段も教えていただいて。これくらいのお客様が来てくれたら、なんとか利益は出るのかなという計算もある程度分かってきました。そこで勉強させてもらったので、これでいけるかなと思って始めました。
原価率60%超。それでも「お客様が感動する価格」から決めた
石塚:
1店舗目の立ち上げはいつ頃ですか。
辻戸:
2013年の12月に開業しました。
石塚:
開業直後はどうでしたか。
辻戸:
オープンのときに瓶ビールを3日間無料にしたんです。オープン前にチラシを作って近隣にポスティングもさせてもらったので、最初から結構お客様には来ていただけた印象がありますね。もちろん、無料にしていた3日間は儲かっていないです。
そこからが本当のスタートで。比較的安く提供していたので、お客様がそこからずっと増えていきました。売上もずっと上がっていきましたね。
石塚:
原価率は、飲食だと3割に抑えましょうとよく言いますよね。
辻戸:
最初は本当に60%超えでしたね。
石塚:
値段はどうやって決めていたんですか。
辻戸:
仕入れの価格から値段を僕は出していなくて。例えばお造りが250円で出てきたら、お客様はすごく満足すると思うんですよ。びっくりすると思うんです。生ビールが250円、瓶ビールが300円。そういう、お客様が感動する価格で値段をつけていって、最終的にいくら残るのかなという感じでやりました。
その当時は独身だったので、手元に15万円残れば、国民年金とか国民健康保険を払った上で、お店に寝泊まりして生活していけるなと。それ以外は本当に、全部食材に投じていました。
2店舗目まで6年——人も、お金も、物件も集まらなかった
石塚:
そこから今の12店舗まで、どうやって増えてきたんですか。
辻戸:
2013年に開業して、2店舗目を大阪に出したのが6年後の2019年です。やっと出せたという状況でした。個人事業の小さいお店だったので、自分に人を集める力も全然なかったんです。人も集まらないですし、テナントの情報も三次、四次情報ばかりで、望ましい場所が来なかったんですね。銀行さんからのお金も、個人事業に対してはあまり融資が出ない状況で。
2店舗目を出して、2020年の1月に法人成りして会社を設立しました。その2、3か月後にコロナに入ったので、本当にお金が尽きるんじゃないかなと思いながらの状況でしたね。
「チャンスとしか思えなかった」コロナ禍で12店舗へ
石塚:
それでも2020年から今日までに、さらに10店舗増えていますよね。何が起きたんでしょうか。
辻戸:
それまでは、人が集まらない、お金が集まらない、情報も集まらないという状況だったんです。でもコロナ禍では、飲食業で廃業するところも多かったですし、事業展開を止めて様子を見る飲食の会社さんも多かった。その中で、人がすごく余って流動していました。銀行さんからも、当時の規模からしたら考えられないくらいの融資をいただけました。物件情報も、普段は空かないような場所がどんどん空いていきましたし。
石塚:
コロナ禍を逆にチャンスと捉えたということですね。
辻戸:
僕はもう、チャンスとしか思えなかったですね。今までずっと飢えていたので。
石塚:
とはいえ、お客様が戻るまでには時間もかかりますよね。
辻戸:
コロナ前は1日200人から300人くらい来ていただいていたのが、コロナに入って100人くらいまで減ったんです。半分か、半分以下くらいですね。でも、100人来るのであればなんとかなるだろうと思いました。ちょっと楽観的なんですけど。
実際には、収支はトントンか、ちょい赤くらいの状況でした。それでも大丈夫かなと思って、どんどん出店していきました。コロナだからという躊躇は、あまりなかったですね。
石塚:
人材の面はどう変わったんですか。
辻戸:
コロナ前は、広告媒体を使って求人を出しても、1年に1人か2人応募があって、1人採用できたらラッキーという状況でした。それがコロナ禍に求人広告を出したときは、1か月で50名くらい面接させてもらったんです。話を聞けば、皆さん勤めていたところが閉店したり、縮小したりという状況でした。そこからどんどん応募が来るようになりましたね。
半数が未経験。求めるのは「商売人」
石塚:
今、社員の方は何名いらっしゃるんですか。
辻戸:
53名です。男女比は半々くらいで、年齢も20代から60歳手前くらいまで、本当に幅広くいます。
石塚:
どういう方が多いですか。
辻戸:
仕事に対して前向きな方が多いのかなと思います。当社の場合、経験者ばかりではなくて、ほぼ半数が未経験者なんですよ。
石塚:
半分が未経験。立ち飲みで低価格となると活気のある現場だと思いますが、従業員の方には何を求めていますか。
辻戸:
当社の場合、商売人の方を求めているというのが一つの軸としてあります。飲食店であれば、職人さんや調理経験がしっかりある方を求めたりすると思うんですけど。
未経験で入社された方でも、大体3か月から、長くても6か月でお寿司まで握れるようにしています。料理のノウハウは惜しみなく出します。
その上で、自分の経験から無駄なことはやめましょうというのがあって。例えば客単価3万円の飲食店の料理と、当社のような客単価1,000円の飲食店の料理は全然違うと思っているんです。3万円のお店の仕事を、1,000円の料理でも同じようにやる職人さんがいたりするんですけど、僕はそれはちょっと違うかなと。お客様が分からないこだわりは、必要ないと思っているんですよね。客単価1,000円に合わせた調理の技術を磨いていってほしい。そこを求めています。
「会いに来たよ」と言われる店——常連客は約7割
石塚:
お客様は常連の方が多いんですか。
辻戸:
常連様が約7割ですね。1日のうちに、当社のお店を2軒、3軒回ってもらったりもします。
石塚:
それだけ通われると、従業員の方とも顔なじみになりそうですね。
辻戸:
男性女性問わず、アイドル的な感じというか。お客様から「会いに来たよ」という感じで来てもらったりもします。ほとんどの従業員さんが、そういう感じで働いていますね。人との接点が多いお店なので、接客を楽しめる人が特に向いていると思います。
「人を大切にする」とは、従業員の成長を大切にすること
石塚:
そのあたりが、会社名の「人を大切にする」にも繋がってくるんでしょうか。
辻戸:
お客様ももちろん大切なんですけど、僕はどちらかというと従業員さんの方に軸を向けています。
人を大切にすると言っても、人それぞれ「大切」の内容が違うと思うんですよね。この言い方はすごく抽象的だなとは思っていて。ただ当社の場合、大切にするというのは従業員さんの成長を大切にしたいという思いがあって、つけています。
石塚:
なぜ「成長」に着目したんでしょうか。
辻戸:
例えば1時間働くとして。文句を言いながら、しんどいなと嫌々働く1時間なのか。今日はお客様にどういう会話をしようとか、どうやったら料理が早く出るかな、売上をどうやったら上げられるかなと思って取り組む1時間なのか。それは全然別物やと思っていて。せっかく同じ1時間を使うのであれば、仕事に一生懸命、全力でやってもらった方がいいと思っているんです。それをやっていく中で、人は成長していくと思っているので。だからそこを大切にしたいです。それは会社の責務かなと思っています。
石塚:
会社としては、成長の機会はどうつくっているのでしょうか。
辻戸:
当社の場合は、事業を常に成長させていく、拡大していくというのがあります。その中で、従業員さんに新しいキャリアアップをしてもらったり、新しいポジションで活躍してもらう機会を作っていっています。
「安いと言われたい」は自分のエゴだった
石塚:
今後、店舗数はどれくらいまで増やしていきたいですか。
辻戸:
直近の目標では、3年以内に関西で20店舗です。そこからそのまま関西で40店舗を目指しながら、できれば東京の方への進出も考えています。
石塚:
お話を聞いていると、近くにできてほしいと思いますね。外食する機会は増えている一方で、安く楽しめるお店は減ってきている印象があります。そういうお店が増えると、救われる人も多いなと思います。その先に、どういうことを実現していきたいですか。
辻戸:
事業を広げていく中で、一つ気づいたことがあって。安い価格でお客様をびっくりさせるというコンセプトは変わらないんですけど、法人成りしてから6年経って今回で7期目に入る中で、それまであまり利益が出ていなかったんですよね。自分のエゴで、お客様から褒められて安いと言われたいというのがあって、今まで続けてきたところがあって。
ただ、年に2回従業員さんに賞与を払ったり、年に1回昇給があったりする中で、毎回思っていたのが、満足する額が払えないなということでした。ここも同時に変えていかないとダメだなと。
そもそも飲食業界は、賃金が安いとか労働環境が厳しいと言われる業界です。僕は労働時間も、労働環境も、賃金の部分も、どんどん変えていきたいと思っていますね。
「仕事を楽しめる人」がいるだけ
石塚:
これから仲間も増えていくと思います。入社する方、今一緒に働いている方に伝えたいことはありますか。
辻戸:
僕自身の仕事に対する考え方で、面接のときによくお伝えすることがあります。仕事をする中で、楽しい仕事がある、面白い仕事がある、やりがいのある仕事がある。逆に、やりがいのない仕事がある、楽しくない仕事があるとおっしゃる方がいるんですけど。
僕は、仕事を楽しめる人がいるのか、仕事を楽しめない人がいるのか、その違いだけだと思っています。仕事を楽しめる人は、どんな仕事の内容でも、自分の中で小さな目標を作ったりして楽しめると思うんです。逆に楽しめない人は、どんな環境でも、どんな立場で仕事をしても、愚痴や不満を言い続けて、環境のせいにしてしまう。同じ仕事で同じ1時間を使うのであれば、全力で何かに取り組んだ方がいいと思っています。僕は人生の大半が仕事だと思っているので、その方が仕事も充実するし、人生が豊かになると思っています。
「悪口を言われるのは勲章やで」
石塚:
その考えにたどり着いたのは、何か経験があったんですか。
辻戸:
サラリーマン時代に管理職についていく中で、周りの人から否定されたり、悪口を言われたりすることが多くなった時期があって。やっぱり嫌な気持ちになったりもするんですけど。
その時に、働いている先輩の方からアドバイスをもらったんです。挑戦しているときとか活躍しているときに、他人から悪口を言われたりするのは、もう勲章やでと。それと、大体周りを見たときに、そう言っている方はチャレンジもしていないし、自分より活躍していない人が多いとも言われました。
くじけそうになる時もあるんですけど、そういう考えもあるんだと思って、チャレンジはどんどんしていこうと思っています。
石塚:
そういう考えの人が増えれば、会社としても挑戦が生まれますよね。
辻戸:
どうしても10人いたら、1人、2人は否定的な方もいます。今も事業展開していく中で、否定的な捉え方をされる方はいるんですけど、できるだけそこに気づいてほしいというか。チャレンジしている人を否定するということは、自分がチャレンジしていないということに気づいてほしいです。
挑戦したり活躍していくと、大体、自分より活躍している人とか、今まで何回もチャレンジしてきた人がアドバイスをくれたりするので、僕はそっちに耳を傾けるようにしていきたいです。
そして否定的になってしまう人もそこに気づいて、そういう人も巻き込んで、どんどん会社を大きくしたいと思っています。
石塚:
人材募集は常にされているんですか。
辻戸:
常にしています。できればホームページからお問い合わせいただければ、すぐに連絡も取りやすいので、そちらから入ってもらえるとありがたいです。
石塚:
興味を持たれた方は、ぜひお問い合わせください。本日はありがとうございました。
辻戸:
ありがとうございました。
編集後記
「人を大切にする」という言葉に、辻戸さんが置いているのは「従業員の成長」という意味でした。
一方で、事業を広げる中では、「安いと言われたい」という思いだけでは、従業員に十分な還元ができないという課題にも直面しています。
お客様が感動する価格を続けながら、労働時間、労働環境、賃金も変えていく。そして、働く側にも仕事を楽しみ、挑戦することを求める。
今回の話では、「人を大切にする」という言葉が、単に”働きやすさ”だけではなく、会社と従業員の双方が成長していくこととして語られていました。店舗を増やすことと、人が成長できる機会を増やすこと。その二つをどうつないでいくのか。
「株式会社人を大切にする会社」という名前の意味は、これからの事業展開の中で、多彩な人材とともに、より具体的な形になっていきそうです。
ご紹介
Profile
株式会社人を大切にする会社
代表取締役社長
学生時代の調理アルバイトをきっかけに飲食業界へ進み、和食・寿司・居酒屋業態を展開する企業で料理人、管理職を経験。
飲食店経営に関心を持つようになり、東京・名古屋・大阪で約100店舗の立ち呑み店を研究した後、2013年に独立。
現在は京都・大阪・兵庫を中心に立ち呑み事業を展開している。未経験者の採用・育成にも力を入れ、「職人」ではなく「商売人」を育てることを重視。
従業員の成長を大切にするという考えから、「株式会社人を大切にする会社」という社名を掲げ、事業拡大とともに賃金・労働環境の改善にも取り組んでいる。
株式会社ウェブリカ
代表取締役
新卒でメガバンクに入社し、国土交通省、投資銀行を経て独立。
腕時計ブランド日本法人の立ち上げを行い、その後当社を創業。
地域経済に当事者意識を持って関わりながら、様々な企業の利益改善や資金調達を、デジタルや金融の知見を持ってサポートしています。